星を巡る魔剣
これは遠い遠い昔のお話…
世界を巡る2つの剣の物語…
古の時代、荒んだ帝国に舞い降りた聖剣がありました。
その剣は白き彗星のごとき輝きで帝国に繁栄をもたらしました。
しかし皇帝はこの剣を掲げ、神の名の下に残虐な戦争を繰り返していました。
その剣は星天の聖剣ヴォールレイドと呼ばれ、今でも戦乱を巻き起す災禍の星と恐れられています。
そして、戦乱の中に舞い降りたもう1つの剣がありました。
その剣は仄暗く、それでも美しい流星のような輝きで戦地にいた一人の戦士を救いました。
戦士はその剣で長き戦乱に終わらせました。
その剣は長き戦乱が終わると共に再び夜空へと消えてしまいました。
星を巡り、歴史を刻み、世界を見守る魔剣を星巡の魔剣ヴァールハイトと人々は呼びました。
古き言い伝えの中で星巡の魔剣ヴァールハイトはこう謳われています。
〜其の黒き剣は 星を巡り 歴史を刻み 世界を見守る流星 世界が荒れ 人々が荒みし時 遥かなる天より舞い降り 世界を守る力を与えるだろう〜
これが遥か古の伝説…
†
白さんと共にゴブリンの占拠した砦に乗り込むことになった私たちは砂漠に飲み込まれた街を警戒しつつ進んでいた。
乗り込むとは言ったもののもちろん正面から行くわけではない、というのも正面から襲撃しても勝ち目がないからだ。
なので私たちは地下道から侵入して内部からゴブリン達を殲滅する作戦だった。
しかし、その地下道に入るためにはまずは見張りのゴブリン達を倒す必要があった。
「さすがに警戒されていますね…。」
私はこっそりの物陰から様子を伺って白さんに言いました。
「この量を相手にするのは少し骨が折れるわね〜なんとか分散できると良いんだけれど…。」
白さんはそう返事をすると少し考え込みました。
「私が囮になれば…。」
私がそう提案すると白さんは私の頬に手を添えて
「アリス、囮になるなんて言わないの。 そんなことさせられないんだからね。」
と優しく言ってくれました。
私は兵器として扱われてきました、だからこんな事を言われるとどうして良いかわからなくなってしまいます。
「では……どうすれば…。」
私は白さんに尋ねました。
「今、考えるからちょっと待っててね。」
白さんはそう答えると再び考え込みました。
ゴブリン達は地下道の入り口から離れない、どうやらそれだけに地下道からの侵入を危険視しているようだった。
「あの…奇襲すれば少しは…。」
私は白さんに小声で提案しました。
「奇襲ね…確かにそうするしかないんだけれど…。」
白さんも奇襲する事を考えていた様子で私にそう答えました、しかしどうやらそれだけでは突破は難しいようです。
「私が相手をするわ…だからアリスはその隙に侵入してちょうだい。」
白さんは私にそう提案しました。
それは白さんが囮になるということだと私はすぐに気が付きました。
「ダメです…。」
私は即座に断りました、しかし白さんは小声でごめんねと謝ると物陰から飛び出ていきました。
ゴブリン達が一斉に白さんに向かって移動を開始しました。
私も仕方なくゴブリン達の目を盗んで地下道の入り口に移動を始めました。
「どうかご無事でいて下さい…。」
私はそう祈るようにそう呟くと物陰に隠れながら徐々に近づいていきました。
しかし地下道の入り口を目前にして私は見つかってしまいました。
「キィィィッ!」
ゴブリンの何体かがまだ地下道の入り口にいたようです。
「……不覚です。」
私は折れた剣を構えてゴブリン達に応戦しようと構えました。
兵器だった頃の記憶はまだありますし、戦闘能力には全く変わりはないはずなので…ただ大きく違うことは今の私には痛覚も普通にあるという事です。
「グギィィィッ!」
ゴブリンの1体が斧を振りかざして私に向かってきました。
刃は折れて短いですが私の剣はまだなんとか切る事はできます。
瞬時に懐に潜り込んで斧を持った腕を狙って思い切り剣を振りました。
「グギィッ!」
とっさに腕を引っ込め腕へのダメージを避けたものの、私はガラ空きになった胴体部分に振り抜いた剣を翻して素早く一撃を入れました。
悲鳴をあげて少し後退したゴブリンに追撃を入れるべくゴブリンの方に踏み込みました、しかし周囲の2体がすでに私を狙って鉈のような剣を振りかざしていたのを確認するとすぐに私は後ろに飛んで回避しました。
「クゥ……。」
私は少し声を漏らして次の攻撃を考えました。
敵は合計で4体、そのうち1体がすでに負傷をしていました…どうにか切り抜けることはできると思います。
「ギィィッ!」
「グァァァ!」
今度は連携をとって2体が一気に間合いを詰めてきました。
「…ふん!」
剣を水平に構え、2体が私の攻撃範囲内に入った瞬間に思い切り振りぬきました。
しかしゴブリン達にダメージを与える事はできず、剣は弾けて砕けました。
「そんなっ!」
私はなす術を失い、ゴブリン2体に跳ね飛ばされてしまいました。
「あぁっ!」
城壁の残骸に強く体を打ち付けられて、全身に強い衝撃と激痛が走ります。
私はそのままその場でうつ伏せに倒れるとなんとか体を起こしました。
「グギッィィィ!」
しかしゴブリンの1体に私はそのまま無理やり押し倒されて今度は仰向けに倒れました。
「うぅ……。」
両腕を拘束してゴブリンは私の上にのしかかりました。
私は足をジタバタさせてなんとか逃れようとしましたが、思っていた以上にゴブリンの力は強くて拘束を振りほどく事は出来ませんでした。
「グギィィ」
ゴブリンは不敵に笑みを浮かべると倒れこむようにして私に顔を近づけてきました。
「むぅっ!」
私はその頭に頭突きを食らわせました。
「ギィィアッ!」
さすがに効いたらしく両腕の拘束を解くと頭を押さえて私の上から退きました。
私はすぐに起き上がると他のゴブリン達の攻撃を避けて白さんの方に走りました。
今の私では残念ながらゴブリンを倒す事は出来ません…何せ武器がありませんから。
「アリスっ!? どうして…。」
白さんは私を見てとても驚きました。
「すみません…見つかってしまいました。」
私は白さんに素直に状況を伝えました。
「大丈夫よ…すぐに助けに行くから!」
白さんはそう私に叫ぶと大鎌で周囲の敵を薙ぎ払ってこちらに向かって走ってきました。
しかし、白さんも大量のゴブリン達に囲まれていました。
「もうっ! 邪魔しないで!」
激しいゴブリン達の攻撃に応戦するので精一杯といった感じでした。
「白さんっ!」
迂闊でした。
白さんの方ばかりに気を取られていて背後から近づいてきていたゴブリン達に気がつきませんでした。
「うっ……」
背後から両腕を2体のゴブリンに掴まれて私は再び拘束されてしまいました。
「アリスっ!」
白さんの声が聞こえましたが、まだ遠いようです。
私の目の前には斧を振りかざしたゴブリンがいました…先ほど私が怪我を負わせたゴブリンでした。
「……白さん、ごめんなさい。」
私は必死で私を助けようとしてくれている白さんにそう謝って覚悟を決めました。
その瞬間、まるで突然夜になったかのように空が暗くなりました。
私はてっきり幻覚でも見ているのかと思いましたが、白さんもゴブリン達も驚いているのを見てこの異常な光景が現実だと理解しました。
「いったいどうなってるの…。」
白さんがそう呟いた瞬間でした。
遥か空の向こうに1つの流れ星が見えました…しかしただの流れ星ではありませんでした。
「…こっちに来る。」
そう、一筋の流れ星は徐々にこちらに近づいてきていました。
「まさか…」
白さんがそう静かに声を出した瞬間、輝きを纏う流れ星は轟音を立てて私たちの目の前に落ちました。
「ううう……!」
凄まじい衝撃波が広がってゴブリン達はみんな吹き飛ばされてしまいました。
私は顔を両腕で守りながら踏ん張ってなんとかその場にとどまりました。
衝撃が止んで、私が両腕をおろすとそこには一本の黒い剣がありました。
「これは……」
尋常ではない魔力を放ち、鈍く輝く剣の方に私は吸い寄せられるように歩いていました。
「アリスっ! その剣を取って!」
白さんが私にそう叫びました。
「白さん…この剣を知っているのですか?」
私がそう尋ねると白さんはすぐに答えてくれました。
「その剣は星を巡り歴史を刻む魔剣《星巡の魔剣ヴァールハイト》…あなたに未来を変える力をくれる物よ!」
私は黒い剣にゆっくりと手を伸ばしました。
未来を変える力…
鼓動のような魔力を放つ剣に私の手が触れると、どうしてかどこか懐かしい温かい感覚が私の手に伝わってきました。
小さい頃、眠れない夜にずっと握っていたお母さんの手のような感覚でした。
私がその剣を掴んで一振りすると星屑のような細かな魔力の輝きが周囲を覆いました。
驚くほどに手に馴染んだ黒い剣を私は構え、ゴブリン達に向かって疾風の如く突撃しました。
「ギィッ?」
私の速度に追いつけず、ゴブリンの1体が周囲を見回していました。
その瞬間を逃さず、私は黒い剣で体を捻るようにして強力な一撃を繰り出しました。
「ギィッ……。」
一瞬の出来事を理解できないようにゴブリンは悲鳴をあげる事もなく倒れ込みました。
「ギ……ギィィッ!」
仲間の死に奮起して負傷したゴブリンが斧を振り上げて私に向かって走ってきました。
私はそのゴブリンを狙って飛び込むように駆けると瞬時に袈裟斬りを繰り出し、すぐに剣を翻して体をひねってバツを描くように逆側から袈裟斬りをするように剣を振り抜きました。
お母さんに教わった神速の二連撃「ツイストレヴ」…実戦で使ったのは初めてですが上手くいきました。
「グギッィィィ!」
ゴブリンは鮮血を撒き散らしながらその場で倒れました。
「ギィィィッ…」
「グガァァ…」
2体がなす術もなくやられて行くのを見て恐怖を覚えたらしく一気に逃走していきました。
「逃がしません!」
私はゴブリン達を追いかけるように走ると続けざまに7体のゴブリンを仕留めました。
「アリスっ!」
白さんの呼び声に振り向くと2体のゴブリンが飛びかかってきていました。
「むんっ!」
私はその場で目にも留まらぬ速さで連続突きを繰り出しました。
これもお母さんから教わった剣技「フラッシュピアース」です。
2体を蜂の巣にするかのように突き刺しては抜いてを繰り返し、周囲に赤い花を咲かせました。
どうやら今のが最後だったようで、周囲には沢山のゴブリンが屍となって倒れていました。
「ふぅ……」
私は深呼吸をしてその場に座り込みました。
「アリスっ! 大丈夫? 怪我はない?」
白さんが私を心配して駆けつけてくれました。
「大丈夫です…それより白さんこそ大丈夫ですか?」
私は白さんが私の数倍のゴブリンを相手にしていたのを知っています。
「私は大丈夫…これでも結構、強いんだから!」
自身満々に白さんが私に笑顔を見せて言いました。
「よかったです……」
私はホッとして白さんに飛びつきました。
「ちょっと…アリス、どうしたの?」
白さんは突然私に抱きつかれて少し戸惑っていました。
「今はこのままでいさせて下さい。」
私は白さんの体に頭を擦りつけるようにスリスリすると白さんにそうお願いしました。
「…ふふっ、がんばったのねアリス。」
白さんは私にそう優しく笑いかけると何も言わずにギュッとしてくれました。
しばらく私たちはこうして危機を乗り越えたことを感じあいました。
「さて…そろそろ行くとしましょうか。」
白さんは私にそう言うと地下道の入り口へと歩き出しました。
私はその後を追いかけるようについていきました。
薄暗い地下道はとても不気味な空気感を醸し出していました。
「アリス…ここから先はきっと今よりも大変な戦いになると思う…準備はいいかしら?」
白さんは私にそう尋ねました。
「……大丈夫です。」
私は魔剣ヴァールハイトをぎゅっと握って力強くそう答えました。
「…ふふ、頼りにしてるからね。」
白さんは不思議な形の大鎌を背中に担ぐと地下道の方へと進んでいきました。
私は少し遅れて白さんを追いかけていきました。
この先に何が待っているのかはまだわかりませんが、私達ならなんとかなる…そう私は信じています。
暗く不気味な闇の中に私達は溶けていきました…