人形姫〜Doll Princess〜
燃える大地、響き渡る轟音、微かに残る生臭い香り…
アルスフィリア最西端の戦場は革命軍のリーダーが直接指揮をとる最も大きな部隊との戦いだった。
そのため戦いは熾烈を極めた。
「ここが貴様の戦う場であり、貴様の死地であると思え…以上だ。」
フランゼルドは飛竜からアリスを下ろすとそう言い放つ。
アリスは無言でただ周囲を見渡すだけだった。
「貴様の使命はただ1つ、一人でも多くの敵を殺すことだ…貴様は兵器なのだから、己の命よりも敵を殺すことを考えろ。」
フランゼルドはアリスにそう命令すると飛竜と共に飛び上がった。
「さて…あの『気狂い科学者』とやらの最高傑作の力を見せてもらうとしよう。」
フランゼルドはそうアリスに伝えると飛竜と共に飛び去ってしまった。
†
一人取り残された私は周囲を観察していました。
特に何かがあるわけではないのですが、こうせずにはいられませんでした。
私はまだ戦場に立っていると理解できていません。
私は今までに人を殺したことはないですし、ましてや人に剣を向けたことなんて一度もありませんでした。
どうすればいいのかさえ、私にはわかりませんでした。
とりあえずソウルガーメントの力を使って、私は母の戦闘服を身にまとい、先ほど渡された剣を握りました。
私の住んでいた村では魔物の襲撃が頻繁にありました、なので剣を全く使えないわけではありません。
ですが、今回は別です。
相手は生きた人間なのです。
私はその場からまったく動くことができませんでした。
「このまま、誰とも出会わずに帰れればいいのに…。」
私はそんな事を考えていました。
しかし、世の中とは残酷なものです。
「お前…アルスフィリア帝国の人間だな! 覚悟しやがれ!」
茂みから現れるなり、いきなり私に槍を突き立てて男の人が走ってきました。
「…っ!」
私は男の槍をなんとか回避しましたが、その場でバタンと倒れこんでしまいました。
足が震えてまともに動けません。
そんなこと御構い無しに、男は素早く槍を翻して再び走ってきました。
その槍が私の目の前まできた瞬間、何かが私の中で弾けました。
「…っ!」
歯を食いしばって男の懐に潜り込み、瞬時に槍を切断しました。
「しまった!」
男は急いで腰の剣に手を伸ばしました。
「うぁぁっ!」
悲鳴にも似た声をあげて剣を構えると、私はその勢いのまま剣を振り下ろしました。
「がぁぁっ!」
男は喉を切り裂かれて濁った声で叫ぶとそのまま倒れました。
「はぁ…はぁ…」
私も剣を地面に突き刺して、そのままその場に力なく座り込んでしまいました。
死にたくない…そう思った瞬間、私はどうしてか剣を振るっていました。
逃げればよかったのに…
私は目の前で倒れて動かない男を見下ろして止めどない罪悪感に支配されました。
『私がこの人を殺した。』
目を覆いたくなる現実を目の前にして、熱く滲む涙を零していました。
こんなことがしたかった訳ではありません。
「よくやった…それでいい、貴様は兵器として当たり前のことをしただけだ。」
そんな私の様子を見て、フランゼルドさんがそう言いました。
「ぁぁ…」
私は目の前に倒れた男の人から目が離せなくなってしまいました。
「貴様がそいつを殺していなければ、貴様がその男に殺されていたのだ。」
フランゼルドさんは私にそう告げました
「私はどうしてこんな事を…?」
わけもわからず私はフランゼルドさんに尋ねていました。
「ロゼルトめ…まぁいい、貴様は兵器であって人間ではない。 貴様はただ何も考えず敵を殺せばいい、それが貴様の存在価値であり貴様の在るべき姿なのだからな。 兵器に心などいらない、何も考えずただ己のすべきことを全うしろ。」
フランゼルドさんはそう私に教えてくれました。
「……」
私は無言のまま剣を抜いて茂みの奥に進んで行きました。
「アリス…次の仕事だ。」
フランゼルドさんは茂みに隠れていた存在に気がつくと、私にそう言いました。
そこには子どもを抱えた女の人が3人と一人の男の人がいました。
「男は俺がやる…アリス、お前は女をやれ。」
フランゼルドさんは槍を構えると、恐ろしい速さで男の人に駆け寄りました。
「逃げろ! ここは俺がなんとかする!」
男の人はそう言って女の人たちを逃すと、フランゼルドさんに剣を向けました。
しかし、その瞬間に男の人は巨大なランスで貫かれて絶命しました。
「アリス…早く仕留めろ!」
フランゼルドさんは女の人達を追うべく、竜に股がって上空から追いかけました。
私は何をすればいいのかわからずに、ただ女の人たちを追いかけました。
私は自分に言い聞かせるように
「私は…兵器……」
とつぶやくと、剣を握りしめて女の人の一人を突き刺しました。
私の剣は抱いていた赤子も一緒に貫いていました。
「い…イヤァァァッ!」
女の人の一人が悲鳴をあげました。
「逃げないと私たちも殺されるわ!」
もう一人は悲鳴をあげて動けなくなった女の人の手を必死に引っ張って逃げようとしていました。
私は剣を引き抜くと再び剣を構えて走り出しました。
私は再び言い聞かせるように
「私は…兵器…心なんていらない。」
とつぶやいて剣を振るいました。
動かない的を切るなんて容易いことです。
女の人は真っ二つに切り裂かれて声をあげる間もなく崩れ落ちました。
「ひ…人殺し! 悪魔!」
最後に残された女の人は私をそう罵ります。
「……なんとでもお呼び下さい。」
私は静かにそう告げました。
そして思い切り剣を振るいました。
†
幾千人もの屍の山の上に私は立ち尽くしていました。
そんな私に1つの伝令が届きました。
どうやら敵の猛襲が止み、戦況が落ち着いたため私たちは仮拠点に帰還することになったようです。
私はただ何も考えずに仮拠点に戻ると
「素晴らしい戦果だアリス」
とフランゼルドさんは私にそう言ってくれました。
私はそれを嬉しいとも悲しいとも思いませんでした。
私は心を捨てました。
そうすれば、今日受けた怪我の痛みも少し薄れるような気がしました。
そして、人を殺したという罪悪感も薄れるような気がしました。
私はそのまま何も考えず命令に従っていればいいのだとわかりました。
だからそうしました。
「まさか初陣でここまでの力を発揮するとはな…ロゼルトのやつには礼を言わねばならないな」
フランゼルドさんはそう言って集まった兵士のみんなの前に私を出しました。
「こいつはアリス…本日よりこの部隊に加えられた殺戮兵器だ。」
フランゼルドさんがそう告げると周囲は騒めきました。
どうやら私が兵器に見えないのはみんな同じようです。
「あんな女の子が兵器だってよ。」
「よく見たら人形みたいな子だよな。」
「本当に人形みたいだな、全く生気を感じないぞ。」
あちらこちらでそんな声が聞こえてきました。
「この兵器のお陰でこの戦場では勝利を収めたのだ…貴様たちも存分にこの兵器を使うといい。 なにせ心もなければ、痛みも感じないのだからな。」
フランゼルドさんはそう言って私を演説台から突き落としました。
「……」
私は受け身をすることもなく地面に叩きつけられました。
ですが不思議なことですが痛みなんてありませんでした。
私はこの戦いの中で心だけでなく、痛覚神経というものを遮断してしまっていました。
私がしたくてした事ではないと思います。
ですが、私は兵器と自分に言い聞かせる中で少しづつ心を壊していったのでしょう。
壊れてしまえば簡単です、何も考えずに命令に従えばそれでいいのですから。
マリオネットと同じです。
私は言われるままに動く人形です。
人形には痛みも必要ありません。
なので痛みも捨てました。
主の思うままに操られることが今の私にできることです。
意識を深い闇に沈めて…
この日から私には『人形姫』という名前がつけられました。
私を哀れむ声も沢山ありましたが、私は別に構いませんでした。
何故なら私は文字通り『人形』に成り果ててしまっていたからです。