第7話
どうやらまた寝てたみたいだ。まだ体も休養を求めているみたいだけど、何よりも頭がパンクしたというか…許容量オーバーということだろう。
まだカーテンから漏れる光は弱い。夜が明けたばかりのようだ。ちょっとここいらで考えを整理してみようか。
まず、私が誰か。
どこにでもいるはずの平凡なOLしてました。合コンよりはオフ会で24時間耐久狩り尽くしとかやってしまう部類ではありましたが…何か?
もともと人付き合いが苦手だった私は、人並みの仕事に人生で満足だったし、それ以上を求めなかった。ただ新しく就任した上司の毒舌が辛かったので文句を言われないように完璧にして、帰ってきたら憂さ晴らしにオンラインゲームでソロだったりギルドでパーティー組んだりしながらそこそこのレベル、上位者まで上り詰めたもんですよ。私、たぶんやろうと思えばやれなくはないんです。できないんじゃなくてやらないんです。だって同僚が仕事してくんないんですもん。私に回されるの分かってからは適度に息抜きしてました。あ、でも新作や目をつけてたゲームの発売日は速攻で終わらせて帰ったけれども…。
まぁ今更だけどさ。なんやかんやありまして、結婚して6年間、旦那様と共に歩んだゲーム道(笑)幸せだったけど病気になって…。短いとはいえ、私は満足した人生だったと思います。
前世の名前は高嶋茜、32歳でした。
そんなオタクな私がプレイした中には乙女ゲームと呼ばれるものもあって『虹色のキセキ〜貴方と私の攻防戦〜』ジャケットとツッコミたくなる煽り文句に思わず買ってしまった。
悪役令嬢は王子様の婚約者。と、内容はいたって普通の乙女ゲームだが、実は2週目の主役はなんと悪役令嬢!自分の婚約者を奪われないようにするための、いわゆる防衛戦。この時1週目の結末とリンクするようで、ヒロインが攻略したヒーローが悪役令嬢が守るべき婚約者。見事守りきればハッピーエンド。3週目にヒロインルートで隠しキャラと逆ハーレムが開放される。4週目は悪役令嬢ルートで、やはりこちらも隠しキャラが開放される。しかしこの週回はやってる途中だったので詳しく知らないのが悔やまれる。
そういえばこのゲームちょっと特殊だったな。バッドエンディング以外がヒロインのさじ加減という…。つまり、最後の選択肢でヒロインが悪役令嬢の運命を決める。死罪、追放、和解(俺たちの戦いはまだ続くゼ☆状態)を選択できる。ここで選ばれた選択肢が2週目の悪役令嬢のバッドエンディングに関係してくる。成功すれば、防衛戦勝利。失敗するとヒロインが選んだ結末を迎える。ちなみにヒロインのバッドエンドは攻略対象者を振り向かせられず悪役令嬢刺して壊れるっていう…。スチル見たさにやったけどあの後味の悪さというかヒロインの壊れ具合に引いたな…。思わず遠い目になった私を誰も責めないでください。
ふと、鏡で見た自分の姿を思い出す。銀の髪に濃いめの紫水晶のような瞳。今はまだ幼さが残るが、このまま成長すればまさしく悪役令嬢と呼べるであろう顔立ち。色味も雰囲気もゲームのままだった。
確か彼女は、プライドが高く、負けず嫌い。第2王子に一目惚れして婚約者の地位を強引に得た。ヒロインに傾いた王子に焦って、ヒロインから手を引かせようとするが空回りし、段々とエスカレート。そして最後は毒を盛ろうとして死罪…。
思わず頭を抱えた。この先、我が身に起こるであろう出来事に全く笑えない。
しかしまだ絶望するには早い。婚約者になるであろう第2王子をはじめとして、まだ誰とも出会っていない。幸いなことに攻略対象者の名前は覚えている。学園への入学は避けられないが接触も最小限であり、婚約者にならなければ物語は始まらないのでは…?要検証ではあるがそれが最善な気がする。
そして次に、私に何が起きたのか…?
爆発に巻き込まれたと聞いたけど、どこか痛いわけでもないし、体の調子はもう何ともない。というか何の爆発に巻き込まれたというのか…。考えられるうちの幾つか。
1つ、たまたまあの部屋の地下かなんかが爆発。
1つ、お兄様の魔力玉が暴走。
1つ、イベントだった。
1つ、その他。
これは考えても仕方ないし明日にでも詳しく聞いてみなければわからない。ただ、イベントって可能性としては低いかな。爆発のシーンとして私が覚えているのはヒロインが学園で起こすものだったし…。
まぁ、理由がわかれば対策も立てられるだろう。
それにしても何故今になって記憶が戻ったのだろうか。私が茜として生きてきた32年間。カレンとして生きてきた10年間。何か接点やきっかけがあったのだろうか。思い出す兆候は?思い当たることはないのか記憶を掘り起こす。
──そういえば昨日、なんか変な夢見たな。内容は思い出せないけど大切な思い出だった気がする。
誰かと会話していたような感じで、相手が私を優しく包んでくれてるような心地よさで、けれども漠然と不安になってほしくなくて、自分は元気だよ、とふわふわした気持ちながらに思った。
─あぁ、そうか。あの夢は私の最後の記憶なんだ。
そう思ったときに、胸の中にすっぽりと収まった気がした。きっとそれが前兆だったんだろうな。ローザの入れてくれたお茶に感じた違和感もそれなら説明がつく。
前世の私はお茶が好きでよく自分でブレンドしていた。もちろんお店で買ってきたお茶は美味しいし気持ちが落ち着く。けれど時たまフルーツを使ったフレーバーティーだったりハーブを組み合わせてみたりと自分なりにお茶を楽しんでいたし、ティーアドバイザーの資格をとって、休みの日
には旦那様とのんびり過ごすのが楽しかった。
あの時の違和感はきっとあの時のお茶の味を記憶の片隅に留めていた本能がひょっこり顔をだしたんだろうな。
そうだ、これからまたお茶の勉強しようかな。自然と頬が緩んだ。ちょっと幸せになれた。
とりあえず、今の私はカレンデュラ・リーファンとしてこの世界に産まれた。記憶の中のカレンと私の顔や声もかなり似ていると思う。国の名前や、攻略対象者の名前も存在している。もちろん全てがゲームのままだとは思わない。そもそもゲームのカレンが転生者という設定ではなかった。ならばこの世界は類似こそしているものの、バーチャルではなくリアル。しかし…楽観視していいものだろうか。はっきりと面識はないが遠目に見かけたことがある人物もいる。と、いうことは当然ヒロインも存在しているであろうし、存在している以上、物語は始まるとも限らない。だが私はゲームのカレンデュラとしてはあり得ない、全く違う存在だ。
─ならばどうするか?
私は私。それ以上でもそれ以下でもない。カレンとして生きてきた10年を無駄にするつもりも、これから続いていく未来を潰すつもりもさらさらない。妄想と現実の区別はつくが危険な橋を渡るほど冒険心もない。波乱万丈な人生も勘弁していただきたいわけで…。大丈夫。私、やればできる子。できる子。できる子。
よし!私がやることは決まった。この世界がゲームの世界であろうとなかろうと、週回重ねていようがそうでなかったとしても!ヒロインと、隠しキャラ含めた攻略対象者には近付かない。ヒロインのさじ加減で死んでたまるか。そんなのは心底嫌なので私は別のルート探してこの舞台からフェードアウトします!
ありがとうございました。