第18話
私は学園に入学してから早いもので3年目を迎え、春になったこの季節。もう間もなく私は15歳になる。
10歳の春に思い出した記憶は薄れることなく、12歳の春に学園入学をはたした。
あれから穏やかに時は流れ、ここまでの間に私が接触した攻略対象者は3人。他の攻略対象者の名前やクラスは勿論確認しているが、敢えて接触しようとは思わなかったので彼らの現状はよくわからない。
シリウスはあれから随分心身ともに成長されたようだ。再教育の甲斐があったようで何より。ロベルト殿下直々に指導にあたったらしい。一体何があったのかは知らないが、それとなくどんな内容だったのか当時のことを尋ねても苦い顔をして話を逸らされるし、ウィルお兄様に聞いてもニッコリと笑顔で何も言わない。
今では自分の立場をしっかりと自覚し、努力の日々を送っているようだ。横暴と言われた彼はもういない。反省からきちんと学びとることができた彼には身分も関係なく味方が増えたようだ。頑張ってる姿や成長を感じれば自然と応援したくなるものね。騎士団での生活も彼の成長にはやはり必要だったようだ。
その護衛であるクウガも同じように感じた。護衛としての自覚もしっかりとしているし、基礎からの鍛練は欠かしていないようで、随分体つきも顔つきもしっかりしてきた。
教師、先輩、後輩、関係なく頭を下げて剣術を学んでいるらしい。技術的にも精神面でもずいぶんたくましくなったようだ。時々、騎士団の訓練所での彼と手合わせすることも増えてきた。当然だが未だに負けたことない。それ以外はこれといって関わることは無いけれど…。
教師である、ディートリッヒ先生。
かっちりとした堅物感はいまだ健在だが、時々、ティア様の猫と戯れているのを見かける。アニマルセラピーの効果大ですよ。滅多に笑わず、氷の微笑みなんてよく聞く煽り文句だったが、最近はよく顔が緩んでいる。大事なことなのでもう一度。アニマルセラピーの効果大ですよ。
ティア様いわく、あの時の子猫が気づかないうちに付いてきてしまってたらしく、見つけたのはかの先生の研究室だったそうな。恐る恐る事情を説明すると先生は余り表情を変えることはなかったが、嫌がる素振りも見せず預かってくれると。驚いたが助かったのも事実。後日お礼をしたところ猫さん、実はちょくちょく来ていたそうだ。あの先生、動物好きだったんだな。でっかい猫みたいな猛獣感あるけど…。あの子猫は仲間意識でもあるのかしら…。猫と戯れるなんていいなぁ。
この3人の他に、1度だけ顔を合わせたことがある人物がいる。
元卒業生で、現図書館司書であり、隠しキャラであるライト様。レイラ様と共に授業に必要な資料を借りに行った際に見かけた。
顔を合わせたと言ってもカウンターで手続きをする時くらいだ。
まだ若いながらも彼はチェスの名手である。数多の大会で優勝しているらしい。前世も今も私はチェスなんて全くわからなかったしオセロとか将棋なんてのも超が付くほど下手だ。ミニゲームでのチェスは旦那にやらせて私は隣でふてくされてましたよ。あれはいっくらやってもダメだった。
彼とのルートに入るためにはいくつかクリアしなければならない。1つは決められたパラメーターの数値を越え、尚且つ彼とのチェスに勝たなければ入れない。
例えルートに入れたとしてもランダムに始まるチェスに勝てなければ彼の内側に入ることは出来ず、話が進まない。なのでこのルートは彼とヒロインの攻防戦のようなお話である。
カレンちゃんは当然だが出てきます。
そこで2つ目。誰のルートでも構わないからカレンとの友情ルートをクリアしておくこと。
カレンは彼に想いを寄せる深窓の令嬢。ここでのカレンは恋敵だが悪役というよりかは良きライバル。ヒロインはチェスを通して友情と愛について悩むのだ。平和っちゃ平和だけどもね…。
とりあえず今世でもチェスとは無縁だろうからまぁいいか。
今のところ彼らとの仲を進展させるつもりもないし、友情で十分だ。そんなことより私には明後日に迫った自分の誕生日の方が大事だ。今年はいつもより参加人数が多い。さてどうなるかしら?
やってきました、今日は私の誕生日。
ごく親しい友人と身内でのパーティだ。
今日来てくれたのはレイラ様とティア様。ジン様、ゼファー様、おまけのシリウスとクウガだ。
今日は天気もよく春らしい暖かな陽気だったので庭でバイキング形式の立食パーティとなった。勿論イスもテーブルもあるし、屋内に休憩室も用意したので疲れた 時は気軽に利用して欲しいと伝えてある。
「カレン様おめでとうございます。私とお姉さまからです」
「ありがとうレイラ様!素敵な香水ね。ボトルも綺麗だし香りも甘めだけど爽やかで。とても好きな香りだわ」
「喜んでいただけて嬉しいわ。お姉さまと共に悩んだ甲斐があったわ」
箱の中から出てきたのはほっそりしたシルエットに淡いピンクのボトル。何だか大人になったようで嬉しい。
「おめでとうございます、カレン様。私からはこちらですわ」
ティア様から差し出された箱は2つあった。
1つは茶器のセットだ。このメーカーは客の要望に合わせてオーダーメイドで作るため、かなり人気でなかなか手に入らないことで有名だ。昔からずっと欲しくて、ねだったつもりは全くなかったが、お茶をするたびにこんなのが欲しい、理想はこんな形で〜…などと言ってた。覚えていてくれたのだと感動した。そしてもうひとつの中身は髪飾りだった。
細かい装飾が職人技ともいえるような繊細さで施されており、シャラリと揺れる、青系の細かな宝石がキラキラと光を放っている。
綺麗すぎて思わずうっとりと見つめてしまう。
「ティア様 素敵な髪飾りをありがとう。とても綺麗だわ」
「カレン様の銀のお髪にも映えると思いまして。せっかくですので私達3人でおそろいにしましたのよ」
そういってくるりと回る。彼女の髪に合わせた黄色と緑の髪飾りが揺れた。
レイラ様も黒い髪に映えるような赤系の宝石がちりばめられた飾りが揺れた。
おそろいっていいですね!
思わず3人でにっこり笑いあってしまう。
2人はようやくカレンデュラからカレンと呼び名を変えてくれた。ずっとそうして欲しいと思っていたのだが、断られたらと思うとなかなか言い出せなかった。しかしお決まりの当たって砕けろ精神でお願いしたところ、はにかみながら了承してくれたのだ。顔にはださないけど、あのかわいさは悶絶ものですよ。家に帰ってからもニヤニヤしてました。
それからゼファー様からフラワーギフト。箱に色とりどりの花が収められていて女性への贈り物に対するセンスを感じました。
ジン様からはオルゴールをいただきました。しかもこれ、ジン様の手作りらしい。アンティーク風の小箱に魔力を流すことで音がなり、色とりどりに淡く光るのだ。これにはやられるよね。乙女心を撃ち抜かれますよ(笑)
シリウスとクウガからは茶葉のセットとお菓子をもらった。
なんでもウィルお兄様から消えものが1番と言われたらしい。でも今まで試したことない茶葉や私の好きな茶葉も入っていて嬉しかった。
さっそくローザに髪飾りをつけてもらい、楽しくみんなわいわいしていると、突然風の聖霊王と光の聖霊王が現れた。
「やっほー。楽しそうだし来ちゃった」
「カレンよ、誕生日か。人の子の成長とは早いものじゃのう」
相変わらず軽いですね、光の聖霊王。風の聖霊王もそんなこと言わないでくださいよ、お爺ちゃんって呼んじゃいますよ?
「そういえば今日はカレンの誕生日だったんだねぇ!時間の感覚ないから忘れてたよ。言ってくれればよかったのに〜!そうしたらプレゼントもたくさん用意したのになぁ」
「そうじゃぞ。ふむ、何なら今からでも用意してやろう。何がいいんじゃ?」
「だからね、風の。カレンは無闇に欲しがらないのわかってるでしょう?」
「む。…うむ。じゃが……」
そんなやり取りが微笑ましくて、嬉しかった。つい笑みがこぼれる。
「ありがとうございます、聖霊王様方。きっと聖霊王様からのプレゼントは素晴らしいでしょうね」
「おおっ!どんなものでもいいぞ!」
「…ですが、私はプレゼントが欲しくて皆様を呼んだわけではないのです。ですので風の聖霊王様、光の聖霊王様、私はお2方の気持ちだけで十分でございます。ありがとうございます」
「ね?言ったろ。我らのカレンはこういう子なんだよ。風の、無理に色々して怒られたくないだろう?」
「そうじゃな。カレンよ、誕生日おめでとう。なればこれはわしのほんの気持ちじゃ」
そう言った風の聖霊王はその身に一瞬にして魔力を纏わせ、そのまま軽く手を振ったかと思った次の瞬間。
目を開けていられないくらい強い風が唸るような音を立てて吹き抜けた。
恐る恐る目を開けてみるとそこには──
「すごい…」
誰が呟いたかわからない。けれど皆がそう思ったことだろう。
庭には色とりどりの花が季節関係なく咲き乱れ風に揺れている。不思議と香りの強い花と弱い花とが調和しているようで決して邪魔にならない。
そして空からは白と黄色の小さな花が舞って降り注いでいる。この花は平和の花と呼ばれローディトスの国花である。滅多に花を咲かせることはなく、この花が咲くときは何か良いことがあると言われている。
「綺麗だわ…」
「えぇ、本当に。夢のようですわ」
皆が見とれている中で風の聖霊王は満足そうに頷いている。
「ありがとうございます。まるで空からも祝福されているようで胸がいっぱいです」
幻想的なこの光景に綺麗過ぎて泣きそうである。
風の聖霊王の隣で光の聖霊王もにこにことしている。
「じゃあ私からはこうしようかな」
さりげなく手を振るとシャボン玉がふわりふわりと浮かんだ。それが舞い降る花をいくつか包み私のもとへとゆっくり降ってくる。
「こうすればいつでも見れるでしょ?」
「ありがとうございます!」
手のひらでふよふよとしていたシャボン玉は少しずつ硬くなっていく。最後は手のひらに収まるサイズのガラスの球体のようになった。だがシャボン玉の中の花は固まることなく今もくるくるとその中を回っている。
──こういうの好きだなぁ。眺めながら思わず頬というか顔が緩む。
すると突然シリウスに鼻をつままれた。
痛いじゃないか。鼻をさすりながらちょっと本気で睨んでしまった。あ、クウガに蹴られてる。
何も言わないレイラ様とティア様に引きずられるシリウス。戻って来たときにはだいぶ魂が抜けていた。当然の報いである。そんなんだとヒロインともうまくいかないぞ。女心を勉強しろ。
ジン様が慰めるように頭を撫でてくれた。癒された。
ゼファー様も「ロベルトにも伝えておくからね」と言っていた。存分に怒られるがいい。
こんな風にみんなに祝ってもらい、今日は最高の誕生日だった。
その日の夜。
今日は家族は皆、王都の家に泊まる。
私がこちらで暮らしているので家族が揃うことは少ない。久しぶりに全員で揃っての食事だった。
「今日は本当に素敵な1日でしたわ。本当にありがとうございました」
家族は笑いかけてくれる。ふいにお母様が物思いに更けるかのように呟いた。
「カレンももう15歳なのね、早いものだわ。ねぇ、旦那様」
「そうだな。今年の冬にはもうデビューだな。そろそろ準備を始めてもいいかもしれんな」
そうなのだ。この国では15歳になる年の冬に貴族の令嬢、子息は一斉に社交界デビューを果たす。
城での夜会に向けてみな準備をするのだ。だがここで問題がある…。
「もうそろそろ婚約者を見つけなければなりませんわね」
そう、私達の歳になると早い人はすでに婚約者がおり、デビューの時にエスコートしてもらうのだ。勿論デビューと同時に探す人達も大勢いるのだが…。そして卒業と同時に多くの令嬢は制服から花嫁姿へと、蛹が美しい蝶へと羽化するように羽ばたいていくのだ。
レイラ様とティア様どうなってるんだろ……。今まで好みの男性の話をしたことがあるが婚約者の有無については聞いたことがなかった。明日、学園で聞いてみよう。
「ねぇカレン?あなた、好きな方とかいらっしゃらないの?」
「申し訳ありません、お母様。授業や訓練が楽しくてあまり考えたことなかったです」
お母様の言葉に自然と浮かんできた顔を打ち消す。
まだ私の未来は不確定だ。巻き込む訳にはいかない。
この想いを打ち明けてはいけない。そんな気がして仕方なかった。




