第15話
「おい!やめろ!」
私が背を向けて歩きだした途端、今まで戦意を喪失していた誰かがこちらに向かって走り出した。ボンクラの制止の声もむなしく、止まる気配はない。
──キィィン
ひとつ、高い金属音が響いた。続くのは低いうめき声。
ゆっくり振り向くとそこにいたのは……
「背中を向けた相手に斬りかかるとは随分と卑怯なことだな」
私を背に庇い、剣を弾きとばしたのは青に紫がうっすら混じったようなキレイな色合いの髪をして、深い青、というよりは紺碧の瞳をした青年だった。
はじいた武器は折れ、その足元にうずくまる駄犬その2の近くに転がった。
切れ長の目元は涼やかで、警戒は解かないまま眼差しをこちらに向ける。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます、ジン様」
素直な気持ちでお礼を伝える。こういうときは自然に笑顔になるものですね!
この方は、ジン・マクスウェル様。私アルお兄様のご友人であるスルト様の弟であり、当時のお兄様のように学園に在籍しながらもソリダス団長にスカウトされた先輩である。実はスルト様、この度特務ではなく王太子殿下の近衛騎士団へと配属になった。アルお兄様にもお声が掛かったみたいなのだけど、ウルフ団長が認めなかったらしい。曰く、うちの秘蔵っ子を横取りする気か!と。気持ちはわかるし、何よりお兄様自身が騎士団を離れたがらないと思う。
ジン様とは顔を合わせれば世間話をする程度。時折、医務局で治療の練習にも付き合ってもらうくらいの仲だ。
まさか助けてもらえるとは思っていなかったが、相変わらず強い。攻略者じゃないのが不思議なくらいのスペックの高さと見た目である。
「挑発しすぎだろ、どう考えたって」
「そうでしょうけど…だって言ってみたかったんですもの」
フラグも…折れたのかわからないけれど、できることなら折りたかったしね。
駄犬その1、もとい護衛こと、クウガ・ブラント。彼は長年の友人であり、守るべき主であるシリウスと共に学園に通っているが、ヒロインの出現と共にその仲に亀裂が入り始める。いわゆる三角関係。まぁ、最後は丸く収まったような気がするが…。友人であるか、臣下であるべきか悩む彼を支えるのがヒロインって内容だった気がする。ありがちな内容かもしれないが私的にはわかりやすくてありがたかったルートだったな。
しかしやはりここでも悪役カレンは登場する。
このルートではシリウスの婚約者ではあるが、実はクウガに恋心を抱いていたカレン。しかし義務と我慢していた気持ちが暴走。クウガに対してヤンデレ化する。自分を選ばなかったクウガに、自分からクウガを奪ったとヒロインへと怒りと恨みの矛先が向かう。最後は燃え盛る炎に巻かれて命を落とすのだ。
はっきりいってそんな結末誰だって嫌だろう。
だがそれ以前にあの護衛に対してそんな恋愛感情なんざ微塵も起きる気はしないが…。
とにかく、きっと第2王子の婚約者でなければこのルートは発生しないと思う。
とりあえず今のところ注意人物はこの2人。うずくまって動けない彼が運ばれていくのを、主であるシリウスと共にクウガは呆然と眺めているが、これから待っている再教育によってまともになっていただきたい。
「しかしなんでまたこんなことになったんだ?」
「乙女の秘密です」
「…で?」
「簡潔に言いますと、あまりの理不尽さに私が我慢出来ずシリウス殿下らを挑発いたしました。不敬罪はこの際覚悟いたしましたが、あまりのシリウス殿下の言動にロベルト殿下から同情されまして、私の殿下への態度を不問としてくださいました。ですがシリウス殿下は納得がいかなかったようです。結局ロベルト殿下の提案で、決闘を行うことになり、今に至ります」
「話があまり見えないんだが…。しかし、随分と腹がたった出来事があったようだな」
「そういうことですね」
大勢の前で友人を晒し者のようにされるのは私が嫌だった。
けれど、本当はもっと穏便に済ませることができたのかもしれない。
挑発して、決闘して。それが正解かと問われれば答えは否であるだろう。冷静になって考えればすんなりと出てくる答に私もまだまだだめだなぁ、とため息をつく。
「ジン様。私これからたくさん学びます。色々教えてくださいね」
「?」
わからない、と顔に出ているジン様に、もう一度お礼と別れの挨拶を告げる。
その後、私は学園長先生に呼ばれた。
ロベルト殿下の口添えもあってか特に咎められるとこはなく、詳しく事情を説明して家に帰された。
王都にある別宅へ戻ってくるとすでに両親は帰宅しており、こんこんとお説教された。どうも学園長から連絡がいったらしい。心配をかけてしまったようでごめんなさい。
翌日。
教室に向かう足取りは重い。
知り合いは挨拶をしてくれるがどちらかというと遠巻きに観察されているような感じがする。仕方ないとはいえやはり気持ちのいいものとは言えない。
教室につくとすでに来ていたレイラ様達と合流。いつもと変わらないその様子に思わずほっと安堵のため息をつく。
私への好奇の視線も自然と落ち着いてきた頃、ふいに教室が静まった。
ふと私に落ちる影に目を向けるとそこには要注意人物の2人が立っていた。
「カレンデュラ嬢、少しいいだろうか」
「…なんのご用でしょうか」
思わず警戒してしまった私に、決まり悪げに俯く彼。隣に並ぶ護衛に肘で小突かれる。
「おい、シリウス」
「わかってる。…カレンデュラ嬢、昨日はその、悪かった。詳しく話をしたいから放課後、少し時間を取ってもらえないだろうか」
思わず目を丸くしてしまう。だって昨日の今日である。
「警戒する気持ちもわかるし、すぐに和解できるとも思っていない。だが信じて欲しい。もちろん、誰か他に一緒にいてもらっても構わない」
「私からもお願い致します。昨日は申し訳ございませんでした。図々しいのはわかっておりますが何卒」
どうしよう…。関わりたくないがこんなに思い詰めた顔されたら断りづらい。明らかに疲れた顔からは昨日の面影はなく、うっすらと隈ができていた。
そんなに厳しくお説教されたのだろうか…。
「あら、よろしいんではありませんか?カレンデュラ様」
「そうですわ。不安でしたらレイラ様と私もご一緒させていただきますわ。殿下よろしいでしょうか?」
「ああ。すまない、ありがとう」
彼は小さく安堵の表情を見せた。護衛も頭を下げ、2人は自分の席につく。
「カレンデュラ様、勝手をして申し訳ありません」
「私も。ですが同じクラスである以上早めにわだかまりをなくした方がお互いのためかと思いますの」
確かに二人の言う通りだ。昨日、私も成長しようと決めたばかりだ。今後のためにも避けて通れないだろう。
こうして私はティア様とレイラ様と共に話を聞くことになった。
さてさて吉と出るか凶と出るか…。




