第14話
その場の時を止めたのはロベルト殿下。そしてその止まった時を動かすのもロベルト殿下だった。
「カレンデュラ嬢、我が愚弟が大変申し訳ない。どうか怒りを収めてほしい。実の弟ながらどうにも最近言動が目に余るようでね…」
「どうぞお気になさらないでくださいな、ロベルト王太子殿下。ですが、私、シリウス殿下に謝りません。例え不敬であると罰せられても。その時はどうぞ咎めは私だけに」
王太子殿下にそんなこと言われたら引くしかないですよね。この人が身贔屓することはないとわかっているが、私の個人的感情によって行動したことを伝える。謝るなんてつもりはさらさらないしね。
「もちろんだとも。君に咎がないのはよくわかっているよ。もしどこかの愚か者が処罰を進言したとて、陛下もそう判断されるだろう。私もウィルやゼファーを同じように馬鹿にされては黙っていられないからね。君のしたことは間違っていないよ。カレンデュラ嬢、君が謝ることはない。謝らなければならないのは…」
チラリとボンクラを見る。びくりと体を揺らし、目をこちらに向けない。
てかどこから見てたんだろう?つい、と顎に手をあて、考える。そして思いだしたかのように
「おそれながら、ロベルト殿下にお伝えしたいことがございます」
「ん?何だい?」
「どうにもこの元凶は宰相閣下の早とちりのようですの。ですので改めて訂正させてくださいませ。私はシリウス殿下の婚約者ではありません。これからの私の将来にも関わることですので、このような早とちりは今回だけにしてください。と、閣下にそうお伝え願えますか?」
ロベルト殿下がしっかりとそれを認めてくれればそれが事実。何よりこれだけ大勢のギャラリーが証人になるのだからそう簡単には覆らないだろう。それに宰相の早とちりであるならこのポンコツ─あれ?ボンクラだっけ?まぁどっちでもいっか─も誤情報に踊らされてしまっただけなんですよ。子供のケンカでちょっとむきになってオイタしちゃいました。わがまますぎて周りから白い目で見られてますけどね。くらいで収まらないだろうか。けど元々向こうが悪いんだしね!私はあくまでも被害者です。
そんな打算まみれの気持ちが伝わったのだろう、実に素晴らしい笑顔で頷いてくれた。
「俺は納得いかない!」
せっかくキレイに収まったのに。
何で蒸し返すかなぁ…。
「何が納得いかないんだい?」
呆れを隠さない顔でため息をつく。
「だいたいお前はここがどこかわかっているのか?」
「俺は…っ」
「ここでの身分とはひけらかすためのものでも、やたらと振りかざすものではないのだよ。わからないか?学園に通うものには学生という名の平等な権利と果たすべき義務が与えられる。そして高位貴族ならばそれに見合った民の手本となるべく率先して行動しなければならない。王族ならばなおのこと。それをせずいつまで子供みたいに駄々をこねるつもりだ?いつまでも甘ったれのままでは困る」
…ぐぅの音もでないです。
我慢できずにいた私にも少々耳が痛い話だが、そもそも吹っ掛けてきたのは向こうだし…。き、聞こえないもん。
「兄上!そんな女に頭を下げる必要なんてないではないですか!」
「お前が確認もせずあのようなことを公の場でするほど愚かだと思わなかった。そしていつまでも成長する様子がないことに失望している」
侮蔑を込めたその眼差しは氷点下。一切の熱を感じることは出来ず、これが怒りによるものだというのは弟にも伝わったようだ。たぶん、ボンクラが馬鹿の一つ覚えのように連呼した王族という言葉の軽さと、次代の王として人々の幸せや生活を守り、背負わなければならない王族としての責任感と誇りに泥を塗られたような気持ちなんだよね、きっと。兄弟でも同じ言葉ひとつとってもこんなに比重が違うのかと。厳しいのかもしれないが、身分を振りかざすならその影響力を考えなければならないのは必然だし、権力を行使しようとしている以上理解できていなければならないはずだが…思った以上に空っぽだったのも怒りの原因のひとつかなぁ。
兄の怒りを理解してるのかどうなのかわからないのか、気持ちの行き場がないのか…不満たらたらなボンクラに兄殿下は軽く爆弾発言を落とされた。
「はぁ。そんなに納得いかないなら決闘でもするかい?」
はぁぁ?
ロベルト殿下、私の訓練の様子を知ってらっしゃいますよね?反論を力でねじ伏せてしまえ、ということですか?
どういった意図があるのか私には正直わからない。だがいつまでもここで時間を無駄にするのははっきり言って愚策である。ギャラリーも動かないが、教師達からも困惑が伝わってくる。
それもそうか。ボンクラとはいえ王族、そして相手は公爵家。しかも話の内容は随分なものであると…。触らぬ神に祟りなし。といったところかな。
「ならせめてもの温情だよ。そこの取り巻きも一緒に戦えばいい」
「かまいませんわ、なんなら武器もどうぞ」
私が強がっていると判断したのか。私からの視線をどう捉えたのか、勝てると思っているであろう、嘲笑めいた笑みを浮かべる彼ら。
「ロベルト、きっと彼らは温情の意味を履き違えているね」
「はぁ、これほどとはね。カレンデュラ嬢、とりあえず五体満足で生きていればいいよ。やり過ぎないように頼むよ。私は学園長に事の次第を説明して場所を確保してくるから」
冷笑を浮かべるお兄様と苦い顔をしたロベルト殿下。彼らの言う温情。それは決して彼らを救うためのものではなく、ボンクラだけが恥をかかせるわけにはいかないから、まとめてやられて恥を分散しろと。そういうことではないのかな?だいたいロベルト殿下が女の子1人に対して、まだ幼く、そこまで体格に差がないとはいえ、男数人と戦うのを認める人でなしなわけないじゃないか。私が勝つことを確信しての提案であることは少し考えればわかることじゃないのかね?まぁ、今更やめるつもりはないから彼らの結末はかわらないけれども。
「はい、そこまで」
結果?そんなの私の瞬殺ですよ。こんなんじゃ憂さ晴らしにもならん。甘いよね。知らないのだろうけど、私の今までの相手は精鋭揃いの団員の面々だぞ。ちょろっと腕に覚えのある程度で勝とうなんざちゃんちゃらおかしい。
ここは上級生が実技の訓練をする際に使う闘技場。あっさりと許可を取った殿下が連れてきてくれた。
すでにここで訓練をしていた生徒達は何事かと目を丸くしている。
あ、知ってる人発見。呆れた顔でこちらに口パク。
『や、り、す、ぎ、だ』
そうかな?正当防衛ですよ。
「相変わらず見事なコントロールだね、2年ひたすら訓練した甲斐があるじゃないか。実に今後が楽しみだ」
「そのようですね、殿下にそう言っていただけるなら妹も喜ぶことでしょう」
「あらあら。カレンデュラ様に挑まれるなんて…無謀ですわね」
「本当に。口先ばかりで…。カレンデュラ様、ご無事ですわよね?せっかくの制服が汚れてしまってはカレンデュラ様の魅力に傷がつきますわ」
今まで黙っていたレイラ様とティア様だ。え?制服の心配ですか?そりゃあ私の実力を知っているなら、心配しないのわかりますけど…。チラッと視線が合う。にっこり微笑まれて手を振られてしまった。
けど本当にそうですよね、弱すぎる。そんな中護衛の一人が叫んだ。
ん?あれ、そういや攻略対象者だ。あぁ〜…いたいたあんなの。さっぱ忘れてました。だがこれでボンクラ共々フラグをへし折ってくれるわ!
「魔術を使うなんて聞いていないぞ!」
「使わないなんて言った覚えはありませんが?だいたい揃いも揃って腰抜けの集まりかと思うぐらいでしてよ。人数も多く武器も使っているのにその程度…。よくもまぁそれで護衛だなんだとおっしゃいますわね。しかも素直に敗けを認めず相手を非難するとは…騎士の風上にも置けない。その腐った性根をたたきなおしていただいたらよろしいんじゃないかしら」
おほほほ、と高笑いをひとつ。
「ならば私が全くの丸腰で、それがわかっていながら嬉々としてかかってきたと、そうおっしゃるのですね?敗けを認めるでもなく黙っていた私が悪いと。恥の上塗りはおやめなさいな」
ここには騎士団や魔術師団に出入りしている上級生がいるのだ。不名誉な話となっておもしろおかしく広まるだろうね。
最後に
「負け犬ほどよく吠えますものね。気になりませんわ、存分に泣きわめきなさいな」
そう言って彼らに背を向けた。
本日もありがとうございます。
あと、今すぐには無理なのですが、近いうちに短いお話をまとめようと思っています。その際はご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。




