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閑話 ロイド・シュバイカー

昔話、その2

※魔物のルビを削除しています。

 ルキア・クルーニクスがロイド・シュバイカーと出逢ったのは確立の低い偶然だった。


 ロイドは頭の硬い両親から教会の孤児に関わるな。碌な眼に遭わない。白は不吉だ。禍は罰せねばならない。等と、常日頃から聞かされ続けていた。だが彼は、素直にそれを受け入れるではなく、表面上は肯定して両親の機嫌をとって代わり映えのない日々を過ごしていた。何故ならロイドの髪は黒に近いとは言え、灰色だ。

 白と並んで不吉とされる色をしているため、下手なことを言うと暴力を振われるからだ。

 そんな彼が教会と接点があるはずもなく、ルキアや後に親友となるオルフェウスと関わることはなかった。


 とある日――。


 五歳から通うことが出来る学校を終え、ロイドは真っ直ぐに家には帰らず寄り道をしていた。その途中、街でよくある騒動を見つけた。

 なんてことはない。

 街の大人が子供に理不尽な暴力を振う――ここ最近でよく見るようになった光景だ。

 それに当時六歳のロイドは不愉快を覚え、けれど騒動を抑えることもなくその場から立ち去ろうとした。その時だ。自分と同じくらいか、一つ下くらいの黒髪の子供が怒りの形相で横を通り過ぎ、騒動の中に入っていったのは。

 子供は大人に怒鳴り、叫んで騒動の中心にいた暴力を受けていたであろう白銀の髪の少女の腕を掴んでその場から走り去ってしまった。


「孤児が禍を助けたぞ」

「はは、滑稽だな。同族憐れんで」

「いやいや、同族のはずがない。あれは、白は不吉の証。禍だ」


 黒髪の子供に向けて告げた言葉は、本来、子供を守るべき大人が口にするはずのない台詞で、ロイドは心の中が冷めていくのを感じて。

 ああいう輩は近いうち、碌な死にかたはしない。


 例えば・・・。


 猟師らしい男は最近、国近くに現れるようになった魔物に殺されるだろうし、商人らしき夫婦は盗賊に襲われるだろう。

 胸中で呟いて、ロイドは寄り道を止めて帰宅した。


 奇しくも――ロイドが胸中で呟いたことが現実に起こり、猟師は魔物に四肢を千切られ、腸を喰われて死亡し、商人夫婦は盗賊に襲われて臓器のない状態で国境付近の森で遺体が発見されたと言う。


 学校のない休日。

 両親は猟師と商人夫婦の事件に過敏に反応し、すべては白銀の髪をした子供が悪いとヒステリックに叫ぶようになった。そんなはずはないだろう。と、ロイドは子供らしからぬ冷静な思考で考え、けれど何も言わずに家を出た。

 ああいう大人は、子供が何を言っても聞いてはくれない。自分が正しいと思い、行動する人間ほど性質が悪いモノはないなと、自嘲してふらりと人気のない場所を探して歩きだす。

 街の人間は立て続けに起こった不幸に嘆き、全て、白銀の髪をした子供が原因のように話している。それが耳障りで、知らず顔をしかめた。


「馬鹿馬鹿しい」

 漸く見つけた人気のない場所は――皮肉にも教会の裏手だった。

「くだらないことで時間を費やすくらいなら、魔物を退治すればいいものを・・・。子供を甚振る方が簡単だと考えているあいつらには、ほとほと反吐が出る」

 心底、不愉快そうな表情を浮かべて毒つき、大きな岩に腰を下ろした。近くにある細い樹木を見上げ、息をつく。

「何もしない自分が一番、嫌気がさす」

 子供らしからぬ溜息をついて、空を仰いだ。

「?」

 不意に、草木が揺れる音が聞こえて億劫に視線を音がした方へ向ける。狐か狸、あるいは犬か猫でもいるのだろうか? 揺れる茂みを見ながら、何が現れるか思案するロイドの視界に白銀が映った。

 思わず、息を止めた。瞬きすら忘れて、白銀を凝視する。

 茂みから現れたのは、月を連想させる白銀の髪をした――――。

「女・・・の子?」


 漸く発した声は、酷く情けないものだった。


 ロイドの声に少女――ルキアの身体が過剰に反応し、恐る恐ると顔を上げて双眸にロイドの姿を映す。

「君は・・・教会の」

 警戒をあらわにして、瞳に困惑と恐怖を浮かべたルキアが不自由そうに足を動かした。

「怪我、したの?」

 思わず尋ねてみるが、当然ながら返答はない。

 ロイドはルキアが右肩を押さえ、左足を庇う様に歩いている姿に気づくと眼を伏せた。また、理不尽な暴力を受けたのだと知って、どうしてルキアがそんな眼に遭うのだろうかと考えた。

 

 たかだが髪の色が白銀と言うだけで、何故、迫害されなければならないのか。


 ロイドには解らなかった。

 否、解りたくもなかった。


「怪我、痛くない?」

「・・・」

「なんて、馬鹿な質問だね。・・・痛いよね」

「・・・」

「君はどうして・・・泣かないの?」

 ロイドは座っていた岩から降り、ルキアに近づこうと足を動かした。途端、ルキアが身体を強張らせて警戒を強める。

 怖がらせたと気づいて、ロイドは足を止めた。常から変わらない表情が、困ったように顔をしかめる。

「僕がいるから、泣けないの?」

「ちがう」

 漸く言葉を発したルキアに、ロイドは内心で歓喜を覚えた。同時に、やっと声が聞こえたと喜ぶ心に当惑する。

 抱いた二つの感情を隠して、ロイドは言葉を続けた。

「まさか、泣き方を知らない――とか?」


 ルキアは眼を伏せ、暫し考えてからゆっくりと首を横に動かした。


「ないたことは・・・ある。けど、ないてもひどいことをされるだけだから」

 だから、泣くことを忘れたとルキアは語った。

「怒ることもしないよね、君は」

「おこって、なにかかわるの?」

 不思議そうに首を傾げたルキアから、ロイドは視線をそらした。

 諦めを覚えてから、ルキアは心を殺して生きてきたのだと漠然とだが解って、何を言えばいいのか判らなくなった。

 沈黙したロイドに、ルキアは興味を失せたのか視線をそらしてゆっくりと足を動かす。


「ねぇ!」


 この場から去ろうとするルキアに声をかけて、呼び止める。ルキアが怪訝そうに振り返り、首を傾げた。

 ロイドは迷うように視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開く。


「名前・・・。君の名前を、教えて」


 ルキアがきょとんとした、間の抜けた顔をしてロイドを見る。

 静寂が流れ、耐えきれなかったロイドが言葉を発した。


「僕はロイド。ロイド・シュバイカー。・・・六歳」

「・・・ルキア・クルーニクス。よんさい」

「そっか・・・。ありがとう、教えてくれて」

 名前が知れたことに満足感を抱き、ロイドは優しく微笑んだ。

 たかだか名前を教えただけで、嬉しそうに笑うロイドが理解できずにルキアは硬直した。大きく見開き、困惑に瞳が揺れる。

 その様子に笑みを消し、ロイドは遠い距離を縮めるため足を動かした。腕を伸ばせば届く場所で足を止め、怯えを見せるルキアに真摯に言葉をかける。


 怖がらせないように、出来るだけ優しい声音を意識して。


「ねぇ、僕はまた君に逢いに来てもいい?」

「・・・おとなになにかいわれるよ」

「交す方法ぐらい、心得てるよ」

 肩を竦め、何でもないように語るロイドにルキアは何も言わない。真意を探るようにロイドを見つめ、無意識に身体が後ろに下がった。

「めんどうなことに、まきこまれるよ」

「この髪だからね。面倒にはなれてる」

 ロイドが自身の髪に触れ、何でもないように告げればルキアが口を閉ざした。

 理由を探して逃げようとするルキアが必至で、ロイドは苦笑した。そんなに関わり合って欲しくないのかと考えて、人間不信と言う言葉に思い当たった。

 人間不信にはどう対処したらいいか解らず、けれど諦めたくない想いからロイドは言葉を紡いだ。


「僕は君と、友達になりたいんだ」


 腕を伸ばして、ルキアの頬に指先が触れる。身体を強張らせ、驚愕に眼を見開くルキアに言葉を続けた。

「僕と、友達になってください」




 あの日から半年――。

 粘ったかいあり、ロイドはルキアの友人になることが出来た。

 その際、ルキアが街や教会の人間にばれないことを条件にだしたが、ロイドは即座に頷き、今尚、その条件を護っている。隠密行動が得意になったと語った時のルキアの複雑な表情は、笑える程に面白かった。ルキアと友人になった関係で知り合ったオルフェウスとは、紆余曲折あって悪友と呼べる仲にまでなれたのは嬉しい誤算だった。


 いつも三人が集まる、人気のない教会の裏手。ロイドはうたた寝をしたルキアに肩を貸し、ゆっくりと流れる空を眺めた。頬を撫でる風が優しく、思わず眼を細める。

「僕に出来ることは少なくて」

 そっと、ロイドは眠るルキアの手を握り締めた。

「オルフェのように、君を護れることは出来ない」

 眼を閉じて、息を吐き出す。

「それでも、僕は君の傍にいたいんだ」


「いればいいだろう。友人として」


 前から聞こえた声に眼を開ければ、オルフェウスが不機嫌な顔でロイドを見ていた。

 オルフェウスはゆっくりとロイドに近づき、背中を合わせるように腰を下ろした。空いたルキアの手に手を重ね、気だるげに言葉を紡ぐ。

「お前が俺達を嫌うまで、傍にいればいい」

 その言葉にロイドは瞬いて、思わず噴き出した。

 怪訝な顔をするオルフェウスに謝ってから、ロイドは眼を細める。何を言い出すかと思えば、この悪友は。内心で苦笑して、反対の手をオルフェウスに伸ばした。

 驚いた気配は一瞬で、オルフェウスが無言で手を握ってくれる。

 それが妙に、嬉しく感じた。

 ロイドは無表情だった顔に笑みを浮かべ、もう一度、空を仰いだ。

「君達を嫌うことなんて、生涯ないよ」

「知っている」

「だから、ずっと君達の傍にいる。僕の命が尽きる、その瞬間まで。例え、遠く離れた場所にいても・・・」

 ロイドは眩しそうに眼を細めて、淡く微笑んだ。


「心だけはどこまでも一緒で、繋がっていると信じている」


 ――繋いだ絆は永遠だと、願った幼い頃。


いまだにお気に入り登録された方がいるという事実に、どうしても緊張してしまう今日この頃。ありがたいとおもいながら、恐れ多いと隅っこで震える心境です。

閑話はレーヴェとアーシェを書いたら、当分書く予定はありません。本編をさくさくとすすめようと思います。

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