琥珀の遺跡
いまさらですが、お気に入りありがとうございます。未熟者ですが、これからもよろしくお願いします。
かつて、この世界を支配した龍族が建築した神殿。
それは他種族よりも優れた技術・英知を持っていることを知らしめるための存在であり、龍族の威光を簡単に認識させる物であった。
九つの国にそれぞれ造られた神殿は、日本の神社や寺院、イスラム教のモスク等に似ており、違うと言えば外装の色と壁画、そしてステンドグラスに描かれた物語。そして、柱に刻まれた不可思議な文字だろう。
制作者サイドも、神殿と言われてネタが思いつかなかったのかもしれない。それともありきたりで、けれど少し違う物を考えた結果なのだろうか?
ともかく。
聖王都・王冠の国外れに、その琥珀の外装をした神殿はある。
形は日本の寺院に似ており、周囲が小さな泉で囲まれているため水龍の神殿、なんて呼ぶユーザーもいた。ちなみに私もその一人である。
その神殿に正式な名前はない。
敢えてそうしたのは、朽ちて遺跡と化した神殿に名前が昔の名前が残っていたらおかしい。と言う、制作者サイドの意図らしい。が、絶対に何も考えてなかったと言うのが多くのユーザー共通の結論だ。
そんな神殿遺跡に、私はオルフェ達に連れられてやってきた。
ゲームや設定資料で見た通り、遺跡の回りに小さな泉があった。そこに水連が咲いていたのは、何の皮肉かと笑いたくなったけど。
「ついたぞ、ルキア。ここが――琥珀の遺跡だ」
そうか、オルフェはここを琥珀の遺跡と言うのか。安直だな。水龍の神殿も安易だけど。
これがどんぐりの背比べと言うやつかな?
「これはかつて、龍族が威光を知らしめるために建てた神殿だそうだ」
ごめん、レーヴェ。知っています。
「祭壇には神像もあって、本当に綺麗だよ。ルキアも眼を奪われるよ」
「神像?」
「龍皇を神として祀り、崇めるために造った神像」
ああ、そう言えばそんな物があったような。話を飛ばしたせいで、記憶には殆ど残ってないから忘れていた。戦闘画面にそれらしい物があった、程度の認識しかないなー。
ロイドは私の頭を軽く撫でてから、入り口であろう扉に向かって歩いていく。
三つ指の手を合わせるように、二匹の龍が向かい合った扉の図柄。
体躯はアズライト、右側の龍の眼はルビー、左側の龍の眼はヘリオドールの宝石が埋まっている。物凄く金がかかっていることが、一目で解る代物だ。
権力者はやることが派手でしょうがない。呆れるよりも感心を抱くよ、まったく。
重い音をたて、ゆっくりと扉が開いた。
なんかこう言う音を聞くと、ボス戦とかを思い出すんだけど・・・。このまま戦闘に入るとか、ないよね? あったら死亡フラグがたつから止めてほしい。
なんて、変に意識しすぎているみたい。番外編かもしれない、なんて考えすぎないでこの遺跡探索を楽しもう。気にしすぎたら胃が痛くなる。この歳で胃潰瘍とか、なりたくない。ストレスで体調崩すのもごめんだ。
最悪の展開なんて、早々、起きるはずがない。
「行こうか」
オルフェが私の手を引き、歩きだした。
いつの間にかレーヴェと繋がっていた手は離れ、四歩先でレーヴェがロイドと会話をしている。聞き耳を立ててみると、どうやらこの遺跡のことを話しているようだ。
・・・そんなにこの遺跡は、二人にとって関心深いのだろうか?
女子高校生の私が知っているような、SFチックな技術は存在するけれどこの遺跡にはなかったはず。そんな技術があるのは機械神だけで、間違っても聖王都・王冠にはない。
ならば何に関心を寄せたのかと考えて、思い当たった。
祭壇の間にある、天井に描かれたホロスコープだ
星に詳しくはないが、黄道十二宮・・・だっけ? と言われている星が、私が知っている星座と同じ名前をしている。
四季といい、星といい、女子高校生の私がいた世界となんら変わりがない。実は同じ世界なんじゃないかと、錯覚してしまう程だ。・・・そんなこと、ありえはしないのだと、私はよく解っている。
判っているからこそ、同じなのが辛い。
「あのホロスコープ、全部写せるかな?」
「今日で無理なら、また来ればいいだろう」
ちょっと、気持ちを暗くしていた私の耳に、ロイドとレーヴェの声が届く。
「春の大三角が終わらないうちに、書き写せるかな」
「終わったら、次の春を待てばいい。時間はあるんだ、大丈夫だろう」
ロイドとレーヴェがホロスコープのことを話し合っている様子から、星が好きなのだと解る。設定資料にも、二人が天体に興味があり、それがきっかけで仲良くなったと設定資料に書かれていたなー。
オルフェを通じて知り合った二人が、共通の趣味で意気投合。
なんてありきたりな。
でも解りやすい。
「星の何が楽しいんだか。方角が解るだけで十分だろう」
オルフェが気だるそうに、小さな声で呟いた。
今まで沈黙していたぶん、オルフェのその言葉が気になって私は尋ねた。
「オルフェは星、嫌い?」
「何も考えずに見るのは好きだけど、あいつらみたいなのは無理」
そう言って、胡乱な眼でロイドとレーヴェを見た。
「天体観測なんて、眠くなる」
「・・・読書は平気なのに、変なの」
そんな他愛のない話をオルフェとし、途中から加わったロイドとレーヴェと談笑しながら一本道を進めば、どんな巨人が通るんだ? と思うほどに大きな扉と遭遇した。
やはりこの扉にも二匹の龍が描かれている。
いや、それ以前にこの扉・・・こんなにでっかかったかな? ゲーム画面と現実ではこうも差があるんだな、と私は一つ賢くなりました。・・・日記か。
この扉は一人で開けるのはきついようで、ロイドとレーヴェが協力して開けている。いや、ちょっと待って。何で王子様がそんなことしているのさ!
オルフェ、ちょいとオルフェ!! 君が変わってあげなさい。レーヴェは仮にも第二王子だよ? これって不敬罪にならない!?
と言うよりこの扉・・・子供二人で開けられるのか?
無理、だよね。
「オルフェ、見てないで手伝え」
「ルキアと手を繋いでるから無理」
予想通り二人では無理らしく、レーヴェがオルフェに助力を求めるのにオルフェはさらりと拒否をした。馬鹿、そんなくだらない理由で断るな。
呆れながらオルフェと繋いだ手を放そうとすれば、オルフェが不満気に私を見た。
そんな顔をしても駄目だから。ほら、ロイドまで非難めいた眼を向けているよ。
「二人を手伝ってあげて、オルフェ」
「・・・・・・・・・はぁ」
溜息をついて、オルフェは漸く手を放した。
億劫そうに足を動かして、ロイドとレーヴェの間に挟まるよう手を置く。ロイドとレーヴェがオルフェの足を蹴っているのが見えるが、仕方がない。当然の報いだから、甘んじて受けておけ。こら、やり返すな!
三人は静かに攻防を繰り広げながら、器用に、本当に器用に扉を開けた。足を蹴りながら、よく扉を開けることが出来たな。なんて感歎を覚え、同時に、そんなことが出来るなら二人でも扉が開けたのでは? と疑問に思う。
・・・くだらないことで、頭を悩ますのは止めよう。
扉の向こうの祭壇に、雪のように白い宝玉を掴む五つ爪の龍の神像が祀られていた。
私たちを映す、龍の双眸にはまった琥珀の宝石。
これは他の神殿でもそうだが、その神殿の外装と同じ色の宝石が神像の眼に使われているそうだ。実際にそこに行かなければ解らない、細かい設定に制作者サイドは何を考えているんだ? と首を傾げた過去を思い出す。
「凄い・・・」
だけどそんな過去を懐かしむより、私の意識は神像に捕まって動かない。
扉の龍とは違い、この神像は今にも動き出しそうな程の威圧感がある。宝石の双眸から放たれる魔力が原因だろうか。
「どうかしたか、ルキア」
「!」
レーヴェが肩に触れ、私に声をかけて漸く神像から意識がそれた。
「あの像が凄く・・・綺麗だったから見惚れていたの」
「やっぱり見惚れた」
ロイドがそう言って、天井のホロスコープを見上げる。
「ここは他の遺跡とは違って壁画もステンドグラスもないけど、この神像だけは群を抜いて精巧らしいよ。何でも、龍皇自ら造ったって話だし。とは言え、それが真実かは、誰も知らないけれどね」
視線を上に固定したまま、言葉を続けたロイドに私は返事を返さない。
そんな情報、ゲーム本編にはなかった。
設定資料にも、公式サイトの制作ブログにもなかった。知らない知識に、どうしようもなく怖くなった。
何かがおかしい。
けれど、何がおかしいのか解らない。
私は眼を閉じて、深呼吸をしてからゆっくりと眼を開けた。三人の姿を探すため、緩慢に視線を動かす。
ロイドとレーヴェはホロスコープを見つめ、一生懸命にメモを取っている。オルフェは神像に近づき、罰あたりにも神像の眼に触っていた。
「・・・・・・」
神像は、やはり生きていると錯覚させるほどに存在感がある。あれほど存在感がある代物を、戦闘画面とは言え、私は見逃したのだろうか?
私が戦闘画面で見たのは、本当にこれなのだろうか?
何が正しいのか、解らない。
何が間違ったのか、判らない。
知らない情報に慌て、解らない事実に混乱したためか、私は無意識に後ろに下がった。
「!」
トン、と背中に軽い衝撃を受けて驚く。何かにぶつかったのかと振り返れば、そこには何もなくて・・・。言い知れない恐怖を覚えた。
堪らず近くにいるオルフェに声をかけようと振り向くも、そこにオルフェの姿はない。ロイドとレーヴェの姿を探すも、いたはずの場所に影も形もなく、背筋が寒くなった。
「オルフェ・・・ロイド、レーヴェ!」
叫んで、三人の名前を呼ぶけれど返事はない。
「ねぇ、いないの? 隠れているなら出てきてよ!!」
心細さと、恐怖から涙が出てきた。
「お願いだから・・・一人にしないでっ」
涙で視界が滲む。
いつもなら私が泣いた途端、慰めてくれるオルフェがいない。何も言わず、傍にいてくれるロイドがいない。笑わせようと奮闘するレーヴェがいない。抱きしめてくれるアーシェが・・・いない。
女子高校生の私なら耐えられた孤独も、今の私では無理だ。
「っぁ」
身体が震えて、足に力が入らない。床に座り込んで、自分を抱きしめるように腕を回す。どうして私は、ここまで弱くなったんだろう。なんで私は、こんなに一人が嫌なんだろう。
彼女と同調したからか、はたまた、私が彼女として生きているからか。
こつ、こつ、こつ・・・。
靴音が聞こえて、私は俯いていた顔を上げた。周囲を見渡してみるけど、誰の姿もない。恐怖による幻聴でも聞いたのかもしれない。
こつ、こつ、こつ・・・。
また、音が聞こえた。今度は真後ろからして、恐る恐る振り返る。
視界に映ったのは不気味な白い仮面を被り、身体を黒い靄で覆われた――死を彷彿とさせる存在。
その存在は身体を左右に揺らし、靴音を鳴らしてゆっくりと歩いている。それが通った跡は黒く汚れ、空気すら淀んでいるように見えた。
仮面の眼が、私を見た気がして肩がはねる。心臓が煩いくらいになって、熱が失せたように身体から血の気が引いた気がした。視線をそらしたいのに、私の意思とは裏腹に眼が放せない。
逃げろと警鐘がなっているのに、身体はぴくりとも動かない。
「っ!!」
それが私の傍に近づいて、私の顔を覗きこんでいた。
まだ、十分な距離があったはずなのに。瞬きする間に近づいたそれに、怖気を抱いた。飲みこんだ唾の音が、やけに大きく聞こえる。
それの腕らしきものが、私の頬に触れた。温度はないが、老人の手に似た感触に身震いする。存在が人間離れしているのに、どうしてそこは人間味があるのか。
余計に恐ろしさを感じて、身体を小さくさせる。
それがおかしそうに喉を鳴らして、私から離れた。
「××××、××××××××」
それが何を言ったのか、解らない。けれど確実に、私にとっていい台詞じゃないことは判った。
「××、×××××」
それは言葉を続けながら、私から遠ざかっていく。
「××、×××××××」
来た時と同じように靴音を鳴らし、身体を左右に動かしながら歩いていく。龍の神像がある場所に近づいて、それは私に振り返った。
「×××××、×××××」
「!!!!」
何を言われたのかは、やはり解らない。
けれど最後にそれが私に向けた視線は、私にとって背筋が凍る程に嫌なものだった。身体を抱く腕に力を入れ、抱いた感情を消すようにきつく眼を閉じる。
あんな存在がいることを、私は知らない。
ゲームにも、小説にも、ドラマDC にも出ていない未知の存在。攻略サイトにも載っていなければ、公式サイトにも記された記憶はない。
この遺跡に現れるのは、せいぜい兎と熊の魔物ぐらいだ。
あんな得体のしれない不気味な存在、間違っても登場しなかった。
奇妙な差異。
拭いきれない違和感。
ここは本当に、ゲームの世界なのだろうか?
浮かんだ疑問は、解消されない。けれど確かに私の中に残ったことがある。
――ゲームと現実がこんなにも違うのだ、と言うこと。
恐怖として脳裏に刻んだそれに、この先の未来が不安になる。
私が知っている通りの物語へと進むのか、はたまた知らない物語へと移行するのか。考えても結果は出ず、私は途方にくれるしかない。
「どうかしたのか、ルキア」
ふいに、オルフェの声が聞こえて眼を開けた。
「おる・・・ふぇ?」
視界に、オルフェがいた。
「いきなり座り込んだから、心配したぞ」
「レーヴェ・・・」
声がした方に視線を向ければ、そこにはレーヴェがいて。
「また、具合でも悪いの?」
「・・・ロイド」
その隣にはロイドがいる。
先程まで確かになかった三人の姿が、こんなにも近くにある。それが妙に嬉しくて、安堵をおぼえた。同時に、強張っていた身体の力が抜けた。
瞳に溜まっていた涙がこぼれ、私は慌てて俯く。不思議がる三人の様子が見えなくても解ってしまい、笑えてきた。
「大丈夫」
顔を上げて、笑顔を見せる。
「もう・・・大丈夫だから」
抱いた恐怖はまだ残っている。
「本当に、大丈夫だから」
けれど、それを悟らせないように心を偽った。
「あんまり気にしないで」
嫌な予感は、未だ消えてはくれない――。
十歳の話はこれで終わりです。のろのろと十五歳まで書いても仕方がないので、展開は早く、でもわかりやすく!を心がけて行きます。