予想不能な事態
三人で一緒に寝た日から、五日が経った。
教会の人間に同衾がばれることはなかったが、あの夜以降、オルフェとアーシェが一緒に寝ようとする。いくら私が拒んでも、諭しても、頑として譲らず、意志の弱い私はあっさりと白旗をたててしまう日々。
・・・捨てられた子犬の眼は、反則だよ。良心が痛んで仕方がない。
とまぁ、二人と一緒に寝ること以外、とりたてて変わったことはない。
「安全じゃない」発言をされた自室も、今のところ変化は見られない。誰かが入った痕跡もなければ、何かを弄られた様子もない。オルフェの気のせいかもしれない。そう思ってしまうほど、何も変わっていない。
――だからと言って、警戒は解かないけどね。油断して、即、BAD ENDはごめんだ。
何より、主人公であるオルフェが言った台詞だ。
気をつけておくに、越したことはない。
「右よーし、左よーし。ついでに前後・・・よーし」
教会近くにある、私がよく身体を清める川で一人、人気がないことを指差し確認をしていた。ついでに、オルフェ達が近くにいないことも確認しておく。
幼い頃に仲良くなってから、どうしてだかオルフェ達は私を一人で行動させない。
オルフェは幼い頃の「傍にいる」宣言からずっと、学校がある日以外は隣にいようとするし。・・・最近では、夜も一緒にいることが多いけど。
ロイドやレーヴェもそうだ。知り合い、仲良くなってから過保護になっている気がする。依存されたいのか? と私は思ったけど、果たして彼女はどう思ったんだろう。
優しくされて困惑した?
甘やかされて混乱した?
護られて戸惑った?
何にしろ――彼女は彼らを受け入れた。
そうでなければ、人間不信に陥った彼女が彼らと一緒に行動を共にするはずがない。
と、予想はたてるけど確信はない。すべて憶測。設定資料にも書かれていないことを、私が知るはずがない。
いくら私が彼女でも、彼女の心境を知ることは出来ない。
少なくとも記憶を思い出す前の私は、彼らの語る言葉が嘘偽りのない真実だと認め、信頼していい相手だと認識した訳だが・・・。
はてさて、彼女は何をもって彼らを信頼し、信用したのか。
気にはなるけれど、これは一生解けることのない問題だ。だから、気にするだけ時間の無駄だ。
「さ、てと」
手を叩き、私は気持ちを入れ替えた。
「練習を始めようか」
五日前に要練習と自分で言った、結界の強度を鍛えよう。
本当なら次の日に練習したかったけど、オルフェやアーシェによって何故か、一人の時間が作れなかった。
こっそり教会を抜け出そうとすればオルフェに見つかり、ロイドとレーヴェと一緒に剣の練習をする光景を見学するはめになり。
理由をつけて一人になろうとすればアーシェが現れて、有無を言わせぬ空気で朗読をせがまれる。シンデレラに似た、けれどそれ以上に甘い話を朗読するのはかなり、精神的にきつかったな・・・。
うん・・・まぁ、そんな感じで今日まで一人になれなかったんだよね。本当、何で あんなにタイミングよくオルフェやらアーシェやらが現れるんだろう。どこからともなく登場した時は、ボウフラか!! と叫びそうになったよ。
意外に私、二人に監視されたたりして・・・。
なんて、そんなことあるはずないよねー。偶然、偶然。高確率の偶然だよね、きっと。そうに違いないよ。あはははははははははははははははははは・・・。
うん、ありえない。ないない、そんな訳ないって。監視なんてされてない。されてないよ、絶対。
うん、気のせいだ! そうに違いない!! むしろそうであって欲しい!!!
監視って、ストーカーみたいで怖いんだけどっ!!!!
「じ、時間がもったいないし、余計なことを考えないで始めよう!」
あえて明るい声で、誰にともなく叫んだのは精神を安定させるためです。はい。
私は眼を閉じた。
そして深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
それを数度繰り返して、薄らと眼を開ける。
合掌した。
両手に意識を集中させて――――。
「あれ、ルキア?」
「!!!?!???!」
唐突に聞こえてきた、ロイドの声に集中が途切れた。
何でここにいるのさ。ロイドがいるってことは、オルフェやレーヴェ、アーシェがいるってこと?! え、何これ。まさか本当に監視されている?
私、ストーカーされているの?!
胸中で慌てながらも、表面上は冷静を取りつくろってロイドの方を向く。ロイドの傍に、オルフェ達の姿は見られない。
・・・一人でここに来たのかな?
「どうしてここにいるの?」
「ロイドこそ、どうしたの。オルフェ達と一緒じゃないなんて、珍しい」
「ここでオルフェ達と待ち合わせしたんだよ。で、どうしてルキアが一人でここにいるのかな?」
普段、あまり表情を変えることのない人間が笑う姿は恐怖だ。
にこやかな笑顔だけど、嘘は許さないと瞳が語っていて怖いです、ロイドさん。
私は視線が泳がないよう気をつけながら、言葉を探した。
「結界術を練習しようとしていました」
――なんて、間違っても馬鹿正直には話せない。
話して、私の知る物語が壊れるのが怖いから・・・。と言う理由もあるけれど、結界術を覚えようとした切っ掛けを話せないのが一番の理由。
だってさ・・・。
十五歳でルキア・クルーニクスは死にます。死亡フラグを回避するため、結界術を覚えようとしています。って、素直に話せる内容じゃないからね、これは。
下手に心配されるのは、私としても本意じゃない。
「一人でぼんやりしたくて・・・。怒っている?」
だから私は、平気で嘘をつく。
それが嘘だとばれないよう、自分の心すら偽って、さも真実であるように語る。そうすればほら、ロイドはすんなりと信じてくれた。
「怒ってはいないよ。ただ、心配するから僕達に一言声をかけて。ルキアになにかあったら、悲しいからね」
「うん、ごめんね」
本当に、ごめんなさい。
嘘をついて、騙して、偽って。・・・ごめんなさい、ロイド。
本当のことが話せないことが、こんなに苦しいなんて思わなかった。暗い顔で項垂れる私に何を思ったのか、ロイドが困ったような顔をする。
そっと、壊れ物に触れるような優しい手つきで私の頭を撫でた。
「そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ・・・。はは、今のルキアをオルフェに見せたら僕が殺されるかも」
はて? ロイドがオルフェに殺されるほど、私は酷い顔をしているのだろうか? いや、それ以前に何故、ロイドがオルフェに殺されるのさ。
大丈夫、二人の絆は戦いが終わっても繋がっているから。旅をして所在不明のオルフェが、こまめに連絡をとる程の仲だから大丈夫。
レーヴェにも生存報告していたし、小説でも出てくる程、彼らの友情は固い。
制作者サイドも、一歩間違えばソッチ系に見えてしまうほどに仲が良い三人組って公言してたからね!
ソッチ系については、深く考えない。考えたらそうとしか見えなくなるから、忘れよう。ああでも、ソレ関係のおかげで同人が出来て、そこからゲームに興味を持ちだした人間がいるってそちらに詳しい友人が言っていたような・・・。
・・・忘れよう。
「それにしても、オルフェ達遅いな。何かあったのかな・・・って、まさかルキアがいなくて探してる。なんてことはないよね?」
「・・・あはは」
ありえそうで怖いよ。いや、本当に。
ここ最近のオルフェ出現率と監視疑惑を考えれば、十分にあり得そうだ。ああ・・・誰かこの疑惑を解いてっ! 私の心に平穏をください!! この際、信じていない存在不明の神様でもいいから!!! 本当、後生だから!!!!
私は乾いた笑みを浮かべ、視線を明後日に向けた。
同じタイミングで、茂みが揺れて人影が現れた。
「どうかしたの、オルフェ?」
髪に葉っぱや枝をつけ、荒い息で登場したオルフェにロイドが瞬いた。
オルフェは膝に手をつき、息を整えるので精一杯らしく返事をしない。額からとめどなく流れる汗が、オルフェの疲労具合を教えて私は困惑した。
い、一体どうしたんだ? まさか本当に、私を探して・・・? 監視疑惑は疑惑ではなく確定なのか!!?
内心で悲鳴を上げる私の耳に、また茂みが揺れる音が聞こえた。
「本気になりすぎだ、オルフェ」
不機嫌そうな表情で、けれど対照的に楽しげな声音でレーヴェが告げた。
オルフェと違い、レーヴェは髪にお土産を持っていない。これが、道なき道を通ってきたオルフェと、通常の道を通ってきたレーヴェの差だろう。
私は呆れた面持ちでオルフェを見れば、漸く呼吸が整ったらしい。顔を上げ、額に滲む汗を乱暴に拭っていた。
「勝負をしようと言ったのは、レーヴェだ。本気になってなにが悪い」
「いや、確かにそうだが・・・。森の手前から駆けだすのは卑怯じゃないか?」
気のせいかな? 二人の眼から火花が飛んだように見えたのは。・・・いくらここがゲームの世界だからと言って、そんな現象が実際に起きるはずないよね。
うん、眼の錯覚だ。
「はいはい、二人とも。いい加減にしようか」
ロイドは手を叩き、二人の意識を自分に向けた。その瞬間、オルフェとレーヴェは今、初めて気づいたように私の存在を見つけた。
「ルキアが困ってるよ」
ロイドが苦笑して、私の頭を優しく撫でる。
「ルキア・・・?」
オルフェは何故、私がここにいるのかと、不思議そうな眼をして私を見ている。それを見て、監視疑惑は疑惑だったと安堵する。本当、よかったっ!
あの、ぽかんとした間抜け面を見るからに絶対、違う! ああ、本当によかった。ほっと胸を撫で下ろして、レーヴェが言葉を発していないことに気づいた。
私はレーヴェの方を向いて、顔を見たことを後悔した。
何で、どうして、そんなに怪訝な顔をしているのかな?!
「あの、レーヴェ?」
私、何かしたかな? 何もした覚えはないんだけど・・・。恐る恐るレーヴェに声をかければ、レーヴェが肩を竦めて首を横に振った。
え、何その動作? 私がいることが不満? 私、邪魔? 訳が解らなくて顔をしかめ、無意識に後退すればレーヴェが慌てて私の両手を掴んだ。
反射的に眼を瞑って、身体を強張らせてしまう。
「すまない。怖がらせるつもりはないんだ」
優しい声音に、そっと眼を開ければレーヴェが悲しげな顔をして私を見下ろしている。
「ただ――――ルキアがいると思ってテオドールをアーシェの傍に置いて来たんだ」
その言葉に、私は理解した。
レーヴェはロリコンをアーシェの近くに置いて来たことを気にしていたのだ、と。
テオドール・ハワード――職業・護衛騎士。
好々爺を思わせる胡散臭い笑顔の奴が騎士とは到底、信じられないが事実なのだから仕方がない。ちなみにテオは十も歳の離れたアーシェに恋をしている。
故に、ロリコン。
で、テオは誰の護衛をしているかと言えば、レーヴェと私は即答しよう。
もっと解りやすく言うならば、聖王都・王冠の第二王子であるレオンハルト・シビル・アウラディアをテオドール・ハワードは護っている。
はず、なんだけど・・・。
かの騎士は放任主義で、主が望むなら命の危険がない限り手を出さない。口をはさまない。傍観して見守っているだけを貫いている。
放任するな、ちゃんと任務をまっとうしろ! ・・・・・・なんて言ってみるけど、テオが放任してくれるおかげで、私達はレーヴェと今尚仲良くしているんだけれども。
本来、王族と一般人、しかも孤児と不吉の証と言われる私が関わって良い人種ではない。
天上の存在。
そんな人間と、友情を築けた奇跡に私は感謝をしたい。
例えレーヴェと知り合うきっかけが、常の暴力だとしても。
「テオが挙動不審になってないか、心配だ。ちゃんと会話はできているんだろうか」
「ああ、ヘタレだもんな。アイツ」
「会話は・・・第三者がいないと無理だよね。きっと」
好き勝手に言っているが、概ねそうなのだから否定もフォローも出来ない。
テオは面白いぐらい、アーシェの前だと挙動不審で言葉数が少なくなる。
これが恋のなせる技かと感心するほどに、テオの顔は真っ赤になって硬直することが多い。視線も彷徨って、アーシェを見ると恥ずかしいのかすぐに逸らす。そして悶える。
その行動がじれったいを通りこして、オルフェ達はイラっとするそうだ。
さっさとくっつけ。告白しろ。玉砕覚悟でしろ。と発破をかける程。そんなオルフェ達だが、本音を言えばテオとアーシェがいずれ恋人になることを願っているようで・・・。
だが残念。
どんなに願っても無理なのだ。
何故ならアーシェはオルフェ一筋で、ゲームでも、オルフェとアーシェを結婚させるプレイヤーが多いのだから!
あ、でも他プレイヤーはオルフェ以外の男性キャラとアーシェを結婚させたみたいだけど。それを[アーシェの婿]と言うタイトルで動画に乗せている人もいたなー。いやー、懐かしい。思った以上に男性キャラの台詞が甘くてどこの乙女ゲーム?! と戦慄した記憶が蘇ったよ。
他の嫁候補の婿シリーズ動画も、同じような感じだったけど。
それはともかく。
私はオルフェとアーシェが、ゲーム通りに結婚するものだと考えている。だが、よくよく考えればここは現実で、決してゲームではないのだ。
ここが現実である以上、アーシェがオルフェと結婚しない可能性もあり得るかもしれない。人の心は移ろいやすいって誰かが言っていたし、変わるものだとも誰かが言っていた。だから、アーシェがテオと結婚する可能性だってある。
――とは言え、私はそう簡単に二人の仲を認めないけどね。アーシェと結婚するのはオルフェです。それ以外は認めない。
断固阻止してやる!!
悪いね、テオ。君の恋は叶わないよ・・・。
なんて、悪役よろしく心の中で呟いてみるものの、別に私がテオに何かする訳じゃない。だって今のままじゃあ到底、アーシェに意識してもらえないことを知っているから。今のテオは、アーシェにとって少し変わった、レーヴェの側近であるお兄さんでしかない。意識してもらうなんて、夢のまた夢だ。
そう思うと、応援したくなるから不思議だ。でも、結婚は認めない。
「―――――ルキアも行くだろう?」
「へ? え、何?」
思考を飛ばしすぎていたようで、オルフェが私に何を言ったのか解らなかった。オルフェ達の顔を交互に見上げ、困惑を伝えればレーヴェがおかしそうに笑った。
やめて、ちょっと居た堪れないから!
「随分前に遺跡を見つけたことは話したよね?」
それって・・・ドラマCDのことだろうか?
私はロイドの言葉に頷いてから、ほっと胸を撫で下ろした。聞いた記憶はとんとないが、これで一安心だ。ドラマCDの物語はやはり、無事に終わっていた。あー・・・よかったー。
・・・のはずなのに、どうしてかな? 不思議と胸がざわめくのは。
ひしひしと感じる嫌な予感に、この場から立ち去れと警鐘が鳴る。素直にそれに従いたいのに、レーヴェが私の手を掴んでいるため行動に移せない。
たらりと、背中に嫌な汗が流れた気がする。
「その遺跡の祭壇に、面白い物があってな。前はメモを取らないまま帰ってきたから、今日はそれを記入しに行くんだ」
これは、もしかして・・・。
ゲーム番外編、なのではないだろうか?
番外編はオルフェ達がすでに遺跡内にいる所から始まっているから、断言できない。だが、確かに祭壇に関する何かを話していたし、そのような描写があった・・・気がする。
あああああああっ!! どうして、話を飛ばして、早々に戦闘に持ち込んだかな私! 肝心の中身が解らなきゃ、対処できないのにっ。今、一番必要な知識がないのが、すっごく腹立たしい!!!
少しは子供時代の会話に興味を持ちなさい!
女子高校生の私に悪態をついて、私は必至に思考を巡らせた。
年齢や会話から読み取って、これが番外編に繋がる展開だとは理解した。ならばどうすれば、このルートから抜け出せるだろうか?
ゲームと今の状況の違いは、アーシェがいるか否かだ。
まさかとは思うけど、私がアーシェの変わりをする。なんてことはないよね? 無理だから、無理無理。不可能だから。神霊術の使えない私は、本当に足手まといにしかならない。
もっともそれは、この後、本当に番外編が始まればの話だけど。
始まらないことを、祈りたい。アーシェがいないのに、物語を始めないでほしい。切実に、願う。
「ほら、ルキアも行くぞ」
レーヴェが片腕を掴んだまま、足を動かす。
え? 何? 強制ですか? 拒否権は? ・・・なさそうですね。
私はレーヴェとは反対の手を掴むオルフェを見て、項垂れた。これじゃあ、手を振り払うことも逃げることも出来ない。いや、そんな行動したらどうしたんだって詰め寄られて、何があったのかと尋問されるんだろうなー・・・。
どのみち、私に逃げ道なんてないじゃないか。
不貞腐れた気持ちで歩く私に、ロイドが肩を竦めて苦笑した。人のことは言えないけど、子供らしからぬ行動だな。似合うけど。
「遺跡は凄く綺麗だから、ルキアも気にいるよ」
ゲームで見たから知っている。
なんて、・・・冗談でも口には出せなかった。
誤字脱字やらがあり、大変申し訳ありません。見つけ次第、訂正しますので暖かい眼で見守ってください。