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閑話 レオンハルト・シビル・アウラディア

昔話、その3

ちょっと簡単に、完結に書かせていただきました。レーヴェはテオと一緒だから、三人をまとめて書くと・・・難しいんです。技術が足りなくて、申し訳ありません。

 ルキア・クルーニクスがレオンハルト・シビル・アウラディアに出逢ったのは、いつものように謂れのない罪をきせられ、理不尽に暴力を振われる時だった。


 五歳になったばかりのルキアは相変わらず、理不尽な眼に遭っていた。オルフェウスに言われ、多少は抵抗をするようになったがやはり長年の諦観は抜けず、今日もまた早々に抵抗を止めてこれから来るであろう暴力に眼を閉じていた。


「何をしている」

 そんなルキアの耳に、意志の強い凛とした子供の声が聞こえた。驚いて眼を開ければ、金髪碧眼の絵に書いたような少年がいて、誰だろうと首を傾げる。

 少年の身なりはよく、高貴な身の上の人間なのだろうと考え、静かに少年をじっと注視した。

 少年は冷やかな相貌で、右腕を上げたままの果物屋の店主を見上げた。


「白昼堂々と、何をしているのかと俺は聞いている」

「何って・・・こいつが俺の店の商品を奪ったから罰しようとしただけだが?」

 さも何でもないように答える店主に、少年の眉がぴくりと動いた。

「商品を奪った・・・ね?」

 少年は不機嫌をあらわに、冷やかな双眸を店主に向けた。

「その商品は、どこにあるんだ? その子は何も持っていないようだが」

「そんなの、食ったに決まっている!」

「じゃあ、その子は何の果物を食べたんだ」

「そんなの俺が知るか!!」

 店主は少年に怒鳴り、怒りのままにルキアの身体を殴り飛ばした。強く殴られた頬が赤く腫れ、口から血が流れている。

 ルキアは痛む頬を押さえ、無機質な眼で店主を見上げた。

もう一撃、と拳を振りかざした店主はしかし、少年の背後にいたおそらく従者であろう癖のある栗毛の青年に腕を掴まれて動きを止めた。

「何の真似だ」

「いえいえ、無抵抗な少女に暴行する大人を止めただけですけど?」

「っは。下手な正義心で邪魔をしないでもらえないか? あんただって本心では禍に関わり合いたくないんだろう? どこの貴族様か知らないが、大事な坊ちゃんを禍に関わらせたくないならさっさとどこかに失せろ!」

 鼻息を荒く、喚く店主に青年は呆れた表情をした。


「だ、そうですけれど・・・。どうします? レオンハルト様」


 青年が告げた少年の名に、店主だけではなく回りで傍観していた者達が動揺をあらわにした。だが、ルキアにはその名が意味していることが解らずとも、やはり高貴な人間なのだと言うことは判った。

「大丈夫か?」

 ぼんやりと周囲を見ていたルキアは、思いのほか近くにいたレオンハルトに驚いた。

 レオンハルトはルキアの頬を押さえる手とは逆の手を唐突に掴むと、身体を引き寄せた。

 その行動に、ルキアは眼を見開いて驚く。オルフェウスやロイド以外の人間に触れられることに、まだ抵抗のあったルキアが緊張に身体を強張らせ、恐怖から身震いした。

 レオンハルトはそんなルキアに気づいているはずなのに、知らぬふりをして青年の名を呼ぶ。

「行くぞ、テオドール」

 レオンハルトはルキアと手を繋いだまま、歩きだす。

「馬鹿の相手をするより、この子の怪我を治すのが先だ」

「了解しました、レオンハルト様」

 恭しく頭を下げ、店主から手を放すテオドールがその後を追おうと足を動かした。その瞬間、店主が弾かれたように叫ぶ。


「何故、王族の人間が・・・第二王子がそんな禍を気にかけるのですか!!!」

 レオンハルトが足を止め、胡乱に店主を一瞥した。

「禍のせいで、世界は滅びかけたと言うのにっ」

 周囲から賛同する声が聞こえ、テオドールが呆れた顔をして肩を竦める。

 沈黙したレオンハルトに気を良くしたのか、店主が更に声を荒げた。

「禍は罰せなければならない!」


「くだらない」


 レオンハルトは冷やかに切り捨てた。

途端、周囲が口を閉ざし、静寂が流れる。

「そんな戯言を信じているのか、お前達は」

 眼を細め、心底不愉快そうに顔をしかめた。周囲を見渡し、隣に立つルキアを見下ろす。無機質な瞳が無感動に街の人間を見ていて、彼らに一欠けらの関心もないことが窺い知れる。思わず、レオンハルトは口元に笑みを浮かべた。

 それを目聡く見つけたテオドールは、内心で珍しいと驚愕する。

「禍が・・・黙示録アポカリッセに出てくる姫のことを言っているのならば、大きな勘違いだ」

「何を・・・。姫がいたから世界は滅亡に瀕したと言うのにっ!!!」

「それが、大きな間違いだ」

 怒鳴る店主の声が耳障りだと言いたげに、レオンハルトは開いた手で片耳を押さえた。眼を細めたまま、店主を見据える。


「姫がいなくても、悪夢は世界を終わらせようとしただろう」

 言われた言葉に、誰もが理解できずに沈黙した。

 それに構わず、レオンハルトは言葉を続ける。

「むしろ、姫がいたからこそ、彼らは行動を起こさなかった。姫は一種の、抑制剤だったのだろうな」

「それが・・・、それが真実だとは限らない!」

「信じる、信じないはお前達の勝手だ」

 レオンハルトは曖昧に言葉を切って、止めていた足を動かした。

「だが、世界が滅びを迎えようとしたのは予定調和であり、真実だ。そこに姫は関係なく、姫の存在なくても世界は終わろうとしていた。それを・・・姫が龍皇に願ったことで回避された」

 ルキアを見ながら、レオンハルトは淡々と言葉を紡ぐ。


「感謝こそすれ、恨む筋合いはないと思うのだが?」


 それだけを言い、レオンハルトは記憶の中から街の人間を捨てた。

 背後で未だ何か喚く声が聞こえるけれど、それを雑音だと判断して聞かず、ルキアと繋いだ手に僅かだが力を込めて人気のない場所を目指して歩く。

 テオドールがレオンハルトの名を呼び、駆けてくる。それを後目に、街を出ると森の入り口を目指して歩み続けた。


 人気がないことを確認してから、レオンハルトがルキアから手を放した。途端、ルキアが距離を取って警戒にレオンハルトを見つめる。

 その姿が手負いの猫に見えて、レオンハルトは面白そうに眼を細めた。

「頬は、まだ痛むか?」

 問いかけに、ルキアへ返答しない。当然かと肩を竦め、赤くなった頬を注視する。

 レーヴェが右腕を伸ばせば、ルキアの身体がはねて怯えた色を双眸に宿す。それを見て、レーヴェは顔をしかめた。

「・・・街の人間のように、君に暴力は振るわない。怪我を治すだけだ」

「・・・」

「信じてほしい」

 真摯に告げた言葉に、ルキアは困惑を浮かべてレーヴェを仰ぎ見た。探るような視線を真っ直ぐに受け止めるレーヴェから、嘘は見つからない。

 悩んでから、ルキアは首を横に動かした。


「!」


 だと言うのに、レオンハルトはルキアの手を掴み、身体を引き寄せると空いた手で頬に触れた。混乱に慌てるルキアの腕が顔や胸に当たるのを気にせず、水の神霊術(アルカナ)を発動させる。

「柔らかな慈雨」

 ルキアの身体を優しい雨が濡らし、頬の痛みが消えていく。

 レオンハルトはルキアの頬から痛々しい赤身が消えたのを確認してから、手を放した。逃げるだろうと予想したルキアだが、反して唖然と自分を見ていることに気づく。

 そらすことなく、真っ直ぐに自分を見るルキアの視線にレオンハルトはたじろいだ。今まで自分の眼を真っ直ぐに見る者が少ないだけに、動揺も覚える。

 どうすればいいのか判らず、硬直してしまった。


 沈黙したレオンハルトの変わりに、テオドールが苦笑して呟く。

「強引過ぎませんか、レオンハルト様」

「いや・・・まぁ、そうだな。悪かった」

 テオドールの言葉に我に返ったレオンハルトだが、告げられた台詞に罰が悪そうに顔をしかめ、謝罪の言葉を口にした。

「だが、怪我を治したことに関しては謝らない」

「レオンハルト様・・・」

 テオドールが困ったように息を吐き、何の反応も返さないルキアを見下ろした。目線が合うように腰を屈め、優しく微笑む。


 胡散臭い笑顔に、ルキアが弾かれたように警戒をあらわにした。


「え? なんで?!」

「お前の笑顔に警戒しているようだが?」

「えー・・・こんなに素敵で良い笑顔なのに」

「胡散臭いんだよ、お前の笑顔は」

 

 軽口を叩き合うレオンハルトとテオドールには、どうしても主従関係と言うものが見つけられない。王族ってこう言う関係を平然とするのだろうか? ルキアは疑問に思ったが口にはせず、そろりと後退した。

 このまま帰っちゃ駄目かな? 考えて、頬を治してもらった礼をまだ述べていないことを思い出す。

 ルキアは暫し考え、重い口を開いた。

「あの」

 ルキアの声に、レオンハルトとテオドールが反応を示す。視線が自分の方を向いて、竦みそうな心を必死に制しながら言葉を紡ぐ。


「・・・ありがとう、ございました」


 感謝の言葉にレオンハルトは瞬いて、次いで嬉しそうに眼を細めた。

 それを目撃したテオドールはやはり、珍しいレオンハルトの感情表現に驚愕していた。普段は不機嫌で表情一つ変えないと言うのに、今日は様々な顔を見せる。

・・・明日は雨かもしれない。

 些か失礼なことを考えながら、テオはルキアとレオンハルトの会話に耳を傾けた。


「どうして・・・せかいはおわろうとしたの?」

 何がどうなってそんな会話に至ってのか、話を聞いていなかったテオドールには理解できなかった。

 けれど、警戒を解いてレオンハルトに問いかけるルキアの瞳は無垢に輝き、好奇心で満ちている気がした。答えるレオンハルトも、常になく饒舌だ。

 誰かに物を教えると言う行為が、楽しいのだろうか? 首を傾げながら、テオドールは微笑ましい二人の姿を離れた場所で見ることにした。

「世界樹には、いくつもの世界があった。それを龍皇が支配し、一つの世界に集約したことで圧迫され、世界の寿命を速めていたんだ」

「せかいは、そんなにもろいモノなの?」

「もしかしたら、俺達が思っている以上に儚いのかもしれない」


 そんな会話が、日が暮れるまで行われた。




 ――王城の図書館。

 レオンハルトは古い本を読んでいた。タイトルは[白雪姫]。

かの黙示録に登場した姫のことを記した本を読み終え、静かに本を閉じた。顔を上げれば、窓辺にテオドールが立っている。窓から差し込む月の光が、灯りよりも眩しく感じた。

「相変わらず、その本が好きですね。レオンハルト様は」

「この本が好きなんじゃない。姫が、気になるんだ」

 言って、レオンハルトは眼を細めた。

「物語の姫は、悪女だったり聖女だったりと様々に描かれているからな。どんな人物だったのか、興味を持っているだけだ」

 本を片手に立ちあがり、本棚へ仕舞った。背表紙になぞる様に指を這わせ、レオンハルトは呟く。


「姫の髪は雪の如く白かったそうだが・・・あのルキアの髪はまた別の美しさがあったな」


 言われた言葉にテオドールは今日、逢ったばかりの少女の姿を思い出した。確かに、月を思わせる髪は美しかった。あれを不吉と言う輩の感性が信じられない。

 街の人間は見る眼がない。

 それは王城にいる、一部の人間も同じだけれど。

「そうですね。あの髪は見事なほど、美しかった」

「ああ・・・本当に」

「教会にいるそうですが、また明日も逢いに行きますか」

「そうだな」

 レオンハルトは考えるように顎に手をあて、眼を閉じた。


 ルキアはどうも、人間不信な気がある。それに、他人の眼を気にしているような節も見受けられた。

 教会に行ったからと言って、逢えるとは限らない。

 門前払いはされないだろうが最悪、教会の人間のつまらない話を聞くことになるだろう。正直に教会から行くのは駄目だ。

 そもそも、明るいうちにルキアが教会にいるとは思えない。

 例えば――人が来ないような場所。あるいは人にばれないような場所。

 どちらにしろ、ルキアがいそうな場所に検討がついた。


「・・・人気のない場所を探せばいるな」

「はい?」

「こっちの話だ」

 聞き返したテオドールに素っ気なく言葉を返し、レオンハルトは自室に戻るため足を動かした。扉のドアに手をかけ、明日のことを考える。


 明日はルキアに何の話をしようか。

 興味を持った龍皇の世界統一話か、はたまたこの国の創世記か。何を話しても楽しげに笑い、好奇心に眼を輝かせたルキアの顔が頭から離れない。


 だが、レオンハルトとルキアは今日、逢ったばかりの他人。お互いの名を名乗り、会話を交わすことは出来たが、それだけだ。明日も逢いに行くと言っていないし、明日も来てとも言われていない。

 そもそも、人間不信のルキアが果たして、明日も逢ってくれるだろうか?


 それだけが心配だった。


 ――杞憂だと知り、ルキアと関わるうちに、オルフェウスやロイドと親友になるのはそう遠くない未来の話。


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