君が笑ってくれるなら
苑へのお題は『似合わないくせにね』です。 http://t.co/mcl096Qcg1
を元に執筆。
貴方が笑顔を向けてくれるから、私はいつでも貴方の為に笑いたいと思う。
貴方が私を見てくれないから、そうやっていつも背伸びをして転けそうになってしまう。
私の世界の中心が彼で在る事を、彼はこれっぽっちも知ろうとしてくれない。
「あれ、矢那髪切ったの?」
友人の言葉にへら、と苦笑を溢した。
友人が私の首回りを触りながら、格段に短くなった髪を見て不思議そうな表情をしている。
それもそうだと思う。
前は胸まで伸びた黒髪だったのに、週明けの月曜日、つまり現在はミディアムヘアになってるだなんて、何があったのか問いただしたいところだろう。
わかっては、いるつもりだ。
私は所詮子供だから、私にはお子ちゃまな格好の方がお似合いだって。
それでも、彼の好みになりたかった。
私は中学生で、彼は大学生。
年の差は最近ではそこまで過剰に反応しない7歳差、だけどどう考えても彼と私では犯罪の域だ。
だから躍起になって、彼の好み通りの格好や行動をする。
彼は私がいくら「好きだ」と言っても軽くあしらい、そしてまた妹扱いをする。
無意味だと思っても辞められないのだから、とっくに捻れて歪んだ末期な片思いなのだろう。
私の片思い歴は現在5年目で、そんな中ずっと続いてきたこの状況にふざけるな、って言ってやったことがある。
答えは、「どうせヤナの気の迷い」だってさ。
私がどれだけ好きだと言っても、お子ちゃまの言うことだと思って真剣に聞いてくれない。
こんなに好きで好きで堪らないのに、遠回しに振って近い位置に置いておく。
彼以外好きになれないのに、私はいつも彼の横で、彼と彼の彼女を眺めるだけ。
この場所は、寒い。
「切った」
「バッサリ行ったね…柿埼さんだね?」
「しゅーちゃん、『懲りない馬鹿だな』って思ったでしょ。だって好きだもん。無理だよ」
例え相手にされなくても、無理なんだよ。
懲りる懲りないじゃなくて、彼が私の世界を侵食してしまったから。
私は彼に染まっただけ。
勝手に、染まりたいと思っただけ。
それだけのお話。
* * *
「ミツくん、見て見て髪切ったの」
「ふーん」
「サンくん、ミツくんが相手にしてくれないよ。晩御飯抜きにしようよ」
「光邦、これは俺の妹だ」
「知ってる」
今日は彼、ミツくんは兄とレポートをする為に泊まりに来たらしい。
私は関係ないのに、その事実だけで少し頬が緩んでしまう。
いつも通りの彼に、もうあまり傷つかなくなった。
言われることは予想が付いているので、余裕が持てるようになったのだろう。
彼に対して、友人の妹って役柄でないと近づけないなんて、そんなそんな悲しいこと、あるのかしら。
私が臆病なだけ?
きっと、そういうこと。
「つくづく俺の好みに似合わないな、サンの妹って」
「…俺はシスコンじゃねーけど、光邦、そろそろ俺怒るよ」
「はぁ?十分シスコンじゃんよ、な?ヤナ」
最近、ミツくんはとても冷たくなって来た。
会えば会うほど私に冷たくて、彼女さんには優しいってサンくんも言っていた。
きっと彼は私がうっとおしくなってきたのだろう。
だからそうやって兄にも冷たい態度を取る。
それなら私は、一歩身を引いて彼を見るべきではないか?
誰も見ていないのに彼の好みに合わせて、彼を見て、心を痛めて、彼の笑顔だけを見る。
その方が兄の為にも、私の為にも、彼の為にもなるのではないか。
そんな決断を、ずっと前から下すことが出来ないでいる。
「似合ってないの知ってるし…サンくんはシスコンじゃなくて、家族に優しいだけだし」
「なに、何なの。ヤナ反抗期なの?なぁ杉、どうにかしろよ妹だろ」
「俺は矢那の味方だ、お前なんぞ知るか」
「はぁあ?」
不味い、空気が悪くなってきた。
もうここから出なければ、二人が喧嘩をしてしまう。
咄嗟に立ち上がってドアまで歩き、ドアノブを捻って廊下へ出た。
ひんやりとした空気が、肌に馴染む。
「私、部屋行く!サンくん教えてくれてありがと!!」
「矢那、光邦に気を遣わずに居ていいんだぞ」
「オキャクサマに気を遣うのは当たり前だろ」
「ほんっとにうるせーぞ光邦」
兄の、いつもより低い声を背に兄の部屋を後にした。
サンくん、怒ってた。
サンくんは優しいから、私の思いを知ってミツくんに真剣に私と向き合うように、って怒ってくれる。
私がミツくんが好きだと打ち明けたとき、サンくんは「何であんなやつを…」って暗い顔をして私を抱き締めた。
そのときから私はサンくんを傷つけていて、その代償にミツくんとの不毛なやりとりをするようになってるんじゃないかって、有り得ない話にすり替えてしまう。
そうしないと、ミツくんから受けた冷たさに耐えられない。
サンくん、ここは寒いよ。
「…っ」
衝動的に自室に入りパタン、と扉を閉めて、ベッドの中でうずくまった。
ここは日の当たらない場所だ。
向日葵が、ミツくんの笑顔が見えない、冷たい冷たい場所だ。
サンくんに「助けて」なんて言えない。
言ったらもう、私の片思いは終わってしまう。
耐えきれなくなったら、御終いの思いだなんて。
ミツくんは残酷だ。
優しさを残すくせに、応えてくれない。
「ふぇ…、」
泣いちゃ、ダメなのに。
涙を止めようとほっぺたをパシパシ叩いて見るけれど、ほっぺたが痛くなるだけで何にも起きない。
ねえ、ミツくん。
笑って欲しいだけなんだよ。
*
「光邦、矢那を泣かせるならここには来させないよ」
「いーやーだー」
「じゃあもう少しマシな態度を取れよ」
はいはい、と友人に適当な返事をすると、ギロリと睨まれる。
理由は分かってる、コイツの愛しい愛しい妹ちゃんの扱い方が悪いからだ。
俺だって相手がヤナじゃなければもっとマシな態度を取る。
杉、俺はヤナが嫌いだからこんなことをしてるんじゃねーよ。
自分がイビツだと言うことは重々承知しているつもりだ。
持っていたシャーペンを机の上に投げ出して「便所借りるわー」と断りを入れ、杉の部屋を出た。
とは言っても、便所に行くわけではない。
今頃泣き疲れて寝ているだろうお姫様の顔を見に行くのだ。
斜め前にあるヤナの部屋、それが目的地。
杉、俺はな、実は困ったちゃんらしいよ。
部屋に入ると案の定涙の跡を残して眠るヤナの姿を見つけた。
あーあ、可愛い顔が台無し。
視界に映る短くなってしまった彼女の髪。
お前にそんなの似合うわけないじゃん。
「似合わないくせに、無理しちゃって」
お子ちゃま。
いや、きっと俺がお子ちゃま。
彼女の毛先をさわさわ触って、かなり味気のなくなったそれに、イビツな笑みを浮かべた。
俺はヤナの困った顔や泣き顔が見たいんだよ。
ただ笑ってくれるだけでは満足出来ないらしい。
おかしいと分かっている、だけど辞められない。
好き、とはまた違うし、そう言った意味では彼女の望む答えは上げられない。
ごめんな、背伸びをさせてしまう悪いおにーさんで。
「ヤナ、もっと困れ」
笑って、彼女のつむじにキスを落とした。
お前は俺の笑顔が見れればいい、なんて言うけれど、俺はそれでは満足出来ないんだよ。
笑顔だけでいいなんて、綺麗な感情なんかじゃなく、もっともっと貪欲に欲しがって貰いたいんだ。
だからもっと困って泣いて、縋ってよ。
向けられる笑顔以外も欲しいんだよ、なんて台詞はきっと、杉にバレたら出禁になるくらい最悪だろう。
甘くて生温いだけの場所は与えない。
ヤナなんて一生困ればいい。
俺の笑顔を好きになった彼女なんて、もっと苦しめばいい。
彼女の頬にある涙の跡に顔を近づけ、少しだけ舐めてからまた杉の部屋へ戻った。
「杉、俺はな、向日葵が嫌いなんだ」
太陽しか見ないお前がな。
光邦が子供過ぎて何でこうなったのかわかりません。