てのひら
僕の瞳には、いつも君が映っていて、君の瞳には、いつも涙が浮かんでいた。
僕は、その涙を拭いたくて、いつも君に手を伸ばしている。
けれども、僕の手が君に届いたことはまだない。
君と僕との間には、大きく厚い壁がある。
それが、いつも僕の手を阻むのだ。
壁は、君の涙の裏にあるものと、僕の心の表面を覆うものでできていて、それを壊すことが無理であると、僕もどこかで感じていた。
しかし、だけれども、僕は、手を伸ばすことをやめられなかった。
諦められなかった。
気付けば、僕の手は壁にぶつかりすぎてボロボロになっていた。
そんな時だった。
後ろの方から、何かが壊れる音がした。
振り向くと、そこには女の子が立っていた。
彼女は、どこか必死な様子で僕を見つめ、一歩一歩踏みしめるように、僕の方へ近づいて来た。
「届けに来たよ。伝えに来たよ。あなたの涙を拭いに来たよ。」
彼女の手が僕に向かって差し出される。
そして、そのまま彼女の手は僕の頬に触れた。
僕は、いつの間にか泣いていたらしい。
「ありがとう。」
僕は、彼女の手を僕の手で包み込む。
そして、そのまま彼女のもとへ彼女の手を返した。
彼女は、少し悲しい顔を見せたが、すぐに笑顔を作り、「じゃあね」と言って僕のもとを去っていった。
彼女の背中を見つめながら、彼女のぬくもりを手と頬に感じる。
少しの痛みとともに、決意がはっきりと見えてくる。
僕は、再び壁に向き合う。
壁が、いつもより薄く感じる。
僕は、いつものように君に手を伸ばす。
しかし、やはり僕の手は壁に阻まれてしまった。
―やっぱり駄目だ…。届くわけがない…。
悲しみと虚しさがこみあげてくる。
その時だった。彼女の笑顔が思い起こされた。
手を頬の方へ引く。
そこには、先ほど届けられたぬくもりがあった。
僕は、そのぬくもりを掴むように手のひらを握りしめ、壁に向きなおす。
強く握りしめた手を体の横へ引き、僕の全てを乗せて思いっきり手を壁にぶつける。
何かが壊れる音がして前かがみになっていた体を起こすと、目の前には先ほどまであった壁はなく、代わりに驚いた表情を浮かべた君が立っていた。
僕は、握りしめた拳を開き、君のもとへと歩み寄る。
君を強く見つめ、流れる涙に手を伸ばす。
柔らかなぬくもりが、僕の手に伝わる。
流れる涙を僕は震える指で払う。
「ありがとう」
君の手が僕の手を包み込んでいた。
そして、君は僕の手を僕の方へ帰して、今まで見たことのない笑顔を僕へ向ける。
「じゃあね」君は、そう言って、僕のもとを去っていった。
返された僕の手が、何もない空間をさまよう。
しかし、その手には、いまだ感じたことのない暖かさと鼓動とともにジンジンと痛むような切なさが包み込んでいた。
僕はそれをいつまでも忘れまいと握りしめるのだった。