安心一番
「チィ、次は石の街だって。」
森の中、僕は歩いている。
返事をしないチィは、僕の腕の中で眠っていた。
気持ちいいもんね、今日も。
腕の下から覗けば、天使のような、あどけない子供の顔がそこにはあるんだろう。
俯いて寝ているチィの顔は、ここからじゃ見ることができない。ちょっと残念。
さっき地図で確認したら、街から少ししか離れていないところに青い点が灯った。もうすぐなんじゃないかな。
西の森は、難なく抜けることができた。この森もまた、何のトラブルもない。
魔物とか出てきそうだけどね。魔物はまだあの花しか出てきてない。
僕のは自然と友達になれる魔法らしいけど、あれは自然よりの魔物だからね。一応自然破壊にはならないよ。
そういえば、この世界の人も自然破壊に近いことをしているのかな。
もし魔王とかがいるとして、助けるかどうかはこの世界の人を見てから決めよう。なんて、上から目線で思ってみる。
どっちにしろ魔王と戦う気はないけどね。怖いし。
「う、ん」
眠っているチィから、気持ち良さそうな声が漏れる。
寝てばっかだな、この子。
「ますたー……もう、ついた?」
あ、起きた。ここからじゃ、チィの緑髪しか見えないから分かりづらいな。目とか開いてるかどうか分からないし。
「まだ着いてないよ。もうすぐだと思うんだけどね。あ、もうちょっと寝たいんなら、リュックの中に入るといいよ。折角貰ったのに少量の食べ物しか入ってないし」
お金と地図はポケットの中。
「ううん、おきてる」
チィは軽く首を振り、上を見上げる。眠そうなチィの瞳が視界に入った。
「ねーますたー」
「ん、なに?」
「ますたーって、勇者、じゃないの?」
あー、王様に言った後、そのままだったんだっけ。すっかり忘れてたよ。
「チィは、僕が勇者じゃなきゃいや?」
別にどっちでも良さそうな顔をしているチィに尋ねてみる。
僕は、勇者だと認識されるのは嫌だね。先入観とかがあるから。
「いやじゃないよ。チィは、ますたーをたすけるために、いるんだから」
そう言って、ニコリと笑うチィ。いい子だね。
「僕は勇者だよ、多分ね。あの剣も引き抜けたし」
チィに嘘吐いてもしょうがないし、正直に言う。
勇者と知った後も、僕を見るチィの表情は、何も変わらなかった。
期待も、失望もない。
「やっぱりますたーは、勇者、なんだね。王さまにいったのはおとなのじじょう?」
「うん、そうだね」
大人の事情なんて、都合の悪いことを隠すためのものだからね。
確かに、僕は王様に勇者だということを知られたくなかった。期待を込められたり、利用されたくないもの。
そういうのはもう、コリゴリだから。
「あ、ここだね」
森を抜けてすぐの場所。木のせいで見えなかったんだ。
やっと着いた石の街。しっかり休みたいところだ。
前の場所じゃ、ドタバタして終わっちゃったしね。
*
城門なんて威圧的なものはなく、住民も簡単に街の中へ入れてくれた。
街と言っても、石畳はないし、大きな建物も少ない。逆に、畑はそこらに見られた。
田舎だね。人工的なものより、自然のほうが多い。
前の街よりは落ち着いている。昼ということもあって、それなりに騒がしいけどね。
僕は今、街唯一の建物、博物館に来ている。それでも石像を飾る台しかない、簡単な博物館だ。
「こういうのはよく分からないけど、すごいね。まるで人間を石にしたような感じ」
チィにはつまらなかったようで、また眠ってしまった。
僕もそんなに面白いとは思わないけど、本当に寝てばっかり。
リュックの中に入れたのは、チィが眠ってから。起きたら怒るかな?
「お客様、少しあちらで休まれてはいかがですか?」
僕の近くにいた店員らしき人が言う。ここの博物館は、飲食店と一緒になっているらしい。
まだ十分くらいしか経ってないんだけどなぁ。
「はい、ありがとうございます」
博物館は無料だが、食べたりするのは有料だと言っていた。安かったらいいな。
一分も掛からずに席に着く。
ここにも石像が飾られていて、少し不気味な雰囲気が漂っている。
どれも、苦しそうに首を抑えている姿で、男、女、子供、老人と揃っている。
なんか、嫌な予感がするな。
「お客様、メニューはどうされますか?」
メニュー表を持って僕の近くに立つ店員。
ここで食べ物を頼んだら負けだ。そう感じた。
普通は感じると思う。こんなの、安心できるわけないじゃないか。
「すみません。少し休みたいから座っていただけで……すぐに出ていきます」
近くのリュックを持ち上げ、僕は石像の博物館を後にした。
*
「野宿が一番なんだよ、きっと」
「ますたー、チィはいえでねるのがいちばんだとおもうよ?」
あの石の街で軽く買い物を済ませた後、僕は街を出た。
残りは1000Gで、まだ余裕はある。
あの博物館から、飲食類は毒とかが不安だったので、火をつけるための発火球を五個。
衝撃を与えると火を出す、不思議な球だ。
次の街へ向かう途中の森。そこで、僕ら二人は話していた。
「あそこは危険すぎるよ。多分、人を石に変えているんだと思う」
「なんで?」
「そこまでは分からないけど」
あの人達の内側はきっと、恐ろしい感情で満たされているんだと思う。
パチパチと燃える発火球に、土を掛けて消す。こうすれば、また使えるらしい。
「今日はもう遅いから寝よう。ここまで離れれば、あの人達も来ないだろうし」
今日一日歩いてきたんだ。僕を追うほど、あの人達も暇じゃないだろう。
「チィがみはってあげるよ!」
僕の膝の上でチィは言う。でも、魔物もいないし、狂人もいないし、見張る必要ないと思う。
「ありがとう。でも、いいよ。夜はちゃんと寝ないと風邪引くよ」
ポンポン、とチィの頭を叩く。
「でも、あぶないよ?」
「大丈夫。自分の身くらい自分で守れるよ」
木に体重を預け、身体の力を抜く。毛布か何か買っておけばよかったな、ちょっと肌寒いよ。
「チィ、このリュックの中に入っといて」
リュックの中は暖かいでしょ。
「やだ! ますたーかってにチィ、そこに入れたでしょ!」
やっぱり怒ってるんだね。でもずっと抱っこしてたら手が疲れるんだよ。
「わかったよ、ごめん。じゃあここでおやすみ」
「ますたー、だっこ」
「はい」
膝の上のチィを、胸で抱き締める。結構暖かい。
今回の街もダメだったけど、被害がなかっただけましか。
そろそろちゃんとした街に行きたいな、そもそもそんな街がないのかな。
「おやすみー」
幸せそうな笑みを浮かべながら、チィは目を閉じた。
僕ももう寝よう。どうせ今考えたって、何もできないんだから。