罠とか依頼とか脅し
「ますたー、おひめさまおいてきちゃってよかったの?」
夕焼けの街は活気付いていて、朝の閑散とした風景はもうなかった。
「いいんだよ、言い訳もちゃんと考えてるしね。明日、この街を出るよ」
忙しなく人が動き回り、どこからか大きな笑い声も聞こえる。
誰かが僕の肩にぶつかり、軽く会釈して道に戻った。
「えー、もうちょっとゆっくりしていこうよ」
城門から王宮までの距離は結構ある。でも、明日になってドタバタしたくない。
疲れている身体にムチを打ち、今日中にこの街にいる意味を失わさせる。
「この街にいても、あまり得しないだろうしね。むしろ損のほうが大きいよ」
貰える物だけ貰って、さっさと街を出る。
勇者ってことでまた面倒事を押し付けられる可能性もあるし、まだなにも知らない他の街のほうがいい。
「ふーん。チィはここすきだけどなー」
王宮前で、歩みを一度止める。
「ようやく来たか。王様のお待ちだ、付いて来い」
見張りの兵士に声を掛けられ、僕は王宮の中に入っていく。
*
「娘はどうした」
王様の部屋に入ってすぐに言われた。僕を案内してくれた兵士が慌てて部屋から出ていく。僕ら以外は聞いちゃダメな話なのかな。
三人の位置は、最初に入った時と全く同じだ。
「すみません、先にお尋ねしたいことがあるんです。三つだけですから、お願いします」
ここに姫様はいない。魔物の死骸と一緒に置いてきたんだから。
「話? 我の娘よりも大事な話があるのか!」
額に青筋を浮かべ、僕を怒鳴りつける。凄い迫力だ。
「自分が行かせたんじゃないんですか? 王様が姫様に肩入れでもしない限りは、この城から抜けられなかったはずですよね?」
これが一つ目の質問。でも、あんな魔物のいる可能性がある場所に行かせる意味が分からない。わざわざ自分の娘を、危険な目に遭わせたのだから。
魔物の存在に気付いていなかったことはないだろう。
南のほこらは勇者かどうかを確かめる場所。手入れや警備を怠るはずがない。
勇者はいつ現れるのか分からないのだから。
「一人になりたい時くらいあるだろう。人の気持ちも分からないのか!」
そうさせたかったなら、なんで僕を行かせたんだよ。もう既に、話が矛盾してるよ。
「……へぇ。なるほど、分かりました。つまり、王様はこう仰ったわけですね? 自分よりも、魔物の住処に行ったほうが安息がある。危険な場所に行けば安心できるはずだ、と」
随分と変わった思考回路だね。
「…………」
皮肉混じりの僕の言葉に、王様は押し黙る。この沈黙は図星という意味か、何も知らなかったという意味か。
「いつから気付いていた?」
知らないわけないか。
僕は短くため息を吐き、王様に言ってあげる。
「どうでもいいでしょ、そんなこと。要点だけ言っておきますが、僕は剣を抜くことはできませんでした。残念ですね、僕は勇者じゃないんですよ」
「え? ますたーぬけなかったの?」
今まで黙っていたチィが、僕の言葉に反応する。邪魔になると思って黙っててくれたのかな。
「うん、僕は勇者じゃないみたいだ」
チィと話している時も、王様から視線を外さない。どうせ、頭の上に乗ってるチィを見ることはできないんだからいいでしょ。
さて、僕が勇者じゃないと知って王様はショックかもしれないけど、僕には関係ない。
「これで依頼は終わりですよね。姫様を連れてくることはできませんでしたが、救出はしました。報酬をお願いします」
表情を崩さずに、僕はじっと蒼色の瞳を見つめる。戸惑いの色が見られた。
「バ、バカを言うな! ただの小娘に支払うものなどない!」
確かに依頼は達成できなかったよ。でもね、悪いのはそっちだ。騙されていたんだからね、僕らは。
なら、倍で返す。バカはどっちなんだろうね。
「この話を街で話したら、どうなるんでしょうね?」
魔物を利用しての騙し打ち。今まで作り上げてきた信頼を、一気に失うことになるだろうね。
立派な人だと思っていたのに、残念だ。
「明日、僕らはここから西へ向かおうかと思います。それでは」
僕は立ち上がり、部屋の扉へと手を掛ける。
「ちょ、ちょっと待て」
すぐに王様が呼び止める。
*
「やっとゆっくりできるよー」
宿屋の一室で、僕は両手両足を伸ばして寝転んでいた。
「さすがますたーだね!」
チィが僕の横で、リュックを漁る。
お礼として貰ったのは、このリュックと、食べ物少量と、鉄の剣、おまけに1000Gだ。地図も合わせると、結構豪華な報酬だな。
「さっきも言ったけど、チィ。明日、ここから出るよ」
「えー、やっぱりまだいたいよー」
「早く出ないと、嫌なことがあるだけなんだよ」
出た後も、軽く処理しないといけないことがあるしね。
「うぅ、わかったよぅ……」
しょんぼりとしながらも、チィは頷いてくれた。
「ごめんね。次はきっとゆっくりできるから」
僕はチィの頭を撫で、ぼんやりと天井を見つめた。
次の街はどんなところだろうな。