南のほこら
歩き続けること三時間。
日はとうに高く昇り、優しい日差しが僕を暖め、そよ風が頬を優しく撫でる。
うん、日本の四季でいうところの春だね。
身体の気怠さや、眠気は最上級魔法のヒールで吹き飛んだけど、ボーッとしてたら眠ってしまいそうなほど気持ちがいい。
しかも地面は芝生。わー、気持ち良さそう。
ゴロゴロしたい衝動に駆られるが、チィもいるので我慢しておく。
そのチィは、僕の頭の上で眠っている。ヨダレ垂らさないでね。
目の前に広がるは広大なる草原……ではなく、大きな湖。
一応湖全体を視認できるけど、とても大きい。
そのど真ん中にポツリとあるドーム型の洞窟が、南のほこららしい。地図にはそう記されている。
「うーん。どうしようかな」
こんなに気持ちいいし、できるだけ濡れたくない。こんな時は
「水よ、道を開けい!」
すると、水は轟音を立てて二つに割れ……るわけがない。
「そりゃそうだよね。ごめん、ちょっと足元、支えてくれないかな」
僕は虚空に向かって言う。勿論、返事はない。
「ありがとう」
僕はそれを承認と受け取り、水に向かって一歩踏み出す。
足をそっと、水に押し付けるても、沈むことはなかった。
「ありがとうね」
僕はもう一度礼を言い、そのまま次の足を踏み出す。
三分と掛からずに、湖の中央に辿り着くことができた。
「帰りもよろしくねー」
僕は小さい入口を通り、ほこらの中に入る。
中にあるのは、真ん中にある正方形型の穴に掛けられた、ハシゴのみ。
「なるほど、地下だね」
僕はそのハシゴを使い、地下へと下りる。
コツ、コツとハシゴから下りる音だけが響く。
そう長い時間が経つことなく、地面へと下りることができた。
先に見えるのは、一本の通路。
横幅は結構広くて、トラック二台分って言ったら分かりやすいかな?
この世界にはトラックなんてないんだけどね。
天井は低くて、人二人分くらい。高くする必要もないか。
両脇の壁際で、燃えている赤い炎が、この道を薄暗く照らす。
「爆発したら終わりじゃないか」
爆発物なんて危険な物、ここにはないと思うけど。
さて、この奥に姫様がいるのかな。行かないと分からないか。
そうして歩くこと五分。
「あれ、行き止まり?」
道が壁によって途切れる。まだ姫様見つかってないのにな。
でも、もしかしたら、この先に何かあるかもしれない。
例えば、王家の秘宝とか。
もしかしたらだけど、誰も分からないような罠を仕掛けたりしたんじゃないかって思う。
僕は壁に手を当てる。
振動もなければ当然、音もない。でも、何かあるような気がしてならない。
きっと、今まで生存できたことで感覚が研ぎ澄まされたんだろうな。
「ねぇ、お姫様はここにいないの? 王様に連れ戻すように言われたんだけど」
それだけで、壁が剣で切られたように、縦に真っ直ぐ光る亀裂が走った。
あれ? 妙に素直だな。この壁も、早く姫様連れていってもらいたいのかな。
壁が両脇にスライドされ、道の先が現れる。
そこも、普通の道のようだった。横幅も、今までの道と大差はない。
でも、僕は苦笑するしかなかった。多分、顔は引き攣っている。
「なんだ、これ……」
姫様が、十字架のように壁に縛られている。
手に、足に、身体に絡みついているものは茨だ。赤く染まった服が痛々しい。
姫様の頭上から緑の液体がポタポタと垂れ、姫様が着ている赤く、白いドレスに染みていく。
姫様の頭上にいたのは、大きな口と歯を持った巨大花。赤い花びらが付いていて、その真ん中に口がある。人間だと頭になるのかな。
緑の液体はそこから垂れ、大きく口を開いている。
今すぐにでも、食べてしまいそうな勢いだ。
茨で締め付けられた姫様は、時折苦しげに吐息を漏らす。
気絶しているのか、姫様は目を閉じたままだ。
「…………」
コレ、どうしよ。
まさか始めからこんなハードなものがあるとは。
この時、僕の脳内で浮かび上がった選択肢はこの三つだ。
1、逃げる
2、とりあえず逃げる
3、素手で戦う
ふふ、負ける気しかしないよ。
今すぐ逃げたいところだが、姫様が無事じゃないと、僕の異世界ライフがとんでもないことになる。
「ん?」
植物の茨が何重も覆われている右側の一部分。
あそこにあるのは、剣?
茨のせいでよく見えないけど、間から見えるのは確かに剣の形をしている。
あれがあればなんとかなるかも。でも、どうやって取れば……
「あ、君達も姫様助けるの手伝って
よ。あの茨を退かせるだけでいいんだ」
きっと「石」が僕を助けてくれるはずだ。だって、目的は一致しているんだし、自然なんだし。
勿論目的というのは、姫様の救出。
数秒後、目の前の石が盛り上がった。
突起はドンドン大きくなっていき、僕と同じくらいの大きさになったところで止まる。
そこから人の形に変化していき、地面との繋がりが消える。
「ゴーレムか」
右手に斧を持っているってことは、攻撃タイプかな。
身体は小さいけど、大きかったら邪魔なだけだからだろう。
敵の攻撃は、かわせばいいだけのことなんだから。
僕を振り返り、赤い瞳で見つめる。僕の指示を待っているらしい。
「あのツタをお願い。できるなら、姫様も助けてあげて」
僕は壁のツタを指差す。
ゴーレムは頷き、駆け出した。
凶悪な口が向きが、姫様からゴーレムに変わる。
ゴーレムは巨大花が何か仕掛けてくる前に、一発斧を叩き込んだ。
巨大花が液体を撒き散らし、激しく頭を振って呻き声を上げる。痛覚はあるようだ。
怯んでいる隙にさらに三回叩き込み、ツタが千切れた。剣が音を立てて下に落ちる。
ゴーレムはそのまま頭の方へ向かう。強いな、数回で千切れるんだ。
「っと。僕もさっさと拾わないと」
剣術ってほどじゃないけど、ちょっとは使えるんだ。素人よりはましだと思う。
こんなに不気味で大きな呻き声を上げているのに、チィはまだ眠ったままだ。
ここは安全だから下ろして、起こさないように寝かせる。
そんなこと言ってる場合じゃないんだけどね。起こしたくないし。
すぐに走り出し、剣を拾い上げる。長さ的に、両手剣かな。
金色の鞘で、中央に紋章のようなものが描かれている。
「これって、勇者の剣?」
呟いても、誰も反応してくれはしない。当たり前だ。
左手で鞘、右手で柄を握り、引き抜く。鋭い音が鳴り響き、輝く刀身が現れる。
刀身も金色で、僕には不釣り合いな代物だった。両刃剣のようだ。
よし、いけるか。
ゴーレムが巨大花にダメージを与えてくれたのか、表面は傷だらけになっている。
だが、そのゴーレムは両腕を茨で掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
茨が石を徐々に削ぎ落としていく。このままじゃ、ゴーレムはやられてしまうだろう。
石も削る茨って、どんだけ硬いんだよ。
「でも、させないよ」
僕は近くの地面から伸びている、ゴーレムに絡みついている茨の根元を斬り落とす。
そんなに距離はなかったから、一太刀で二本とも斬れた。
僕はゴーレムから距離を取り、ゴーレムは巨大花の頭に向かって茨を振り回す。
敵の攻撃は利用しなきゃね。石でできているゴーレムだからやれることなんだけど。
巨大花は打ち付けられる度に呻き、液体を撒き散らす。
「まずいな」
早く姫様助けてあげないと。
だって、ゴーレムが攻撃する度に巨大花が動くから、茨で肉が削がれているんだ。早くしないと……
「そこで止めて! 最後は僕がやる!」
さっさととどめを刺さないと危険だ。
聞き様によっては、ただいいところを取るだけのように聞こえる。
でも、ゴーレムはすぐに離れてくれた。
すかさず僕が、痛みで下がった頭に接近する。
位置は、姫様の顔のすぐ前にいる。奥深くまで切り込んだら、姫様に当たってしまう可能性もある。注意しないと。
巨大花が次の行動に移す前に、僕は頭を切り裂き、緑の体液が飛び散らせた。
返り血が僕に、姫様に降り注ぐ。
頭が半分に両断された巨大花は、もう動くことはなかった。
僕はそのまま壁で縛られている姫様の元に駆け寄る。
茨を剣で断つと、彼女は力無く僕にもたれ掛かってきた。
鼓動は、一応ある。
回復魔法でも唱えられればいいんだけど、そんなこと僕にはできない。
「ねぇ、回復魔法使える?」
僕は振り返って、歩いてきたゴーレムに尋ねる。すると、大きく頷いた。
「よかった。頼むよ」
僕は邪魔にしかならないので、そこから離れる。
そっか。大地にはエネルギーが無限近くあるもんね。
ゴーレムは緑の光を手に灯し、姫様の傷口に当てだした。
僕は剣を鞘に納め、ここに置いておく。
「ん、あれ……ますたー……わ! ますたー、ちだらけだよ! はやくおいしゃさんにいかないと!」
ようやく目が覚めたチィが僕の姿を見て驚く。
「ねぇ、チィ? ますたーの血は緑色じゃないんだよ?」
僕に付いているのは植物の血で、決して赤くはない。
「え?」
「いや、困った顔されても」
どうすればいいのか分からない。
「ふぅ。これどうしようかな」
チィの言葉で気付いたけど、返り血浴びたからな。
このままじゃ王様に会えない。面倒くさいなぁ、もう。
「それなら、チィにまかせてよ。えい」
チィが腕を振ると、今までの汚れが嘘みたいに消えた。
「へぇー、こんなことできるんだ。ありがとう、チィ」
「どういたしまして、ますたー」
やっぱり神様なんだ。始めて実感させられたよ。
「おんなのこはみためがだいじだもんね!」
そろそろチィの誤解を解いておきたい。
遠くでは、ゴーレムが姫様の治療を終えたらしい。役目を終え、地と同化した。
もう、ゴーレムの姿はどこにも見えない。
「チィ、あの人の服も直してあげてくれる?」
「うん」
チィが腕を振ると、姫様の緑と赤で染まったカオスな服が純白になった。
戻った、か。
姫様はまだ壁に体重を預けたまま、目覚めようとしない。
でも、ゴーレムは帰っていったんだ。安心していいだろう。
「ありがと。じゃあ、戻ろうか」
「てきならチィにおまかせだよ!」
頭の上でチィが元気に言う。
「あはは。頼もしいな」
姫様を残して、僕ら二人はほこらから出た。
これで、一件落着かな。