王様は威厳ある人で。
「国王様、勇者と名乗る者を連れて参りました」
「まだ僕、何も名乗ってないんだけど」
「よくやった。下がるが良い」
「はっ」
白銀の鎧を身に付けている騎士は、王様の一言で部屋から出ていった。
今この部屋にいるのは、床で正座している僕と、椅子でふんぞり返っている王様と、僕の頭の上で正座しているチィだけ。
不用心じゃないのかな。一応王様なのに。まあいいか。
そんなことよりまさか、あの人が騎士だったとはね。勇者に敏感なわけだよ。
勇者っていう単語を口にしただけで、こんなところに連れて来られるとは思わなかったけど。
「こんな小娘が勇者だと言うのか……神よ、一体何をお考えなのですか」
王様の容姿は、一言で言えば偉大な王と言った感じだ。
真っ白のヒゲを生やし、同じく髪も真っ白だ。
老いを感じさせるその顔にある蒼い瞳は、まだ光を失ってはいなかった。
この人が戦場で暴れていても、不思議ではない。
そんな、不思議な強さを僕に感じさせる人だった。
王様が、椅子の上で呟いてため息を吐いた。
殴りたい。
心の底から湧き上がる感情を抑えつけ、王様の間違えを指摘してあげる。
「あのですね、僕は小娘なんかじゃ……」
「ますたーはこむすめなんかじゃないよ!」
王様の言葉に反応したチィが、僕の上で叫ぶ。耳が痛い。
でも、ここはチィに任せよう。さっき説明したんだから、ちゃんと理解してくれているはず。
「ますたーはおとなのびじょだよ!」
僕の気持ちは、何一つ届いていなかったようだ。
「なんだと……どうみても幼い少女ではないか。どこが大人の美女というのだ、そこの妖精よ」
王は蒼色の瞳で僕をじっと見つめた後、冷静に言う。
というか突っ込むところ違うんじゃないのかな。なんで小娘と大人の美女なの? 僕が男という選択肢は無いの?
「だって、ますたーは、ゆうしゃなんだから!」
力強く立ち上がり、チィは僕の頭を踏みつけて言う。まだ弁解できる余地があったのに。
会話噛み合ってないな、それにしても。チィの理屈からすると、勇者だったら大人の美女だよ。意味分らないよ。
まあいいや、めんどくさいし。
仕事を押し付けられたり、良いように利用されて死ぬのがオチの勇者なんだから、正体をバラしてほしくなかったんだけどな。
「勇者、か」
王は右手で顎のヒゲを撫で、少し考える仕草をする。
僕は早くこの話を終わらせて、寝たいんだけどな。
「よし、そこまで言うならいいだろう」
まだ勇者としか言ってないよ。
「小娘よ、お主の名前は何と言う?」
「僕の名前は、えーっと。ハゼノです」
小娘って言うな。
「ではハゼノよ、お主に試練を与える。心して聞くがよい」
ほこらで球取ってくるみたいなやつかな。
「ここから南に位置する、勇者のほこらという場所がある」
ビンゴ。
「そこにいる我の娘を連れ戻して欲しい。最近、我の言う事を全く聞かなくてな」
と思っていた僕の頭の中で、クエスチョンマークが浮かぶ。
「それはびじょのますたーがすることじゃ……むぐ」
余計なことを言う前に、チィの口を両手で塞ぐ。
足が痺れているんだ、これ以上話を長引かせたくない。
軽く尋ねて、さっさと終わらせよう。
「あの、それは勇者の仕事じゃ無いような気がするんですが」
「細かいことは気にするな。さあ行け! 勇者よ! 逃げたらすぐに追っ手を向かわせる。だから逃げようなどと考えるのではないぞ」
細かいことなんだ。ほこらで球取ってくることと娘説得することは。
説得するだけなら別にいいんだけどね、楽そうだし。でも
「説得なら、家族のほうがいいんじゃないですか?」
どう考えても、他人の僕が口を挟んでうまく行くとは思えない。
「親類はのぅ……深くは関わるな」
何か深い事情があるのかもしれない。あまり追求しないほうがいいか。
「分かりました。では、僕はこれで」
僕は立ち上がり、扉の向こう側へと向かう。少しフラついて、転けかけた。
ジタバタしていたチィを両手で抱え、僕は扉を開ける。
*
「ますたー! なんであんなのきいてあげたの!」
街を出た直後、チィは喚き出す。僕が口を塞いでいた手を退けたからだ。
「しょうがないじゃん。追っ手に殺されたくないもん」
武器もなく、防具もない。大した魔法を唱えられるわけでもない。
そんな素人勇者に、高度な戦闘が行えるはずがない。
でも、盗賊くらいなら返り討ちにする自身はある。平和に十五年間生きてきたわけじゃないんだ。
普通の人より少しは、戦えると思う。
「むぅ 、でも!」
「しつこいよ、チィ。人助けも立派な勇者の仕事じゃないか」
少し怒気を含んだ声で諭す。
因みに依頼の報酬は使える武器だ。ただ働きをするつもりはない。
「うん……」
僕の言葉で、少し落ち込むチィ。少し言い過ぎたかな。
「勇者ってだけで、同じ人間でしょ? 勇者ほどの汚れ役はいないんだ、チィの思っているほど立派なものじゃないんだよ」
抱っこしているチィの頭を撫でながら言う。なんで僕が勇者なんだろ、他に適任がいたと思うけどな。
「さて、南のほこらだね」
さっき街を出る時に地図と食料を貰った。
眠気はヒールっていう魔法で無くなった。心身ともに回復する魔法。最上級魔法だとか。
そんなこんなで今は身体が軽い。これならもう少し頑張れそうかな。
チィを地面に下ろし、背中に背負っているリュックから地図を取り出す。リュックだけは支給品だ。
「へぇ、今いる場所も分かるんだ」
僕が立っている位置に青い光が灯っている。便利な地図だ。
これさえあれば道に迷うこともないね。
ついでに食料のパンを二つ取り出し、一つは僕、一つはチィに渡す。
そのパンを咥えながら、僕達は歩き出した。