始めての街
「ねぇ、チィ」
「なぁに、ますたー」
「僕らの目的はなんなの?」
「おなかすいたよー」
「……だね」
質問には答えてもらえなかったけど、僕らはとりあえず歩いていた。
ローブはなんだか嫌だから変えて欲しいな、なんて思っていたら突然変わった。
そういう性質の服なのかな。意味が分からないというのが正直な感想。別にいいけど。
今は、上下緑が中心の服だ。
そんなことはどうでもよくて、今一番重要なのは、食べ物がないということ。
ズボンのポケットにお金らしきものが入っていたまではよかった。でも、使う場所が無ければ無駄なものとなる。
「ますたー、おまかすいたよー」
僕の頭の上でチィが呟く。これが意外と重い。
「もうちょっと。多分もうちょっとで着くから我慢して」
魔法のおかげで、風が街のある向きを教えてくれる。
だから風の吹く向きに歩いているけど、距離までは分からない。
平原が永遠と続くんじゃないかとも思えるこの場所で、小さく城壁のようなものが見えた。
「あ、見えてきたよ」
僕が手に持っていたひのきの棒で行き先を指す。でも、チィは全く反応しない。力尽きた?
チィの鼓動は頭にしっかり伝わっている。
僅かに、呼吸の音も聞こえる。寝ているだけか。
僕は少し歩調を速め、既に暗くなった平原の道を急いだ。
*
「どうやって開けるんだろう……」
城門まで来た時、もう空は明るくなっていた。今日は徹夜だ。早く休みたい。
「叩けば気付いてもらえるかな」
僕は頭に乗っているものを下ろし、ひのきの棒で巨大な金属の扉を叩いた。バキッ、という音とモノを殴った手応え。
ジンジンと痛む手のひらで持っているものを見つめながら、僕は呟く。
「もうやだ」
棒の残骸を投げ捨て、その場で力無く腰を下ろす。このまま寝てやろうか。
「あれ? ますたぁ? おやようだね」
「ああ、おはようだね」
しばらくそうしていると、チィが目を擦りながら、僕に話し掛けてきた。
そしてふわふわと宙に浮き、僕の頭の上で着地する。この場所が好きなのか。
「このもんはね、あとさんびょうであくよ」
「三秒?」
僕が聞き返している間に三秒経つ。チィの宣言通り、大きな門は轟音を立てて開いた。すごい近所迷惑だね、この門。
内側は、本当にゲームで見るような光景が広がっていた。
明るい薄茶色の道の両脇に、色んな店が並んでいる。
道の奥のほうには、噴水も見れた。この街の名物のようなものだろうか。
朝早いせいで、まだ街は活気付いていない。小鳥の囀りが響く、いい雰囲気だ。
これから騒がしくなっていくんだろう。もしかしたらこの静けさは、朝と深夜だけなのかもしれない。
とりあえず、お邪魔します。
「おい、そこの女」
いい気分になっていた時に、失礼すぎることを言ってきたのは中にいた門兵。
僕は男だ。声はちょっと高いかもしれないけど。
と、そんな訂正を入れる前に門兵は話を続ける。鬱陶しい。
寝不足のせいか、イライラする。
「この辺りに勇者が召喚されるらしいんだが、何か知らないか?」
そんなことで僕を呼び止めたのか。
「知る……りません。それより、この辺でいい宿屋ないですかね?」
そういえば日本語なんだ。異世界って。
少し僕の日本語がおかしくなったのは、しょうがないことだと思う。
「そうか。なら用はない。とっとと中に入れ」
無視か。
「ますたーのははなしきいてあげてよ! 女神様がいってた! ますたーはせかいをすくうきゅうせいしゅ」
「じゃあ、僕はこれで!」
チィの口を塞ぎ、声を掻き消し、ダッシュして街の中へ向かう。入国審査みたいなのはないのね。
「ますたー、どうして止めるの!?」
噴水の広場まで駆けてきた僕は、そこでチィを下ろす。
まだ怒りが冷めないチィは僕を睨めつける。でも、あどけないその顔は可愛いだけで、何の威圧感もない。
僕は苦笑しながら、チィに目線を合わせた。
「いいかい、チィ? 僕の存在を、あんなやつに教えても理解できないでしょ?」
「なるほどー。ますたーはびじょだもんね!」
どうしよう。何を言っているのか全然わからない。
「えっとね、チィ。まず、美女だからって相手を見下すわけじゃないんだよ? 美女の中にもバカはいっぱいいるんだよ?」
「そうなの?」
「そうなの。そして僕は男だ」
「嘘だ! ますたーはびじょだよ!」
二日しか一緒にいない子供に僕の性別を必死に否定された。
「ポカポカ頭叩かないで」
「いっていいうそとわるいうそがあるよ!」
誰がいつどこで嘘を言った。
もうほんとにやだ。なんなのこの世界。話がとても逸れたような気がするよ。
「とにかく、勇者ってことは絶対に言っちゃダメだよ」
「誰が勇者だって!?」
今度は道行く誰かが振り返り、僕の言葉に反応した。どれだけ勇者っていうキーワードに敏感なんだよ。
泣きたい。帰りたいよ。