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ワールドチェンジ  作者: シュン
勇者
13/14

簡単な終わり方

「がけだねー」

「そうだね」


 こんなところに里を作らないでほしい。


「さて、どうやって登ろうか」


 目の前にそびえ立つ、岩の壁は高かった。当然、ロープも無ければ、梯子もない。

 すぐ切れたり壊れたりするからか、そもそも必要ないのか。


「めんどくさい……」


 登ろうにも、岩には掴む出っ張りが一つもない。ツルツルだ。

 やっぱり特別な道具みたいなのがいるのかな。それともこれを飛び越えるほどの跳躍力があるのか。いや、それはないか。


「だいじょうぶだよ、ますたー! ますたーには、女神様がついてるよ!」


 多分助けてくれないだろうから、ただのおばさんだね。


「……そこの坊や」


 静かに聞こえた声に、僕は振り返る。チィは僕の上に乗ってるから、そのまま。

 僕の後ろに立っていたのは、随分と年老いた女性。腰を曲げ、杖をついている。

 深く被った麦わら帽子の、下の素顔を除くことはできない。

 魔法使いのような服の色は、紫色だ。背中に長く垂れ下がる髪も、同じく。

 日に照らされる魔女、という表現がしっくりときた。不思議なのは、そんな身なりをしていて、全く不気味に感じないことだ。


「あれ? 僕のこと、分かるんですか?」

「あたしは何でも分かるよ」


 この人は、僕を坊やと言った。男だって分かったんだ!


「ますたーにしつれいだよ! このおかたは……むぐ」

「チィ、お願い、黙って」


 頭の上にいるチィの口を、両手で塞ぐ。チィの中じゃ、僕は女なんだろうな。


「この崖にはね、ヒミツがあるんだよ。この上の里の連中しか知らない、ヒミツがねぇ」


 ヒッヒッヒ、と老婆は笑う。皺がれた声と笑い方が一致してるね。それは失礼か。


「むぐぐぅー」

「チィ、リュックに突っ込むよ」


 ピタ、と動きが止まる。ふむ、これからはこういうふうに対処しよう。


「僕達が鬼の里に向かっていること、知ってたんですね」

「そりゃあ、そうさ。あたしには、なんでも分かるからね。この世界に、危機が訪れるということも、坊やが長い、長い旅をするということも」

「旅、ですか?」


 あの緑の石が手に入った時点で、最終決戦は近付いていると思う。決戦というか、あの生贄が必要な石の前に立つ時だけど。

 多分、十日以内にはこの旅は、終わると思う。もしかしたら、今日にでも。


「ああ、長い、長い旅だよ」


 それなのに、この老婆はこんなことを言う。言葉には、妙な説得力があって、それが僕に聞き流そうとはさせない。


「そんなことはどうでもいいねぇ。この里へ入る方法なら……それも、どうでもいいねぇ」

「ま、ますたー、ここ、どこ?」


 視界が紫色に染まり、何も見えなくなる。

 これは老婆の魔術ではなく、毒を体内に入れてしまったわけでもない。


「この里は霧が深くてね。あたしから離れないように、注意しなよ」


 霧だ。紫色の、濃霧。


「こんな地獄みたいなところなんですね、鬼の里って」

「昔はこんなんじゃなかったんだがね。憎しみが立ち込める里になってしまったよ」


 人が攻め入ったりしたのかな。あの、守護石がおかしくなってたって言ってたし。聖護石だっけ? 早く直さないと。


「ますたー、きもちわるい……」

「こっち来て」


 僕にはチィを抱くことしかできない。薬とか貰ってこれば良かったな。

 それにしても、この里に、人の気配は感じない。それどころか、生き物すらも。

 紫の霧に混じって鼻を突く臭気が漂うここは、確かにチィには厳しいだろう。何かが、腐ったような臭い。

 空を見上げると、予想通り、霧によって青空は隠れてしまっている。

 ポコポコと、粘り気が強い水の、水泡が弾ける音もする。

 近くから聞こえるその音の正体は、結局分からなかった。

 空がダメなら地面はどうかというと、一応紫色の土があることが確認できた。


「それにしても、この霧の原因は?」


 僕は前を歩く老婆に尋ねる。返事は返ってこない。聞いてはいけないことだったのかもしれない。

 僕はチィを抱えて黙って歩いた。そこからもう少し歩いた時、老婆はようやく立ち止まった。


「ここで、坊やの憎しみを断ち切るんだ。憎しみがあれば、暗い闇に引きずり込まれるだけだからね」


 聖護石のことだろう。僕には霧のせいで、どこにいるのかも分からない。


「そこで目を瞑るんだ。その子を抱っこしたままでいいから、やってみなさい」


 僕は老婆の言う通り、目を瞑る。当然、僕の視界は黒で埋め尽くされる。


「憎しみ……」


 気が付けば、僕は知らない場所で立っていた。口から、自然と言葉が漏れる。

 黒一色で、それだけだ。前に見た空間に似ているが、ちゃんと足は地に着いている。


「お前の憎しみを……教えてやろう」


 と、これはどこからか聞こえてきたよくわからない声。低く、掠れた男の声だ。


「……ほぅ、面白い過去を持っているな。神に作り出される種族にしては、少し特殊だな……いや、だからこそできた芸当か」


 僕は返答せず、次の言葉を待つ。


「天女と鬼の遺伝子で合成された生き物。人間の遺伝子もあるようだが、この二つよりも圧倒的に少ないぞ。お前も理解しているだろうが、この二つのどちらかの力を使えば、自分で自分を抑えられなくなるようだ。人間の理性が他のものよりも少ないのだからな、当たり前のことだ」


 黒い声はそこで一度区切り、再度話始める。


「完璧な人間を作ろうとしたのだな、その神は。それで、できたのが天女の容姿を持ち、鬼の力を気性の男か。とんだ欠陥品だな。人間世界でも魂を神の手下に喰われかけたようだな。随分と辛い人生を歩んだのだな。だが、それも今日で終わりだ。さあ、願え。楽になりたいと願え」


 鬼の気性といっても、人間と大差はない。人間にも、乱暴者、臆病者がいるのだから、鬼も同じだ。

 鬼と人間の違いは、力と考え方のみ。僕は人間の世界で育ったのだから、人間の思考になっている。

 そんなことを今持ち出すということは、僕を欠陥品扱いするのに都合がいいからだろうか。

 要するに、憎しみを向けてほしいわけだ。僕を侮辱し、挑発し、それで憎しみを生みだそうとしているわけか。


「そんなこと言われても、僕は怒らないよ。憎しみも、生まれない」


 少なくとも、今は。気持ちが冷めている今なら、何を言われようと、僕の心には届かない。


「……お前の弱みのはずなのだがな」

「弱みだろうと、心に届かないと意味ないよ」


 確かに、痛いところではある。でも、今は恐ろしいくらいに、落ち着いているのが分かる。


「なるほど。いいだろう、お前を認めてやろう……では、この闇をどうするか、最後まで見届けてやろう」


 長く後を引いた声が、完全に消える。僕は瞼を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

 紫色の霧は消え、大きな丸い黒い石が目の前で浮いていた。僕の身長の何倍もあるその石は、黒く、弱々しい光を放つ。


「おばあさん?」


 老婆の姿も消え、この場には僕とチィだけだ。


「君達が、私を殺しに来たの?」


 いや、三人いるようだ。僕は後ろから聞こえた声に、振り返る。

 僕と年はあまり変わらないように思える。腰にまで伸ばされた髪は、金色。まず、それが印象的だった。


「いや、この石を元に戻すためだよ」

「ますたー」


 僕が隠すことなく答えると、チィが僕を呼ぶ。僕が返事を返す前に、続きを話す。


「このいし、いけにえをよういしろって」


 チィの声は、目の前に立っていた少女にも聞こえたようだった。テレパシーの類いのものなのかな、チィにしか聞こえなかったってことは。

 でも、タイミングが悪い。


「私が生贄になるよう、言われて来たの。私が死ねば、たくさんの人が救われるからって。でも、霧のせいで私の光が弱くなってて」


 時間が掛かった、と少女は言う。

 この子が生贄になるって言うんなら、そもそも僕必要なかったんじゃ……ていうか、僕の憎しみは完全に関係なかったと思う。


「君は死ななくていいから、下がってて」


 いきなり現れて世界を救うために命を投げる、素敵なお話だね。

 もう、めんどくさいな。

 僕はポケットの中から緑色に輝く石を取り出し、聖護石に向き返り、投げつけた。


「はい、終わり」


 パン、パン。手を叩いて、僕は少女に振り返る。


「そんな簡単に世界を救えるはずが」


 ない。そう言ったんだろうけど、僕には聞こえなかった。

 耳障りな高音が場に響く。あまりの音に、少女は耳を塞いでしゃがみ込んだ。それと同時に、眩い光が僕の背中を照らす。

 もう一度石に向き直ると、もう禍々しい黒い石はなかった。目を痛めて見入ってしまうほど、神々しい光を放っている。


「終わり、だね」


 あの老婆が言っていた旅は、一日と持たずに終わった。

 あっけなさ過ぎる。

 静けさを取り戻した後、吐き捨てるように呟いたのは、僕だった。

 憂鬱な気持ちだ。この世界だと変わるだろうと思っていた僕自身は、何も変わってはいなかった。


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