石
「ごめんなさい、ますたー」
「チィは謝らないで。元はと言えば、僕が悪かったんだから。ごめんね」
ドアがないこの部屋は、中から外へ出ることはできない。
どうしてこうなったか。あの後、チィを探しに行ったことは言うまでもないだろう。
セイヤが深い森の中にチィの気配を感じるとか言って、森へ行こうと言い出した。
僕はチィがどこにいるかなんて分からなかったから、仕方なくセイヤに付いて行った。
そこまでは何も問題はなかった。問題があるはずもなかった。盗賊に襲われたり、岩が転がってきたり、火炎が放射されることもなかった。
僕らは森の中で小さなドーム型の岩を見つける。
前に行った、勇者のほこらに似ていた。後ろに回り込んでみると、少し屈めば通れるほどの穴がある。
そこに入ると、地下へと続く四角い穴と、梯子。僕らは下りた。
そこからだ。危険が次々と襲ってきたのは。
それで、僕は落とし穴に落ち、セイヤとも逸れた。
チィは先にここにいた。僕達の戦闘に巻き込まれないように逃げていたら、いつの間にかここに来ていたらしい。
「ハァ……」
嫌なことが起こった。
あの黒い雲は僕に警告しててくれたんだね。僕の魔法の常時効果だっけ。
僕の周りの自然は、実体化とかできるっていうやつ。自然にも意志があるはずだから、僕を助けようとしてくれたんだ。
「ますたー、これから、どうするの?」
チィがちょこんと正座して、首を軽く傾げる。うーん、めんどくさいなぁ。
「のんびりしようよ。僕は平和が好きだよ」
街を出たのは朝御飯を食べてから。サナさんにもちゃんとこのことを話したし、遅くなっても大丈夫だろう。
「はい、オニギリ」
「ありがとー」
この世界では、お米は貴族しか食べられないらしい。黒が低民族の証で、白が高民族の証だからだとか。
くだらない。サナさんが持っていた理由は、盗んだから。バレなきゃいいんだよね。
「お腹空いてたでしょ? ごめんね、朝御飯遅くなって」
「だいじょうぶだよ。チィは、おなかすいてなかったよ」
渡したオニギリをあっという間に完食し、木で作られたお弁当箱の中へと手を伸ばす。
よかった、五個貰っておいて。
「全部食べちゃっていいよ」
チィにはああ言ったけど、ここは安全じゃあない。
早く出たいけど、ここからどうやって出ようか。
部屋の状況は、部屋全体から優しく光っているようで、密室でも明るい。
壁の強度は試していないからまだ分からない。天井は、結構低い。
緑の刀は出せないようだ。このほこらに、結界とか呪いとかがあるのかも。
壊すのは簡単だけど、後が怖いんだよな。
「ふわぁ……ますたぁ」
「うん? ああ、いいよ」
僕はリュックから毛布を取り出し、それを膝の上に敷く。
チィはその上に座り、僕のお腹に凭れかかる。
足を伸ばして座っているから、ちょっと座りにくいかもしれないけど、我慢してね。
「ふぅ……」
真っ白な壁に体重を預け、もう一度部屋の中を見回す。
ドアすらもないこの部屋は、侵入者を閉じ込めるためのモノのようだ。
真っ白な光る壁。天井も同じく。
少し空気が湿ったような匂いがする。雨が降りそうだったし、湿度が高いんだろう。
意味なく、後ろの壁を軽くノックする。鈴の鳴るようなのような、綺麗な音が部屋いっぱいに広がった。
「……どこかで聞いたことがあるような音だな」
どこで聞いたかは全く思い出せない。思い出したくないってだけかも知れないけど。
無理矢理思い出して得することは何もない。考えれば思い出せそうだけど、いいや。
嫌いな音じゃないので、何回も叩く。音は小さいし、チィの眠りの妨げになることはないだろう。
壁の音でリズムを刻み、チィが残したオニギリを食べる。
ここにいるよ
心に直接届くような、声がした。
「ここ?」
僕は何も言っていない。ノックし続けたのがいけなかったかな?
動揺というほどの精神の乱れもない僕は、チィを地面に寝かせる。
そして立ち上がり、白い壁に触れてみた。
鉄のように冷たく、カーテンのような優しい感覚が手に伝わる。
さっきまで普通の壁だったのに。光ってたけど。
「君は誰なの?」
返事はない。僕はもう一度ノックする。音は鳴らない。
ここにいるよ
代わりに、また声が聞こえた。聞こえた、というよりは、感じた、という表現のほうが正しい。
「姿を見せてよ」
僕がそう言うと、壁が消えた。ノックしていた壁が、突然。
先に広がるのは暗闇だけで、先は見えない。どこに繋がっているかも分からない。
「でも、ここにいてもしょうがないしな」
さっきの声の主から、悪意は感じられなかった。うん、行こう。
チィを毛布で包み、リュックの中に入れる。忘れ物がないか確認して、準備完了。
リュックを背負い、暗い道へと足を踏み入れる。道、というには少しおかしいかもしれない。
地に足が着いている感覚はあるけど、浮遊感がある。
闇は長く続かない。さっきは真っ白な部屋だったけど、今度は緑色の部屋に出た。
部屋の中心に立つと、闇が消えた。緑の壁が、闇を塞いだからだ。
色が白から緑になっただけで、さっきと何も変わらない。
「そんなことないよ」
そんなことを考える自分を、自分で言い聞かせる。
そうだ。きっと、さっきと違う場所があるはずだ。
不思議な声が聞こえたのはその時。
あなたに……これを……
途切れ途切れに聞こえる声。気が付くと、手には輝く緑色の石が握られていた。
これは……なんで。
わたしは、もう時間がありません。あなたには、なに……も……
声が消えるに連れ、視界が黒に染まっていく。
だめだ、まだ聞きたいことがあるのに。
少しだけ。少しだけでいいから
「待って!」
叫んだのは、雨が冷たい雨が降る森の中。大声を出した僕を、チィが目を丸くして見ていた。
息が荒い。まるで、今まで息を止めていたように苦しい。
白い息を吐いては、風に流されていく。身体も、走った時のように暑かった。
今のは、夢? そう思い、手に握られているものを確かめる。
緑の石。
「ま、ますたー?」
チィが戸惑いがちに、僕の様子を確認する。
「ごめん、大丈夫だよ。ここにいちゃ、風邪引くね。行こうか」
水は僕達を避けてはくれない。僕は嫌がるチィを、リュックの中に入れる。リュックは守備魔法のおかげで、水や炎を弾く。だから、これ以上濡れることがなくなる。
「行こうか」
雨の勢いは強く、すぐ全身が濡らされた。
時々雨水が目に入り、涙のように流れた。
ここでダラダラと留まりたくもない。街もそう遠くない。
全速力で、僕は駆け出す。




