畏怖
――あの日から僕には明日が訪れない。
世界は平和に戻った筈なのに。
空は。既に太陽が真上に上がっている筈なのに、黒煙に包まれて一筋の光すらささない。
悲鳴が。体を委縮させ、さらなる恐怖を呼ぶ。
世界が救われて一年後の事である。
一人の少年が訳も分からず逃げ惑う。
父親譲りの綺麗な茶色の髪を必死に振り乱して、家の中を走る。
家は炎に包まれている。
「おとぉさん……。おかぁさん……」
少年は既に枯れた声で叫ぶ。
まるで、ただ口を震わせているだけに見えただろう。
それだけの熱気が少年を包みこんでいた。
本当に小さな小さな声。
それでもその声はしっかり、空気を揺らし二人の人間の耳に届いた。
「涼っ!!大丈夫?」
「涼ッ!!無事かッ!!」
父親と母親である。
まだ燃えていないこの一室は残念ながら一階ではない。三階だ。
ここまで憔悴しきった子供を抱えて飛び降りることはできない。
しかし……。
階段登る、樹が軋む音がした。
それで理解した二人は咄嗟に、自らの子をタンスに押し込んだ。
「ここで隠れてるんだ……。なにが起きても出てきてはいけない」
タンスの戸が閉められる。
どれくらいの時が経っただろうか。少年はその枯れた喉で叫んでいた。
少年の視界には、ボロ雑巾のように横たわる父親と、既に息絶えて血だまりに沈む母親が映っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
嫌な夢を見た。
体中が汗ばんでいるのがわかる。
「あ~……これはなれないなぁ」
これから学校に行かなきゃならないのに……。
体が重い。後悔が肩に乗っている。何で朝からこんな気分に。
画面にヒビが入った携帯を開く。
日付は、あの日のまま。
あの日から僕は変わった。
父似と言われた短く茶色い髪は、長く黒く染めた。
母似と言われた目は、メガネをかけて分からなくした。
もう誰にも、関わりたくなかった。
学校に向かう足取りも重い。
あの日から僕は変わった。
学校では、自分で言うのも難だがクラスにいるムードーメーカー的存在だった。
今ではただのいじめられっ子だ。
そんな事を考えれている内に学校に着いてしまった。
いつものように昼休みに屋上だろうな。
授業もいつものように淡々と過ぎる。
「おい、お前今日は持ってきたんだろうな」
「金だよ、金」
「それとも今日もカッターか?」
カッター。
金を持って来なかった時に、体に傷を入れる行為の事だ。
逃れる方法は金を渡すか、逃げて後に更にひどい仕打ちを受けるかだ。
「えっと、今日は勘弁してくれませんか……」
こいつらに渡すほどの金も持っていない。
体が震える。
震えるのを抑えきれない。
命が震える。
もうだめだッ!!
その時屋上の扉が開いた。
「なにしてんのっ!!」
高い声の怒号が響く。
すぐに女の子だとわかった。
しかし、この三人組みは逃げる様に走って、外の非常階段を下りて行った。