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月の雫

作者: himezakura

月明かりのようにそっと輝く生き方があってもいいのではないか。

私は髪を切る。

一本一本丹念に見ながら、でも束ねでさくさくと。

はさみの音が耳打ち際でちょきんと鳴った。

両方の手が塞がって耳を押さえられない。

何かを切る音は聞きたくない。

聞こえてこなくていい音が周りに溢れている。

耳にしたくないけれど何度もはさみを通す。

雑音だ。

そして、はさみは残酷だ。

一つのものを真っ二つに切断する。

人間関係でも切断出来るといいのに。

でも切断出来る人間は冷たいと思う。

このはさみよりずっと。白黒はっきりさせたら争いが起きるのに、こと現代社会は何でもシャレッダーにかける。

月子はそんな生き方が出来るほど大人じゃなかった。はさみのように折り紙を切るようなそんな真似は出来ない。

人間関係は切断したくないのに自分の髪はちょきんと容赦ない。

月子はハサミを握ると別人格になるように思えた。

古いものは消えなさい。

紫外線をたくさん浴びた汚れた髪は消えてしまいなさい。

臭いものに蓋をするように月子は半ば取り付かれたようにハサミで何度も髪を切って行く。

そんな月子を冷たい秋の月がそっと包んでいた。



響介は、今夜も酒で自分をごまかしていた。変に真面目な分ストレス社会に弱い。そんな弱さを陰のある容貌がフィルターとして働いていた。だから周りは彼を強い人間だと錯覚していた。響介は容姿を称えられることを一番嫌っていた。中身は溢れるほどに世の中の社会悪に唾を吐いているのに。人生を可視的に見るならば一つ一つの選択が棒の継ぎ目に当たるならば、彼はその継ぎ目を常に眼孔鋭く観察していた。自分の人生はこんなもんじゃない。くだをまくように甘美な酒に溺れていった。今日もいい仕事をした。しかし、何かが欠落している不全感が彼の顔つきには見てとれた。



その頃、弦は仕事帰りの車中にいた。流れている音楽はチャイコフスキーのピアノ交響曲第二番。なぜかこのフレーズが頭に残り、目下お気に入りの曲だ。弦は先日別れた彼女を思い出していた。不倫の恋だった。絡みつくような女の肢体を忘れられずにはいたが、仕事に熱中することで幾分気が紛れた。しかし静寂な時間に身を置かれると彼は不倫の彼女の声が聞こえないようにあわててCDをかける癖がついた。音は残酷になる時もある。心の音に彼は少し苛まれ睡眠薬も手放せなかった。人間とはこうも変われるものかオセロのように人間とは変わるのか、弦はまだそれを飲み込めずにいた。静寂さえも彼には耳に響くようであった。



「うん、そうそう」月子は塾で子供達と一緒に勉強しながらそう頷いた。子供好きなわけではないが、適当に始めるにはいい仕事だった。月子はいつも(ガキって自分が世界の中心って感じで親の傘下にあっていいよな)そう思っていた。保護者対応も月子は感じがよく通っていたが、内面はけっとへどろを巻いていた。満たされない何かを感じていた。そのためか月子の周りには絶えず男の影が現れては消えを繰り返していた。不全感を男で解消するような女だった。



周りがいくら褒めたたえようがこの三人は決してそれに溺れなかった。むしろ不満がつのり、シナリオ通りの人生を歩んでないことを悔いて生きていた。聞きたくない音をいっぱい聞きながら。騒音でも静寂でも心の叫び声はいつでも彼等を襲ってくる。見た目では判断できない心の問題は三人を蝕んでいた。1人になると騒音になる。はさみのように切断出来ればいいのに。切り取って折り紙に出来ればいい。


謙虚に月の雫にさらされて自分らしく輝けばいい。

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