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●短編集、裏(問いをかける小著)

スーベニア

作者: 黒十二色
掲載日:2026/05/06

 私は、私の復讐が終わってしまったことを、まだ実感できないでいる。


 私の復讐は阻まれた。


 私はあの女に武器を奪われ、私が殺そうとしていた極悪人はあの男に捕まり、法によって裁かれて死んだ。


 あの女は、私の武器を掴んで、


「やめたほうがいい。後悔することになる」


 そう言って、武器を遠くへ投げ捨てた。


 正義の味方みたいな言葉に怒りを抱きながらも、動けなかった。


 私が手を下したかった。


 私はあの女に後ろから腕を回され、歯を食いしばって、あれが命を落とすまで一部始終を見ていた。


 あの二人は、私の復讐を奪ったのだ。


 最も醜い感情が消化されずに残ってしまった。


 だから私は、あの二人に文句を言ってやろうと思って追いかけた。


 ――私の復讐を返せ。


 そんなふうに迫ってやるつもりだった。


 私は二人になかなか追い付けなかった。


 二人は、いつも暗君や悪人が跋扈する場所にみずから飛び込んだ。私はといえば、仕置きが終わって二人が去った後に到着して、村落や町や国が事件の反動で苦しんでいるのを放っておけず、立て直す手助けをすることが常だった。


 二人は、次々に暗君や悪人を捕まえ、裁きながら旅を続けていた。


 私に見せつけるためかと思ったこともあった。でも、あの二人は、私が追いかけていようがいまいが、人を救おうと走り続けるのだろう。


 どうしてあの二人は、止まらないのだろう。


 どうしてあの二人は、私を止めたのだろう。


 あの二人の故郷近くに住む騎士から、話をきくことができた。騎士は、あの二人が仕置き人になった経緯を知っていた。


 騎士は言った。


「姫様は復讐を果たされたのです」


 私は驚いた。


 生まれてから、ずっと正義を貫いて生きてきたお転婆姫だろうと思っていたからだ。


「ご両親の仇を討たれたのち、民から即位を強く望まれましたが、その道を姫様は選びませんでした」


「なぜ」


「わたくしにはわかりません。ですが、あなたになら分かるのではないですか? 復讐のために生きた時間が、あなたにもあったと聞きました」


「私は、しかし、誰も殺したことはない。その姫様と同じではないよ」


 言ってはみたものの、同じなのかもしれない。理解できるかもしれない。なぜなら私が抱いた殺意は紛れもなく本物で、忘れることなんかできないものだからだ。


 どうにかして償いたい。


 姫様とやらも、そうなのだろうか。


 騎士は少し考え込み、やがて口を開く。


「あなたが陽の当たる広い道を歩むことは、おそらく姫様が望んでおられることでしょう。あなたの生き方の参考となるかはわかりませんが、知る限りのことを語らせてください」


  ★


 我らが姫、スーベニア様が生まれたのは、嵐の晩だったといいます。


 当時の我が国は、疫病に悩まされ、北の蛮族からの侵略に常にさらされていました。


 しかしどういうわけか、姫が誕生してからというもの、豊作が続き、病は去り、蛮族が改心して貢ぎ物を持ってくるようになりました。


 平和が訪れた我が国ですが、ちゃんと治まっていた期間は十年にも満たないものでした。


 敵を失った我が国が、内部の腐敗に気付かずに浮かれ続けていたことが原因です。


 言うまでもないことですが、一治一乱を繰り返す暗黒の世が人間の本来の姿ではありません。それでも、明るい君主と明るい民が絶えない社会を生み出せなければ、永遠に負の連鎖が続いてしまうものなのです。


 残念ながら手遅れとなった我が国は、内紛ばかりの地獄と化しました。


 スーベニア姫のご両親は、たいへんに徳の高いお方でしたが、人徳など、身を守る役に立ちません。


 何者かに理不尽に殺されたのを、スーベニア姫は目撃しました。


 積荷に隠れ、岩陰に隠れる場所を変え、わたくしに救出されるまで、逃げ延びました。


 事件は事故として処理され、聡明なスーベニア姫は、犯人のことを誰にも喋りませんでした。


 姫様の剣の師となったわたくしでさえ、知ったのはすべての事が終わった後です。


 十七の御誕生日を迎えた日、姫様は旅立ちました。


 行方がわからなくなり、三日後、わたくしのもとに戻ってきた時には、みすぼらしい男を一人、連れていました。


 身をかくまってくれたから、男にお礼を渡したいとのことでした。


 わたくしは、「何をしたのか」と問い、姫様の口から言わせようとしました。


「まだ何も」


 そう返ってきました。


 怪物のごとき復讐心が、姫様の中で蠢いていたことは承知していました。


 わたくしは、姫様を止めることができなかった。いいえ、正直に申し上げれば、止めたくなかった。


 今にして思えば、復讐、そのために姫様の剣を鍛えたのかもしれません。王にも、王妃にも、わが一族の数百年にわたる大いなる恩義があったものですから。


 つまるところ、わたくしも姫様の共犯者のひとりというわけです。この世が地獄でなくなった暁には、みずから死後の地獄へとおもむき、悪魔たちに引き裂かれ、裁きの台に載せられることを望んでいるほどです。


 さて、姫様は、あらゆる手段で復讐を行おうとしました。


 ところが、姫様を一度かくまったという件の男が、姫様の復讐を止めようとしていました。


 どうやら、姫様に身分違いの恋心を抱いてしまったようでした。


 復讐を止めたいなどと綺麗事を口にしていましたが、わたくしにはわかります。彼の欲求は、姫様を救うことではない。自分が姫様と関わり続けたいだけだったのです。


 姫様は男に惑わされませんでした。


 覚悟が決まっていました。あらゆる手段で復讐を行いました。


 剣よりも銃のほうが強いとわかれば、その鍛錬を怠りませんでした。


 男は、何度も姫様に言って聞かせていました。


「復讐にも、やり方がある。君が手を下さなくても、目的は果たせる」


「わたしの手でやりたい。」


「どうしてそこまで」


「わたしが一人でやる。あなたは居るべき場所に帰って」


 何と言われようと、男は帰りませんでした。


 男は復讐を止めようと妨害を続けました。


 最大の妨害は、わたくしの予想を超えたものでした。


 男は悪魔との契約を行ったのです。


 姫様が復讐の心で人を殺めるたびに、男に呪いが降りかかり、怪物の身体になっていくというものでした。


 そんなことで止まるはずはないのに、人生を捨ててまで姫様を救おうとしていました。愚かな男です。


 王と王妃を手に掛けた実行犯は三人組でしたが、ただの雇われた殺し屋でした。


 その三人の命を奪い、命令を下した男の情報を手に入れた時には、男の怪物化も進み、醜悪な姿になっていました。


 取り返しのつかないところまで怪物化してしまうかもしれないとわかっていても、姫様は復讐の決意を曲げませんでした。


「あなたが死のうとも、人に戻れなくなろうとも構わない。あなたの大きな善意は、わたしが止まる理由にならない。」


 やがて暗殺の首謀者を突き止めて、追いつめました。


 標的は口汚く姫様を罵り、「王と王妃こそ悪人だった」と呪いながら、姫様に撃ち殺されたそうです。姫様は遺体に「だから何」と返したという話を聞いています。


 姫様の復讐を妨害し続けた男は完全に異形の怪物と化し、いつ命を落としてもおかしくない状況でした。


 すべての復讐を終えた姫様は、民から女王になってほしいと願われましたが、また行方をくらませてしまいました。「できることをする」と言い残して。


 姫がいなくなって、しばらくすると、男の怪物化が解け始めました。


 同時に、遠方で突然何者かに襲われて悪人ばかりが死んでいくという話を耳にするようになりました。


 ご存じの通り、姫様のしわざです。


 怪物の男は、傷も癒えきらぬうちに、姫様を追いかけると言い始めました。


  ★


 騎士の話をそこまで聞いたとき、私は思い出した。


 東の果て、壊れた教会で、男と出会ったときのことを。


「おや、君は」


 私は名乗らなかった。


「大丈夫。忘れはしない。その後、どうしてる。こんなところにいるってことは、追って来たのか? もうあいつは次のところに行っちまったぞ。噂じゃ次は西の方だ」


 私は黙った。


「まったく、あいつときたら、考えるより先に身体が動いちまう。おかげで今回も大混乱だ。こっちの準備が間に合えば、もっと穏便にできたはずなのにな」


 そう言って、男はすぐに荷物を背負い、歩き出した。


 言いたいことが山ほどあったはずだった。私の生きる目的を勝手に裁いたことについて、どう思っているのか言わせたかった。


 けれども、彼は彼で、姫様とやらを追いかけるのに忙しく、一瞬も無駄にしたくないようだった。


「どうして」


 私は彼の背中に問いかけた。


 彼は答えた。


「あいつに勝つためだ」


  ★


 怪物化が解け始めた頃、男は言いました。


「あいつは、スーベニアは、贖罪のために生きている。間違っている。彼女は、彼女の人生を生きなきゃいけない」


 悪を武力で成敗する仕置き人。それこそが、姫様の選んだ道であり、姫様が口にした「できること」だったわけです。


 彼は、姫様を追いかけて、姫様の前に立ちはだかっては、妨害しました。


 当然、姫様は不満を口にされます。


「復讐を妨害するならわかる。でも人助けまで止めようとするのは、何なんだ」


「君が手を汚す価値があるとは思えないからだ」


「すぐに救わないと、手遅れになる」


「そうとは限らない。他の方法だってある」


 男は、遠回りの方法で、悪人や暴力的な暗君をつぶそうとしました。現地の人々を説得して、悪人を法に照らして裁いたり、人々を善に気付かせて反乱を起こさせたりしました。それでうまくいくこともあれば、間に合わず村が二つに分かれてしまうこともありました。


 姫様が失敗しても男がいて、男が失敗しても姫様が悪を成敗する。


 ご存じの通り、今となっては、二人は完全におたずね者です。


 秩序を混乱させる二人組として、社会の敵として、恐れられるまでになりました。


 そんなある日、すっかり怪物らしさも失われた男は、河原に姫様の姿を見つけました。


 助けた少女と焚火をし、楽しそうに遊んでいる姿を見たのです。


 そのふれあいの中、優しく笑いあう姿を見て、男は姫様を追いかけるのをやめました。


 贖罪なんてものとは別に、姫様はもう生きる理由を見つけていたと感じたのです。


 男は故郷に帰り、そのまま二度と姫様に会わないつもりでいました。


 ところが、しばらくして、男のもとに姫様がたずねてきました。


「何で追ってこないの?」


「もう俺の役目は終わったと思ったから」


「わたしがどれだけ手を汚しても、もういいっていうの?」


「それでも、君が、生きる意味を見つけていることがわかったから」


「ねえ勝負しない?」


「何の」


「南の村に、とびきり悪いヤツがいるんだって。どっちが先に解決できるか、勝負」


「そんな軽く言うようなことでは……」


「だったら止めてよ。待ってるから」


「待たないですぐやっちまうくせに」


 男は南の村に向かいましたが、結局、姫様が片を付けた後でした。


 それからというもの、二人は幾度となく勝負を続けました。


 北のある国が、他国に侵攻しようという情報を掴み、未然に防いだこともありました。


 逆に争いを拡大させたこともありました。


 西のある国で、復讐に燃える少女がいました。


 準備を整え、ついにその刃が仇に届くというときに、姫様は必死に彼女を止めました。自分が傷ついてでも彼女の武器を掴み、そして投げ捨てました。


 男が悪人の悪事の証拠をつきつけ、人々が悪人をさばきました。


 そのとき復讐を止められた少女。そうですね、それが、あなたです。


 姫様は、あなたの復讐を止めたことを人生における最大の幸福だと自慢しておられました。


 あなたが将来、何も気にせず生きられることを心から願っておられましたよ。


  ★


 騎士が話を終えて、しばらく私は黙っていた。


 どれくらい経っただろう。日がすっかり沈んだ後に、馬の蹄の音が近づいてきて、やがて止まった。扉が開いて、女性が入って来た。


 あの人だ。


 姫様が入って来た。


 騎士は優しく微笑みかけた。


「おかえりなさい。今回も、みやげ話を持ってきてくださったのですね」


「ええ、今回もたくさんの人を救えたの」


 そうは言うけれど、救えなかった人もいたはずだ。私が後始末をした村がいくつもあったし、あの男が暴走する村の感情を解決したこともあった。


 どこからどこまで話すつもりなのだろう。


 後始末をさせられている男や私の話題も出るのだろうか。


 私は部屋の隅で気配を消して、姫様のみやげ話をきいてやろうと思っていた。


 でも姫様は、みやげ話を始める前に、私を見つけた。


「あら、あなた」


 私のことを、おぼえているようだった。


 私は、スーベニア姫に文句の一つでも言ってやるつもりだった。


 私の復讐を叩き折り、人生を変えたことで、私の生きる理由を奪ったのだから。


 けれども、彼女もまた復讐に生きた後悔があったと聞いてしまった。


「あ――」


 うまく言葉が続けられなかった。


 私は何も言えなくなった。


 何も言えないでいたら、姫様が言うのだ。


「生きていてくれて、ありがとう」


 そんな優しい言葉をかけたからって、私たちの罪が消えるわけではない。


 だって赦されてはいけないものだ。


 けれども私は。ごめんなさい。本当に申し訳ないけれど。


 どうか、この人が完璧に赦されてほしいとしか思えなかった。




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