ゲームのはじまり 2
唐突にジュースを飲み終えて帰ってきた大学生風の人が会話に参加したがってきた。仲間になりたそうな目でこちらを見ている。どうしますか?……いれな―
「すみません。俺ここに集まってる人の名前半分もしらなくて……。 一つの場所にせっかくあつまったんですから、みなさんで自己紹介しませんか?」
ほほぅ、俺の承諾なしに会話に加わってくるとは。まぁそのことは水に流そうではないか。高校生相手に敬語を使ってくるところをみると、俺のすごさに気づいたんだね?見る目あるよ君
「そんな事……いや、名前がわかったほうが都合がいいかもしれんな。なんせ一度も顔を会わせたことのないようなやつがいるぐらいだ」
まぁわかってたけどね。大体僕はさっきの会話に参加してなかったんだから、主導権はおっさんがにぎっているし。しかし、ここの人達って一般人が多いな。手順が常識すぎる。人間としての軸がぶれてるのは3人かな。え、十分多いって?またまたご冗談を。そんなことを考えてるうちに初めてのクラスでの自己紹介的な雰囲気のなかおっさんから名乗り始めた。
「俺の名前は向井隆。403号室に住んでいる。えーと、他にどんなことはなせばいいんだ?必要なことだけはなせばいいんならこれだけで十分か。ともかく、よろしく」
仲良しになるつもりはないんだよ。「2階が燃えていた」という証言があるからこれは犯罪だ。普通に考えれば見知らぬ人か1階か2階の人の犯行だろう。3階以降に住んでいる人はここに集まった6人しかいないのだから。それなら、これは簡単に幕が引いてしまう。これ以上人が死ぬことはない。普通ならば、だが。もし犯人が三階以降に残っていて僕たちを殺そうとしているのなら。広い密室といえるだろう。でもね、一番性質が悪いのはこの中に犯人がいるということだ。
「私は、302号室に住んでいる広瀬佐鳥です。よ、よろしくお願いします?」
まだテンぱりが残ってるね。これが普通の人だ。起こった事態に対応するのが遅い。悪い意味じゃなくて異常に馴染むことに拒絶できる人間合格な人だってこと。
「ちっ……。401号室の佐藤だ。俺はこの中に犯人がいると思ってるんだ。だから必要以上に俺に触れるな、話しかけるな!こんなとこで死ぬなんてまっぴらなんだよ!」
向井さんの怒りポイントが10上がった。思ってた通り短気なようだ。ここに犯人がいる可能性があるから俺を巻き込むな、ってとこかな。もう巻き込まれてるんだけどね、この狂った犯罪にさ。ここまでが常識のある人、かな?ここからがブレ人(人間としての軸がぶれている人)だね。
「……305号室の……神田、伊里奈、です……。テレビ観てても、いいでしょうか……」
ヒュゥー!吹けない口笛で感嘆の意を表してみる。……向井さんに睨まれた。自重しなきゃ。さて、順番からすると僕かな。隣に立っていた大学生さんと目が合うとニッコリと微笑んできた。どうやら譲ってくれるらしい、いい人だなぁ。ホント、いろんなとこが僕といい勝負な人なんだろうな、この人は。神田さんにいいですよ、とこの部屋の住人は自分であることを主張してから自己紹介をする。
「505号室、あ!ここでしたね、すみません。(さらにアピール)改めましてこの部屋の住人の中野劣です。今後ともごひいきにしてくださいますよう心からお願い申し上げます」
はっはっは。どうだい、大手メーカーに勤めても恥じない自己紹介だっただろう。ここまでハードルをあげれば大学生さんも張り合おうとは思わないだろう。
「501号室に住んでいる鳴海楓といいます。文武両道、眉目秀麗、その他数々の褒め言葉は自分の為にあると自負しております。最近日本にきたばかりなので日本語が少しおかしいかもしれませんがなかよくしてやってください」
僕の想像の右斜め上をいく自己紹介だなぁ。ぉ、向井さんの顔が僕のあたりからおかしくなっていたけど、ついにカルチャーショックでもうけたのでしょうかね?顔を手の中にかくしていらっしゃる。「まともなやつはおらんのか」と聞こえた気がしたが、気のせい気のせい。となりですこし広瀬さんが不機嫌になっているのも気のせいでしょう。
手を顔から離し、僕のお気に入りのいすから立ち上がった向井さんはなにか言おうとした、その時―
「ぁ……。番組、終わっちゃった……?でも、まだ、8時30分……。おかしいわ……」
そういいながら首を傾げる神田さんに僕は声をかけてあげたかった。異常な人間に属しているくせに異常な事態に巻き込まれていることがわかっていない。それが異常なのかもしれないけど。ともかく、僕はみんなにも聞こえる声でこういった。
「ゲーム開催の挨拶でも、するんじゃないんですかね。テレビを使って」
ばっ、っと話を遮られてイライラしている向井さんとそれに耳を傾けようとした広瀬さん、そして他二名の顔も僕を見てからテレビに向けられる。十秒もしないうちに僕の予言は現実のものとなった。どうだ、ノストラダムスよ。僕のほうが優秀な預言者だろ?規模は違えどどちらも人の命がかかっているんだしさ。
さっきまで暗かったテレビに明かりが灯る。音が聞こえるし、画面も少し動いてることから動画かな?テレビのまん前に座っている神田さんは「さっきのじゃ、ない……」っていっていることからまだ僕の読みははずれていない。にしても、暗いな。あ、人が居る。手と足と腹部を縄で結ばれて目と口にも布みたいなのが巻かれている。なにこれ?っと思っているときに「佐々木……さん?」と広瀬さんが呟いていた。ああ、そうか。これは前置きなんだね。このマンションの住人で生き残っているのは僕らしかいないということと、ゲームにもう参加しているのだという二つの確認。彼はゲームに負けた。だからこれから死ぬ。そういうことなんだろう。しかしその映像で、衝撃的なものを僕らは見た。壁に寄りかかってにやけていた鳴海さんも体が前かがみになった。
拘束されていた佐々木M男さんの体がなんの前触れもなく燃え始めたのだ。燃える瞬間、佐々木さんには何が見えたのだろうか。僕らにはわからない。少なくとも、映像にうつっていないので、何ともいえないのだが、
「いきなり体が燃えるなんて不思議だね。こんな素敵体験をすることができる幸せ者がこの中にもいるんじゃないのかな。いや、もっと素敵なのだったりして―」
「やめろ!」
鳴海さんの未来へ寄せる期待のお話を遮ったのは未来を自分で変えることなどできないと諦めたことがありそうな向井さんだった。
「すみません」
言葉だけは謝っているが、顔はにやけたままだ。
「なんだ、これ……。おい!どうなってるんだよ、これはよぉぉぉ!
誰だ!?こんなふざけたことしてんのは!出て来い、ぶっ殺してやる!」
息巻いてるとこ悪いけど、黙っててくれないかな、佐藤さん。僕も今、浸りたいんだよ、異常な殺人ゲームの幕開けの余韻にさ。
しかし、テレビの向こう側の犯人さんはまってくれない。いや、テレビの向かい側、かな?この中に犯人がいる可能性はだいぶあがったし。よく、僕の部屋で放送できたよね。集まること知っていたのかね。
テレビの中に映ったのはいやに精巧な人形だった。顔にはなにもないのだが、腕や手、足といった部分が人間としか思えない。どうみても大きさも違うし服もきていない。顔もなければ男女の区別もつけれない。なのに、なのにみなこう思ったんじゃないのかな。あれ?これ、自分そっくりだ、って。
その人形を通して聞こえてくる声は、犯罪に使うようなくぐもった声で(まさに今が最大活用の場ですね)ゲーム開始が伝えられた―。