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あなたの人生、輝いてますか?

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/03/24

 お経が僕の背後から聴こえている。僕は今、斎場にいる。勤め先の「先輩」が急死し、葬儀の手伝いを命じられた。受付で会葬者から香典を預かり、名簿に記入をお願いしている。


 30代を前にして入ったこの会社は、極めて小さな「ムラ社会」だ。一般的には名前の知られた住宅メーカー「四ツ谷ホーム」で、僕は営繕業務を行なっている。CM展開をするほどの会社なので、外で勤務先を答えると、大抵の人は「大手勤務」という認識のようだ。


 社長は経済誌にインタビュー記事が掲載されることもある。コンプライアンス遵守やハラスメント対策、社員教育の徹底などを謳い、模範企業としてリードすると大々的に掲げている。


 しかし、表と裏があるように、全ての部署にその立派な取り組みが広まっていれば良い。残念ながら、僕のいる部署はまさにその「裏」である。


 50人で構成される営繕部は、技術的には腕利き揃いだ。その分「この人でなければ出来ない」という仕事は殆どない。呼ばれれば顧客のもとに出向き、必要な作業を行う。誰もが出来る作業がほとんどだ。


 しかし小さな「ムラ社会」では、村長のごとく、出しゃばりたい人たちがいる事は確かだ。ここでは、仕事における個々の技量に差がない分、在職年数が唯一、個々の差となる。従って、「小さな村長」たちは、年次の若い社員を集めては、自分の承認欲求を高めようとする。


「おい、この件はお前が客の対応しろ。その間に俺が作業しておくから」


 顧客から、雨漏りの連絡が入った。施工ミスであり、謝罪しなければならない。僕は自称「先輩」の広田と顧客のもとに出向いた。


「5年で雨漏りするなんて、どんな工事してるんだよ」


 ごもっとも。責任者も出向かず、二人で赴いたのに、一人はさっさと作業に逃げてしまう。私が客でも怒るだろう。


「施工ミスの前に、当社の体制にだ」


 こうして、謝る機会を沢山仰せ使ったので、おかげさまで私は当社で一番頭を下げているだろう。


「まずは謝り方から学ぶんだよ。俺たちの頃はな…」


 出た出た、「俺たちの頃は」。だから何なのだろう。散々自分たちも頭を下げてきた。だから、若手も同じ事をしろ、と。


 僕は謝罪が嫌なんじゃない。顧客に対して詫びる時は、社長の代わりに当社を代表しているつもりだ。だが、それに対して向き合わない自称「先輩」方が嫌いなだけだ。


 この広田のような連中は、他にもいる。

社に戻れば、顧客の悪口ばかりを飽きもせずに言い続けている。


 ある時、僕より三年先輩の沢井さんが休んだ。喘息を患っており、時々発作が出るようだ。沢井さんは、最初に僕に仕事を教えてくれた人だ。


 沢井さんが休んでいる時、先輩連中は沢井さんを徹底的に貶していた。


「体調不良位で休みやがってよ」


「あいつが休むせいで、余計な仕事させられたよ」


 このザマだ。沢井さんが休んだ事で、他のメンバーの藤田さんが仕事をカバーしたのは事実だ。しかし、藤田さんは何も言わなかった。


「沢井さん、いつも仕事の進捗状況を共有してくれているから、特に問題ないんだよ」


 百歩譲って、藤田さんが文句を言うならまだ分かる。文句を言っている連中は、沢井さんとは別の業務を行っており、直接的にも間接的にも迷惑などかかっていないのだ。


 誰かの悪口を言っていないと、死んでしまうのだろうか。僕は、病気で休んだ沢井さんが不憫でならない。


「沢井の野郎、死んでも出てこいよ」


 三人集まれば、すぐに始まる他人の悪口。同僚同士で貶し合って、何が面白いのか。


「あいつは生産性のない事ばかりやっているんだよな」


 他人を貶す事の方が、僕には生産性があるとは思えなかった。


 しかし、面白いこともある。この三人は一人が抜けると、残り二人でその一人の悪口を言い出す。


 この三人をABCに置き換えると、AB、AC、BCでも、結局悪口と貶し合いが始まるのだ。彼らにとって他人の悪口は、きっと生きていく上での酸素なのかもしれない。


 今日の通夜は、その三人衆の一人が亡くなったのだ。罵詈雑言の筆頭格の様な奴で、僕の同期や後輩は随分辛く当たられた。しかもそれが理由で二人退職している。


「お前、俺の前で勝手なことやってるんじゃねぇよ」


 彼は僕の上司ではない。従って、指示命令系統は存在しない。しかし、彼の行動理論として、「先輩」だからだ。それは全ての免罪符なのだ。


 自分の人生を、他人の粗探しと批判に明け暮れ、費やした。そこから得たものはなんだったのだろう。そもそも、彼は天国へ行けるのだろうか。三途の川を渡るにも、値切ったり、船がボロいだの、もっと早く漕げだの、批判に明け暮れそうだ。


 地獄に落ちたら落ちたで、閻魔大王の批判が始まりそうだ。


 間もなく出棺となり、彼の親族が棺桶に花を入れている。悪口三人衆から二人組となった彼らも、神妙な顔をして花を入れている。その光景が、僕には滑稽でならない。


 なぜなら、読経の最中、この二人はスマートフォンで競馬中継を注視していたのを、僕は見ていたからだ。


 どうせ二人はこの後、精進落としと称して居酒屋で始めるのだろう…悪口を。


 沢井さんが休んだ事に文句を言っていた彼は、自分が死を迎えた事をどう説明するのだろう。


「死んでなくても出てきてほしくない」


 僕は本気でそう思っていた。


沢井さんに「死んでも出てこい」などと言った挙句、巨大なブーメランが本人に戻ってきた。神様からか、仏様からなのかは分からない。電光石火の早さで、特大の罰を与えられた。


 自転車に乗りながらスマートフォンを見ていた為に、電柱に衝突したのだ。打ち所が悪かったようだ。


 それが、彼の人生の最期だった。


 そしてそれを聞いた時、何の感情もわかなかった。週末の予定の方が、よほど大事だ。


 僕は、自分が立派な事を成し遂げようとか、全ての人に嫌われないように生きようとは思っていない。ただ、他人の批判に終始する生き方だけはしたくない。 


 沢井さんはよく僕に話していた。


「他人の批判をする暇があれば、自分を高める事に時間を使え」


 だから、僕は空いた時間で宅建の勉強を始めた。学びから得られる充実感は貴重だ。僕は、自分の人生の時間を、消化試合にしたくない。 




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