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EP 9

のどかだったダーナ村は、今や阿鼻叫喚の戦場と化していた。

「ギャァァッ!」「グギャァァッ!」

醜悪なゴブリンたちの金切り声が響き渡る。

「野郎共、押せェッ! 畑を踏み荒らしたツケを払わせろ!」

サンガの怒号と共に、村人たちが槍や農具を振るう。前回の予想通り、帝国軍仕込みの彼らは強かった。ゴブリン風情では、一対一ならまず負けない。だが、敵は数に物を言わせて押し寄せてくる。

ルナも最前線の一角で、愛用の弓を構えていた。

「風よ……!」

彼女がそう呟いた瞬間、放たれた矢は風を纏い、凄まじい速度でゴブリンの眉間を貫いた。

「お父さん、右からホブゴブリンが来るわ!」

戦況を冷静に分析し、父を援護するルナ。その姿は、可憐な少女ではなく、一人の凛々しい戦士だった。

一方――。

物語の主人公であるはずの佐須賀良樹は、戦場から遠く離れたココット家の「太陽芋」の倉庫の隅で、芋の袋の陰に隠れてガタガタと震えていた。

「ヒィィィッ……! 無理でござる! 異世界転生補正なんて嘘っぱちでござる! 血と内臓が飛び散る現実ファンタジーなんて、拙者には荷が重すぎるでござる……!」

良樹は眼帯(自作)を外した両目で、必死に女神ルチアナへの呪詛の言葉を吐いていた。

「あのジャージ女神め! 暗黒剣とか魔眼とか、そういう戦闘系スキルを寄越さんかい! 『丼マスター』でどうやってこの地獄を生き残れと言うのでござるか! カツ丼でゴブリンと和解デカダンスできるとでも思っているのかァァッ!」

小心者の本体が中二病の装甲を完全に突き破り、ただの恐怖に支配されていた。

バンッ!!

突然、倉庫の木扉が乱暴に蹴破られた。

「ヒギャァァッ! ご、ごめんなさいでござる! 牛丼アタマ大盛りで許して……!」

良樹は反射的に土下座をかました。

「……何しとんねん、良樹はん。こんな所で」

聞き覚えのあるコテコテの関西弁。

土下座した良樹の視界に入ってきたのは、呆れ果てた顔で見下ろすロードの巨大な顔だった。

「ロ、ロード殿……! よ、良かった、ゴブリンじゃなくて……。いや、あの、これは拙者の『潜伏ステルス』スキルを試して……」

「嘘言いなはれ! 皆、命がけで村を守って戦っていますねんぞ! 自警団長代理(自称聖人)の兄ちゃんが、こんな所で芋に紛れて震えとって良いと思ってますのん!?」

ロードの鋭い牙が、良樹の顔の真横まで近づく。

「怖いでござる! 拙者は死にたくないでござるよ! 拙者はただの大学生でござる! 『たかがメインカメラ』どころか、拙者の本体ライフが刈られてしまうでござる!」

良樹は涙目で本音をぶちまけた。

「情けない……。ラノベの主人公やったら、ここできっちり覚醒してヒロイン救うトコやろ!」

ロードは呆れたように鼻を鳴らした。

「……ええか、良樹はん。外を見てみはれ。あんたを『ヨシキちゃん』言うて優しくしてくれたユキナはんも、教会の診療所で怪我人の手当てに走り回っとる。そして……ルナはんもや」

「え……? ルナたんも?」

良樹が顔を上げる。

「そうや。ルナはんは、あんたを庇って森で戦った時みたいに、今も最前線で弓矢を必死に射っとる。ゴブリンの群れに囲まれそうになりながら、それでも村を守るために、あんたを守るために戦っとるんやで」

「…………」

良樹の脳内に、ルナの笑顔が浮かんだ。

「大丈夫よ! 良樹さん!」「案内しますよ!」

あの優しくて可憐な少女が、今、血生臭い戦場で、あの醜悪なゴブリンたちの刃に晒されている。

(……クソッ)

良樹の中で、小心者としての恐怖と、男としての見栄、そして中二病的な「ヒロインを守る騎士」の妄想が複雑に絡み合い、火花を散らした。

ここで隠れ続ければ、自分は助かるかもしれない。だが、ルナが死んだら? 自分にシチューを食べさせてくれたユキナが、サンガが死んだら?

(……拙者は、宵闇を統べる魔眼の使者ただのオタクでござる。……でも、女の子を死なせて、一生芋の袋の陰で震え続けるなんて……そんな格好悪いエンディング、拙者の美学シナリオには存在せんでござるッ!!!)

「……ロ、ロード殿」

良樹はガタガタと震えながらも、芋の袋を掴んで立ち上がった。

眼帯を再び右目に装着する。小心者の目はまだ泳いでいるが、その奥に微かな光が灯っていた。

「拙者も……拙者も男でござる。我が前に立ち塞がる雑魚モブどもに、拙者の真の恐ろしさを刻んでやるでござる……! 戦ってやるでござるよッ!!」

「よっしゃ! そう来なくっちゃ、兄ちゃん! ワイが見込んだ男や!」

ロードがニシシと笑う。

「ほな、これ使いなはれ」

ロードは口に咥えていた、野盗から奪ったのであろう、錆びてはいるが十分に殺傷能力のある鉄の長剣を良樹の前に放り出した。

「これは……?」

良樹は震える手で剣を拾い上げる。ずしりと重い。牛丼屋のレードルとは、比べ物にならない命の重みを感じる。

「狙うは大将首ボスや! 敵の士気を挫くのが戦の鉄則っちゅうトコやな!」

ロードが広場の中央、ゴブリンたちに指示を出している一際巨大なホブゴブリンを指し示した。

「……大将首? 拙者が? あの化け物を?」

良樹の顔が再び青ざめる。

「む、無理無理無理! ロード殿、拙者は安全な後方から、弓矢とかで『我が闇のダーク・アロー』を放って援護を……」

「何甘いこと言うてんねん! 弓なんて撃ったことないやろ! 兄ちゃんには、ワイという最強の『機動兵器マウント』がおるやろがい!」

ロードは良樹の反論を聞き入れず、とっさに良樹のパーカーの後ろ襟を咥えると、そのままヒョイと自分の背中に担ぎ上げた。

「ちょっ……!? 待て! 待つでござる! ロード殿、拙者はメンタルの準備がまだ……!」

「そんなん、走り出したら終わりますわ! 血の盟約っちゅうトコや! 行くでぇッ!!」

ドドドドドドッ!!!

ロードは咆哮と共に倉庫から飛び出した。

最高時速80キロの衝撃が良樹を襲う。視界を凄まじい速度で流れる戦場の景色。ゴブリンたちの醜悪な顔、村人たちの怒号、飛び散る血、それらが一瞬で背後に過ぎ去っていく。

「ギャアァァッ! ごごご後方支援がぁぁっ! 弓矢で援護をおおぉぉっ!! マチルダさああああぁぁぁんッ!!!(※2回目)」

良樹の悲鳴は風に掻き消され、一人と一匹は、ダーナ村の中心で暴れ回るホブゴブリンの元へ、一直線に突っ込んでいった。

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