EP 6
ロードを引き連れてサンガ宅に戻った良樹とルナ。
庭先で薪割りをしていたサンガは、巨大なジオ・リザードの姿を見るなり、持っていた斧を下ろして目を丸くした。
「おお!? ジオ・リザードじゃないか! 立派な体躯だ。昔は帝国軍でこいつに乗って、最前線の戦場を駆けたものだが……」
懐かしそうに目を細めるサンガ。
すると、ロードが首を掻きながら気怠げに口を開いた。
「そうでっか。おっちゃん、竜騎士様でしたか。そら強おまっせな。その節は我らが同胞がお世話になりやした」
「いやぁ、竜騎士なんて大層なもんじゃ……」
謙遜しかけたサンガの動きが、ピタッと止まる。そして、カクカクと錆びた機械のように首をロードに向けた。
「…………って、喋りやがったあああ!?」
元百人隊長の野太い絶叫が、ダーナ村の空に響き渡った。
「そうなの、お父さん! この子『ロード』って言うのよ。賢竜なんだって!」
ルナが自慢げに胸を張る。
「しゃ、喋るとは珍妙な……。ワシも長いこと軍にいたが、言葉を解するトカゲなど初めて見たぞ」
「トカゲ言うなや。ワテかて好きで喋っとるわけやのうてな。……それよりおっちゃん、これ外してくれまへんか?」
ロードが首元に食い込んだ『呪いの首輪』を見せる。
事情を聞いたサンガは、顔つきを歴戦の戦士のものへと変え、太い指で顎を撫でた。
「なるほど、ドワーフの闇市に流れる奴隷首輪か。……よし、ロード。そこを動くなよ」
サンガはスッと大斧を上段に構えた。その瞬間、斧の刃に凄まじい密度の『闘気』がバチバチと集束していく。
「えっ、ちょ、おっちゃん!? まさかそれで……」
ロードが青ざめた顔で後ずさろうとした瞬間。
「チェストォォォォッ!!」
空気を裂く轟音と共に、サンガの闘気を纏った大斧がロードの首元に向かって振り下ろされた。
ガァンッ!! という金属が弾け飛ぶ音が響き、赤黒い呪いの首輪が見事に真っ二つに砕け散った。ロードの首には、傷一つ、いや、鱗一枚すら傷ついていない。サンガの神業的な闘気コントロールの賜物である。
「ヒィィィッ!? ら、乱暴でしたな! マジで首が飛ぶかと思いましたがな!!」
腰を抜かして地面にへたり込むロード。
「ガハハハ! 細かい事は言いっこ無しだ! これで自由の身だな!」
豪快に笑い飛ばすサンガ。
その傍らで、良樹の脳内には歓喜のシステム音声が鳴り響いていた。
【システム:奴隷魔獣の解放、および村の脅威排除への貢献を確認。善行ポイントを1000p加算します】
(キ、キタァァァッ! 一気に1000ポイント! これで牛丼10杯分でござる!!)
良樹は心の中でガッツポーズを決めた。
「それでね、お父さん! お母さん!」
興奮冷めやらぬルナが、家から出てきたユキナの手を引いて声を上げた。
「さっき広場で、ヨシキさんが『スキル』を発動したの! すごく良い匂いの食べ物を出したのよ!」
「まぁ、本当!?」
ユキナがパッと両手を合わせる。
「是非、見たいな。ヨシキ君、頼めるか?」
サンガも期待に満ちた目を向けてきた。
(フフフ……時は満ちた。今こそ、我が魔眼の真の力を見せつける時!)
良樹はコホンと咳払いすると、庭の真ん中に立ち、無駄にキレのある小躍り(謎のステップ)を踏みながら呪文を詠唱し始めた。
「よろしい! しかと見届けたまえ、拙者の真の力を! ……神と魔の血の盟約により、我が前へと顕現せし、悠久の時を越えし丼の御霊よ……我、宵闇を統べる魔眼の使者としてここに命ず……!」
「長いがな!!」
すかさずロードの太い尻尾が良樹の膝裏にクリーンヒットした。
「そんな呪文はええから! 腹減っとるんや、はよ出さんかい!!」
「むっ!? わ、分かったでござるよ!」
良樹は慌てて体勢を立て直し、右手を天に突き上げた。
「我が前へと顕現せよ! 『丼マスター』あああぁぁッ!!」
ポンッ、ポンッ、ポンッ! とリズミカルな音と共に、食卓の上に熱気を帯びた5つの器が出現した。
黄金色に輝くサクサクのトンカツ。それを優しく包み込む、半熟のトロトロ卵と甘辛いタレの染みた玉ねぎ。立ち昇る出汁の香りが、ココット家の庭を暴力的なまでに支配した。
「「おおおぉぉ……!」」
サンガとユキナから、感嘆のどよめきが漏れる。
「さぁ、並べるでござるよ! 日本の作法に従って、みんなで手を合わせるでござる!」
良樹がホクホク顔でカツ丼を配る。
「「「「いただきま〜す!!」」」」
全員で一斉に箸(ロードはスプーンのような木べら)をつけ、カツ丼をかき込む。
「んんっ……美味しいいいいっ!」
ルナが両手で頬を押さえ、目をキラキラと輝かせた。
「お肉が信じられないくらい柔らかくて、この甘い汁がご飯(米麦草)に染み込んでて……噛むたびに幸せが溢れてくるわ!」
「こりゃあ……たまらんな!!」
サンガは顔を真っ赤にしてカツを噛みちぎる。
「シープピッグの肉に似ているが、もっと脂が上品だ! 何より、この衣というヤツに味が染み込んでいて、いくらでも腹に入りそうだぞ!」
「本当に美味しいわ。この茶色いお汁……お醤油とお砂糖の絶妙な配合ね。私、お料理の常識が変わってしまいそう」
ユキナもふうふうと息を吹きかけながら、上品に、しかし確かなスピードで箸を進めている。
「これやこれ! この味や! ワイはこれが食いたかったんやぁぁ!」
ロードに至っては、器に顔を突っ込んで泣きながら食べている。
そして良樹は、熱々のカツ丼を口いっぱいに頬張りながら、深夜のコンビニバイト明けに食べたあの味を噛み締めていた。
(美味い……! 異世界で食べる日本のカツ丼、五臓六腑に染み渡るでござる……!)
「うむ! カツ丼は最高に旨い!!」
異世界の辺境の村で、謎の青年と喋るトカゲ、そして最強の自警団長一家が、日本のソウルフードに完全に胃袋を掴まれた瞬間であった。




