EP 5
「賢竜……?」
空っぽになった丼ぶりが、役目を終えたかのように光の粒子となってフワリと消えていくのを見つめながら、良樹は首を傾げた。
「数千頭に一頭の天才竜が、何だってまた、あんなチンピラみたいな行商人の下で荷馬車みたいな真似をしてたんでござるか? 逃げようと思えばいつでも逃げられたでござろうに」
良樹の素朴な疑問に、ジオ・リザードは短く鼻を鳴らすと、太い首元を前足で指し示した。
そこには、赤黒い不気味な紋様が刻まれた、分厚い鉄の首輪が食い込むように嵌められていた。
「これやこれ。ドワーフの闇市で出回っとる『隷属の呪い首輪』ですわ。これのせいで、主人として登録されたあの糞商人に反抗できんかったんや」
ジオ・リザードは忌々しそうに首輪をガリッと掻いた。
「まぁ、あの糞商人を不意打ちでブチ殺す事くらいは、ワテの脚力と顎なら造作もなかったんやけどな。でも、それやっちゃうと『人間を襲った凶悪な魔獣』として、冒険者ギルドや帝国軍から討伐隊を向けられて、面倒な事になりますさかいな。賢竜として、ここは一つ大人しく耐え忍んでたんすわ」
「な、なるほど……。理不尽なパワハラ上司に耐える、現代のサラリーマンのような悲哀を感じるでござる……」
深夜の牛丼屋で理不尽なクレームに耐え続けた良樹は、思わずジオ・リザードの肩(前脚の付け根)に同情の手を置いた。種族を越えた、労働者としての熱い連帯感が芽生えた瞬間だった。
「まぁ、そうなの? その首輪、ずっと痛かったでしょうに。可哀想ね……」
ルナが痛ましそうに眉を下げ、首輪の縁をそっと撫でた。
「ねぇ、ヨシキさん。この首輪、お父さんなら外せるかもしれないわ。お父さんの『闘気』を込めた斧なら、呪いの魔導具ごと叩き割れるって聞いたことがあるもの!」
「ほんまかいな! それは助かりますわ!」
ジオ・リザードの黄色い爬虫類の目が、パァッと輝いた。
「そや! ちょうどええ機会やし、ヨシキはん。ワテを助けてくれた(そして絶品のカツ丼を食わせてくれた)恩人として、ワテに新しい名前を付けてくれやし! あの糞商人はワテの事を『駄馬』だの『トカゲ』だのとしか呼ばんかったさかいな」
「ナニィ!? 拙者が、名付け親に!?」
良樹の中二病魂に、再び盛大な火が点いた。
伝説の賢竜との契約。真の相棒との出会い。これは異世界ファンタジーにおける超重要イベントである。
良樹は腕を組み、右目で天を仰ぎ、壮大な宇宙を感じるポーズをとった。
「む? そうか? フッ……良かろう。我が暗黒の魔眼が見据える、お前の真の魂の名を刻んでやろう!」
良樹はビシィッ! とジオ・リザードを指差した。
「今日からお前の名は……**『シャイニング・インフェルノ・アルティメット・ロード』**だ!! 光と炎と究極を統べる王として、我が覇道に付き従うが良い!!」
「…………」
「…………」
広場に、秋の涼しい風が吹き抜けた。
ルナはポカンと口を開け、ジオ・リザードはジト目で良樹を見下ろした。
「……長いわ!!」
バシンッ! と、ジオ・リザードの太い尻尾が良樹の脚にクリティカルヒットした。
「痛っ!? 何をするでござるか!」
「何がシャイニングやねん! ワテ、火炎吐息は吐けるけど、光ってもないし究極でもおまへんわ! そもそも長いねん! 呼ぶ時に舌噛むやろ!」
関西弁のトカゲによる、的確かつ容赦のないツッコミ。
良樹は涙目で脚をさすりながら抗議した。
「えぇ〜!? かっこいいじゃないか! じゃあ、妥協して『インフェルノ・ロード』……」
「『ロード』でよろしいおます」
ジオ・リザードは良樹の言葉をバッサリと斬り捨てた。
「む? そうか? ……じゃあ、よろしくな、ロード」
「はいな。よろしゅう頼んますわ、ヨシキはん。これでワテらは一蓮托生っちゅうこっちゃな」
ニシシと笑うように牙を剥き出しにするロード。
異世界転移して二日目。良樹はついに「ポイントゼロの丼マスター」から、「喋るトカゲ(ツッコミ役)を連れたポイントゼロの丼マスター」へとクラスチェンジを果たしたのだった。
「ふふっ。ヨシキさんとロード、なんだか漫才コンビみたいで面白いわね。さっ、お父さんのところへ戻りましょ!」
ルナがコロコロと笑いながら先導する。
こうして一人と一匹と一人は、ロードの忌まわしい首輪を外すため、そして何より良樹が「次こそは自分が牛丼を食べるためのポイントを稼ぐ」べく、サンガの待つ家へと歩き出したのである。




