EP 4
翌朝。ダーナ村の澄んだ空気が、良樹の肺を満たしていた。
「まぁ、何だ。ヨシキ君。君は大事な娘を助けてくれた恩人だ。行く当てがないのなら、しばらくウチでゆっくりすると良い」
朝食の太陽芋のシチューを平らげたサンガが、豪快に笑いながら肩を叩いてくれた。
「あ、ありがとうございまする、サンガ殿……!」
良樹は牛丼屋の店長(優しい時)に対するような、完璧な愛想笑いと最敬礼で応えた。命の保証と寝床が確保できたことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。
「ねぇねぇ、ヨシキさん! ダーナ村を案内しますよ。行きましょ!」
エプロンを外したルナが、弾むような声で誘ってきた。
「おお、助かるでござる、ルナ殿」
「その『ルナ殿』ってやめてよね。なんか堅苦しいし」
「分かったでござる、ルナたん」
「う〜ん……まぁ、いっか。ヨシキさん、ちょっと変だけど悪い人じゃないし」
呆れ半分、諦め半分のルナに連れられ、良樹はダーナ村の散歩へと繰り出した。
「のどかな所でござるな……」
見渡す限りの太陽芋の畑。遠くに見える山々。空気が美味い。深夜の排気ガスとネオンサインに塗れた日本の景色とは大違いだ。
「うん。田舎すぎるけどね」
ルナが苦笑いした、その時だった。
『このポンコツ! さっきから言う事を聞きやしねぇ!』
村の広場の方から、男の怒声と、ドスッという鈍い音が聞こえてきた。
良樹たちが駆けつけると、そこには荷馬車代わりに使われている二足歩行の巨大なトカゲ――ジオ・リザードと、それを乱暴に蹴りつける行商人の姿があった。
「グゥルル……」
ジオ・リザードは足に怪我をしているらしく、痛みに耐えるように低く唸ってうずくまっている。
「チッ、使えねぇグズが。こんな所で動けなくなるくらいなら、いっそここで肉にして始末した方が金になるな」
行商人が、ギラリと光る解体用のナイフを取り出した。
「やめて下さい! なんて酷い事をするんですか!?」
ルナがたまらず飛び出し、ジオ・リザードを庇うように立ち塞がった。
「な、なんやあんたら? こいつは俺が金出して買った俺の所有物だ! どうしようが俺の勝手だろ!」
「勝手なわけないでしょ! この子は怪我をしてるんです!」
行商人がルナを突き飛ばそうとした瞬間、良樹がスッと二人の間に入り込んだ。(サンガのような本物の殺気を持たない相手なら、良樹もそこまでビビらないのだ)
「ふむ……脚の斬り傷か。ルナたん、さっき貰ったあれ、使うでござるよ」
良樹はポケットから、朝ルナに貰っていた青々とした**「陽薬草」**を取り出し、ジオ・リザードの傷口にペタリと貼り付けた。
すると、太陽の魔力を蓄えた薬草が淡く光り、みるみるうちにジオ・リザードの傷が塞がっていくではないか。
「おい! 何を勝手な事をしてるんや! 薬草代なんか払わねぇぞ!」
「この子は私達が面倒を見ます! あなたはお引き取りを!」
ルナが毅然と言い放つ。騒ぎを聞きつけた村の自警団や屈強な農夫たちが、手に手に農具を持って集まってきた。ダーナ村の結束力は固い。
「チッ……! 厄介払いしてくれるなら手間が省けるぜ。せいぜいトカゲの世話でもしてな!」
多勢に無勢と悟った行商人は、捨て台詞を吐くとそそくさと村から逃げ出していった。
「よし、これで良いでござるよ」
良樹がジオ・リザードの頭を撫でてやった、その瞬間。
【システム:ジオ・リザードの救護・治療を確認。善行ポイントを100p加算します】
良樹の脳内に、あの無機質なウィンドウと気怠い女神のシステム音声が響き渡った。
「ナニィ!? ポ、ポイントが! 100ポイント貯まったでござる!!」
「えっ!? それじゃあ、昨日言ってたスキルが出せるのね! 見せて見せて!」
ルナが目を輝かせてぴょんぴょんと跳ねる。
「フフフ……よろしい。刮目せよ! 血の盟約に従い、我が腹の虫を鎮めるために顕現せよ! 『丼マスター』ああああぁぁッ!!」
良樹が右手を天に突き上げると、光の粒子が収束し、ドンッ! という重低音と共に一杯の神々しい器が手元に出現した。
黄金色に輝くサクサクの衣。
甘辛い特製ダシの香りと、とろとろに半熟となった卵の照り。
地球の叡智の結晶――**『カツ丼(100p)』**である!
「おぉぉ! カツ丼が出たでござる! 異世界カツ丼! 圧倒的カロリーの暴力ッ!」
「すっごぉい! ヨシキさん! なにこれ、すっごくいい匂い……!」
あまりのダシの香りに、ルナもゴクリと喉を鳴らす。
良樹が箸を割り、「さぁ、まずは拙者が毒見を……」とカツ切れを口に運ぼうとした、その時。
バクゥッ!!!
横から巨大な顎が伸びてきたかと思うと、器の中身ごと、黄金色のカツ丼が綺麗に消え去っていた。
「…………え?」
良樹が呆然と横を見ると、先ほどまでうずくまっていたジオ・リザードが、モチャモチャと口を動かしながら至福の表情を浮かべていた。
「ちょっ……お前! 拙者のカツ丼! 異世界記念すべき初陣の、汗水(おもに薬草)流して手に入れたカツ丼をぉぉ!」
「いやぁ、美味しゅうございますな! なんやこの食べ物は! 衣のサクサク感と、甘辛い汁の染みた米のハーモニーが堪らんですわ!」
「「…………喋ったああああぁぁッ!?」」
良樹とルナの声が、ダーナ村の広場に見事にハモった。
「喋りますがな。これでも数千頭に一頭の天才、**『賢竜』**の端くれなんでね。いやしかし、さっきの『カツドン』? あれは魔界の珍味もひれ伏す美味さでんなぁ!」
「か、関西弁……! 異世界ファンタジーなのに、コテコテの関西弁のトカゲでござるか!?」
良樹は空になったどんぶりを握りしめながら、ツッコミのあまり膝から崩れ落ちた。




