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EP 20

帝都の喧騒から遠く離れた、名もなき深い山奥。

鬱蒼と茂る木々に囲まれた人けのない斜面で、良樹は一人、額に大粒の汗を浮かべながら、スコップで黙々と土を掘り起こしていた。

「ふんっ……! ふんっ……! ここまで掘れば、さすがのオークやコボルトでも掘り返すことはないでござるな」

良樹は、魔法ポーチの奥底から、油紙で厳重に何重にも包んだ黒い塊――『グロック19』を取り出した。

異世界に持ち込まれた現代の凶器。これを帝国の魔法研究所に渡せば、世界のパワーバランスが崩壊し、取り返しのつかない戦争が起きるかもしれない。そんな特大の爆弾を、小心者の良樹が持ち歩き続けることなど到底不可能だった。

「さらばでござる、現代文明の徒花よ。この剣と魔法の世界には、お前のような効率的すぎる殺意は不要なのでござる……アーメン」

良樹は、地球の方向たぶんに向かって十字を切り、深く掘った穴の底へ油紙の包みをそっと安置した。そして、祈るような手つきで土を被せ、上から大きな石を幾つも積み上げて、完全なる封印を施したのである。

「よし……! これで、拙者の胃痛の種が一つ減ったでござるよ!」

良樹は泥だらけの手をパンパンと払い、安堵の息を長く吐き出した。これで、リリアーナの厄介な落とし物問題は解決だ。

それから数日後。

厄介事を山に埋めてスッキリした良樹たちは、いつものように、昼は冒険者ギルドの依頼(モウラたちの蹂躙劇)、夜は『丼亭よしき』の営業という、多忙極まるルーティーンをこなしていた。

帝都の冒険者ギルド。

ちょうど昼休憩の時間、一行はギルド併設の酒場で、良樹がポイントで召喚した大量の唐揚げ(特製レモン添え)を囲んで談笑していた。

「んん〜っ! ヨシキはんの唐揚げは、いつ食うてもこの衣のサクサク感と肉汁がたまらんなぁ!」

ロードが、大皿の唐揚げを三つまとめて尻尾で弾き飛ばし、見事な空中キャッチで丸呑みする。

「ああ。これにエールを流し込めば、午後の依頼も百人力だぜ!」

モウラも、巨大なジョッキを片手に豪快に笑う。

良樹は、疲労のクマがうっすらと浮かぶ目で、仲間たちの食べっぷりを満足げに眺めていた。相変わらずの社畜生活だが、グロックの重圧から解放された分、心は幾分か軽い。

その時だった。

「た、大変だぁぁーーッ!!」

ギルドの重厚な両開きの扉がバンッ! と乱暴に蹴破られ、血相を変えた帝国の伝令兵が転がり込んできた。

彼の鎧はひどく凹み、煤と土埃にまみれ、まるで激しい戦闘から命からがら逃げ延びてきたような有様だ。

「こ、ここに……! 先日、セレス湖の水竜ウォーター・ドラゴンを討伐したと言われる、凄腕の猛者たちが居られるとか!?」

伝令兵は、酒場にいる冒険者たちを必死の形相で見回し、声を張り上げた。

「ん?」

唐揚げにレモンを絞ろうとしていた良樹が、ピクッと手を止める。

「拙者たちの事でござるか?」

良樹の声に反応し、伝令兵が弾かれたように振り返った。

そして、良樹たち一行(特に威圧感のあるモウラとロード)を見るなり、ガクンと膝をついて床に手をついた。

「何ですの? せっかくの昼休憩やのに、騒々しいでんなぁ」

ロードが、不機嫌そうに鼻からプスッと煙を吹く。

「ど、どうか……! お力をお貸しくださいッ!!」

伝令兵は、床に額を擦りつけるほどの勢いで叫んだ。

「帝都の北、黒鉄連峰の山に……突如として、最悪の災厄――『古竜エンシェント・ドラゴン』が出没したのですッ!!」

「えっ……」

良樹の左目が、信じられないものを見るように見開かれた。

「古竜だと!?」

ギルド内の他の冒険者たちも、一斉に息を呑んで静まり返る。

水竜すら災害指定だが、古竜となれば話の次元が違う。国を一つ滅ぼしかねない、神話クラスの化け物だ。

「すでに、急行した帝国騎士団の精鋭部隊は、圧倒的な炎のブレスの前に為す術もなく……壊滅状態にあります。防衛線が突破されれば、帝都が火の海になるのは時間の問題です!」

伝令兵の声が恐怖で裏返る。

「皇帝陛下は、もしこの災厄を討ち果たす者がいれば……『望む物は、爵位でも領地でも、財宝でも何でもやる』と勅命を下されましたッ!」

「皇帝陛下が、何でも……!?」

モウラの褐色の肌に、ゾクゾクと戦意の鳥肌が立つ。

「つまり、その古竜ってヤツを倒せば、一生遊んで暮らせる大英雄ってことか!」

「わぁ……! ドラゴン退治で、しかも国を救う英雄なんて、おとぎ話みたい! 夢があるわぁ!」

ルナが両手を組み合わせ、目をキラキラと輝かせて良樹の腕をガシッと掴んだ。

「ねぇねぇヨシキさん! 行きましょうよ! 私たちの力(と丼)なら、きっとどうにかなるわ!」

「そ、そそそ、そんな……!?」

良樹は、ルナの無邪気すぎる提案に、全身の血の気が引くのを感じた。

「大根を買いに行くように、ドラゴン退治を提案しないでほしいでござるよ!? 水竜の時はワサビで奇跡が起きただけで……古竜なんて、拙者の『丼マスター』のバリエーションでどうにかなる相手じゃないでござるぅぅ!!」

良樹が、全力で首を横に振って拒絶しようとした、その時。

「お願いします、勇者様ッ!!!」

伝令兵が、良樹の足首にガシッとすがりつき、涙ながらに懇願した。

「どうか、帝国の……いや、この大陸の民を救ってください! あなた様の持つという『緑の猛毒ワサビのこと』の噂は聞いております! その暗黒の御手で、どうか古竜を……!!」

「ゆ、勇者……様……?」

ピタッ。

良樹の動きが、完全に停止した。

(ゆ、勇者……。なんという、魅惑的な響き……。これまでの、深夜の牛丼屋のバイトリーダーや、異世界での怪我人の包帯巻き係、屋台のワンオペおじさんとは違う……国を救う、真なる『勇者』……!)

良樹の脳内に、再び特撮ヒーローや王道RPGのファンファーレが鳴り響き始めた。

小心者の本能と、中二病のロマンが、激しく火花を散らす。

「ヨシキはん、顔が緩んどるで」

ロードが呆れたように尻尾を振る。

「…………」

良樹は、足元ですがりつく伝令兵を見下ろし、そして、期待に満ちた瞳で自分を見つめるルナ、武者震いするモウラ、鼻息を荒くするロードを見渡した。

(ええい、ままよ! 拙者には、ドンガフ殿から貰ったロマン砲(竜撃砲)もあるでござる! ここは一つ、男を見せる時でござるな!)

良樹は、白エプロンをバサァッと翻し、中二病の眼帯をスッと押し上げ、極めて尊大な態度で、ゆっくりと顎を引いた。

「フッ……。良かろう」

「ヨシキさん!」

「おおおっ……!!」

「この『宵闇の魔眼』を持つ、佐須賀良樹の出番というわけでござるな。……案ずるな、帝国の民よ。古竜だろうが何だろうが、拙者の究極の力(と最強の仲間たち)に任せるが良いでござる!!」

酒場に、歓喜のどよめきが巻き起こった。

かくして。

現代兵器を山に埋めて平和を望んだはずの良樹は、自らの中二病と「勇者」という称号の甘い響きに誘惑され、この異世界において最大最強の試練――『古竜討伐』へと、堂々と(内心は超ビビりながら)足を踏み出すことになったのである。

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