EP 18
帝都ルミナスの夜。
大通りの中央広場に陣取った『丼亭よしき』は、今日もすさまじい熱気と出汁の香りに包まれていた。
「へいお待ち! 特盛カツ丼一丁! ロード殿、そっちのテーブルの片付けを頼むでござる!」
「はいな! 任しとき!」
良樹が額の汗を拭いながら次々と客を捌き、モウラが凄まじい威圧感で酔っ払いの列を整え、ルナが笑顔でルチアナ円(現金)を回収していく。帝都での営業もすっかり板につき、良樹の社畜スキルは異世界でも遺憾なく発揮されていた。
そんな喧騒の中、屋台の暖簾をそっとくぐる、場違いなほどに優雅な人影があった。
深いフード付きの外套を羽織ってはいるものの、隠しきれない豊満なプロポーションと、そこはかとなく漂う高級な薔薇の香水。
「いらっしゃいでござる、リリアーナたん!」
良樹は、一目でその正体に気づき、パッと顔を輝かせた。
「ふふっ……ヨシキ様、こんばんは。お忙しいところ、お邪魔してしまってごめんなさいね」
フードを少しだけ下ろし、リリアーナが艶やかな微笑みを浮かべる。お忍びでやってきた伯爵令嬢は、カウンターの一番端、良樹の目の前の特等席に静かに腰を下ろした。
「注文は何にするでござるか? 今日はスタミナ満点の豚丼もおすすめでござるよ」
「そうですね……では、あの優しいお味が忘れられなくて。親子丼をお願いできますか?」
リリアーナが、少しだけ疲れたような、しかし嬉しそうな声で答える。
「かしこまったでござる! 麗しき淑女に捧ぐ、黄金の極彩……我が前に顕現せよ! 丼マスターああああッ!!」
カッ! とカウンターの上が光り、熱々の『親子丼』が出現した。
フワフワの卵と、出汁をたっぷり吸い込んだ柔らかな鶏肉。三つ葉の香りが、屋台の脂っこい空気を一瞬で上品に塗り替える。
「いただきますわ」
リリアーナは銀の匙を持ち、小さく口を開けて親子丼を頬張った。
「んっ……まぁ、美味しいですわぁ……。やっぱり、ヨシキ様のお料理をいただくと、心がホッとほどけていくのが分かります」
幸せそうに目を細め、桜色の唇を綻ばせるリリアーナ。
しかし、その美しい横顔を横で見ていたルナが、ふと心配そうに眉を寄せた。
「どうしたんですか? リリアーナ様。……なんだか、いつもより元気がないというか、何か悩み事でも?」
ルナの言葉に、良樹も手を止めてリリアーナを見つめた。
「む? リリアーナたん、確かに……少し顔色が優れないようでござる。拙者でよければ、何でも相談に乗るでござるよ?」
良樹とルナの気遣いに、リリアーナは匙を置き、小さくため息をついた。
その豊かな胸元が、ふうっと重たげに上下する。
「……実は、私のスキル『ランダムボックス』から、今日……奇妙なものが出てきたんですの」
「奇妙なもの、でござるか? 以前見せてくれたミニ四駆のボディのような、ただのガラクタではないのでござるか?」
良樹が首を傾げる。
「ええ。私も最初はガラクタだと思ったのですが……ヨシキ様に教えていただいたあのドワーフの鍛冶師、ドンガフのところに持ち込んで相談してみたのです。そうしたら……彼が顔色を変えてしまって」
リリアーナは周囲の客に気づかれないよう、外套の内側から「それ」をそっと取り出し、カウンターの下で良樹たちに見せた。
鈍い光を放つ、漆黒の金属と硬質な樹脂で構成された、L字型の無骨な物体。
魔石もルーン文字も刻まれていない、極めて無機質で、冷徹な機能美だけを追求したそのフォルム。
「こ、これは……ッ!?」
良樹の唯一の左目が、限界まで見開かれた。
眼帯の下の右目まで飛び出さんばかりの衝撃が、彼の全身を貫いた。
間違いない。映画やゲーム、あるいはサバイバルゲームの知識で、地球の現代日本に生きる男子なら誰もが知っているフォルム。
オーストリア製の自動拳銃――『グロック17』の、しかもどう見ても実銃だった。
(ななな、なんで異世界の伯爵令嬢のランダムボックスから、現代の傑作ハンドガンがドロップしてるんでござるかァァァッ!? ミニ四駆から急に殺傷能力のインフレが凄まじすぎるでござる!!)
良樹が内心でパニックに陥っていることなど露知らず、リリアーナは不安げに言葉を続けた。
「ドンガフが言うには、構造は全く理解できないが、恐ろしく緻密に計算された『魔砲の一種』ではないかと。……ヨシキ様が持っている『竜撃砲』を、極限まで小型化させたような恐ろしい暗器(武器)かもしれない、と……」
「ま、魔砲……」
良樹は乾いた笑いを漏らしそうになった。ある意味では正解だ。魔力ではなく火薬の力で、竜の鱗は抜けなくても人間の頭蓋骨なら一瞬で撃ち抜ける、紛れもない凶器である。
「いつもなら、ランダムボックスから出たものはルミナス帝国の魔法技術研究所に売却しているのですが……」
リリアーナは、グロック17を握る手を微かに震わせた。
「もしこれが、ドンガフの言う通り恐ろしい威力を秘めた兵器だとしたら。これほどの物を、野心に満ちた帝国の研究所に渡して良いものかと……。私のこの役立たずなスキルが、恐ろしい戦争の火種になってしまうのではないかと、怖くなってしまって……」
リリアーナは、助けを求めるような、潤んだ瞳で良樹を見つめ上げてきた。
その震える肩を抱きしめてやりたい衝動に駆られながらも、良樹の脳内では緊急事態のサイレンが鳴り響いていた。
(帝国の研究機関に現代の銃火器を渡す!? 絶対にダメでござる!! もし構造を解析されて『量産型グロック・ファンタジーエディション』なんて物が帝国軍に配備されたら、剣と魔法の世界のパワーバランスが完全に崩壊してしまうでござるよ!!)
「ヨシキさん……これ、どう思う?」
ルナも、グロックから放たれる異質な冷たさを本能で感じ取ったのか、不安そうに良樹の袖を引いた。
良樹はゴクリと唾を飲み込み、中二病の眼帯をスッと押さえ、極めて真剣な表情を作った。
「……リリアーナ殿の直感は、正しいでござる。それは、決して帝国の連中に渡してはならない『禁忌の遺物』でござるよ」
良樹の重々しい言葉に、リリアーナがハッと息を呑む。
「では、やはり……!」
「ええ。拙者の『魔眼』が、その漆黒の鉄塊から放たれる恐ろしい呪い(硝煙の匂い)を視取っているでござる。……リリアーナ殿、その危険な代物は、この拙者が一時的に『封印(お預かり)』してもよろしいでござるか?」
良樹は、震える手を伸ばし、異世界に迷い込んだ現代の凶器を、そっとリリアーナの手から受け取ったのだった。




