EP 16
翌朝。
良樹は、一人で帝都の入り組んだ路地裏を歩いていた。
ルナたちは冒険者ギルドへ、良樹はリドガー医院へ向かう……という毎日のルーティーンを抜け出し、リリアーナに渡された羊皮紙の地図だけを頼りに、薄暗い裏通りを進む。
周囲には鍛冶の槌音と、鉄が焼ける匂いが充満していた。
やがて良樹は、古びた木製の看板に『ドンガフ魔工鍛冶』と無骨な文字が刻まれた、煤けた工房の前にたどり着いた。
「ご、ごめんくださいでござる……」
良樹が恐る恐る扉を押し開けると、中はむせ返るような熱気と、油と鉄の匂いで満たされていた。
壁には無数の剣や槍、そして見たこともない複雑な歯車仕掛けの部品が所狭しと並べられている。
「なんでい? あんた」
カンッ、カンッ! と響いていた金槌の音が止まり、奥の炉の前から小柄だが岩のようにがっしりとした体格の男が振り返った。
煤にまみれた革のエプロン、顎まで伸びた剛毛の髭。ドワーフ族の魔工鍛冶師、ドンガフである。
「ヒョロガキに売るような、お上品な細工剣は置いてねぇぞ。冷やかしなら帰んな」
ドンガフは、良樹のひ弱な体格(と眼帯)を一瞥するなり、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて顎をしゃくった。
「え、えっと……違うでござる! 拙者はリリアーナ殿から、これを渡すようにと……」
良樹は慌てて懐から、昨夜リリアーナから受け取った紹介状(桜の封蝋がされた手紙)を差し出した。
「あぁ?」
ドンガフは手紙を受け取り、封蝋の印を見るなり、チッと小さく舌打ちをした。
「何だよ、あの変なもん(ランダムボックス)ばっかり持ってくるお嬢ちゃんの所からか。……チッ、なら無碍に追い返すわけにはいかねぇな。あいつの持ってくるガラクタには、いつも世話になってるからな」
ドンガフは手紙を乱暴にエプロンのポケットに突っ込み、腕を組んだ。
「で? 何だ? 何が欲しいんだ? 見たところ、前衛で剣を振るうタマじゃねぇな。逃げ足が速くなる靴でも作ってやろうか?」
「……逃げ足は、もう十分に鍛えられているでござる」
良樹は自虐的な笑みを浮かべ、工房の中を見回した。
「拙者は……拙者でも、強力な魔物と戦える『力』が欲しいのでござる。仲間たちの後ろに隠れているだけの、足手まといを卒業するための武器が……」
良樹の視線が、壁に掛けられた様々な武器を滑っていく。
しかし、どれも良樹の貧弱な腕力では扱えそうにないものばかりだ。
ふと、良樹の視線が、工房の一番奥、埃を被った布が掛けられている「巨大な物体」でピタリと止まった。
布の隙間から、無骨な鋼鉄の砲身と、複雑な機構が覗いている。
良樹は、何かに引き寄せられるようにフラフラと近づき、その布をバサッと払い退けた。
「こ、これは……!!」
良樹の唯一の左目が、驚愕に見開かれた。
そこに鎮座していたのは、良樹の身長ほどの長さがある、巨大な鋼鉄の円筒。後部には排気口のようなスリットがあり、側面には魔力を集積するための美しいクリスタルと、無数の歯車が組み込まれている。
「バズーカ……! いや、ロケットランチャーでござるか!?」
地球の兵器に酷似したその無骨なフォルムに、良樹の中二病の血が激しく沸騰した。
剣も魔法も使えない自分でも、これ(近代兵器のパクリ)なら引き金を引くだけで戦えるのではないか!
「ほぉ……。お前、これの価値が分かるか?」
ドンガフが、驚いたように良樹の横に並んだ。
「そいつは俺の最高傑作にして、最大の失敗作……『竜撃砲』だ。お嬢ちゃん(リリアーナ)が持ってきた奇妙な筒の構造をヒントに、ドワーフの技術の粋を集めて造り上げたんだがな」
ドンガフは、巨大な砲身を愛おしそうに、そして忌々しそうに撫でた。
「威力は凄まじいぞ。周囲のマナを限界まで圧縮して撃ち出す。エルフの軟弱な魔法陣なんか比較にならねぇ、山を一つ吹き飛ばす究極の破壊力だ」
「や、山を……!?」
良樹がゴクリと息を飲む。
「……だがな」
ドンガフの顔が、さらに険しくなった。
「こいつは、実戦には向かない。一発撃つための魔力のチャージに、最低でも『3分以上』かかるんだ。その間、砲手は一歩も動けねぇし、魔力集中のために無防備になる。激しい戦闘の最中に、3分も棒立ちで待ってくれる魔物なんか居ねぇだろ?」
「3分……」
「威力を追求しすぎた結果、使い物にならなくなった失敗品(ロマン兵器)だ。だからこうして、埃を被せて封印してある。……どうする? そんなポンコツ、お前みたいなヒョロガキに扱えるとは思えねぇがな」
ドンガフが、挑発するように鼻で笑った。
しかし。
良樹の瞳には、絶望ではなく、確かな『希望』の光が宿っていた。
(……3分のチャージ時間。普通の冒険者なら、確かに致命的な欠陥でござる。しかし……)
良樹の脳裏に、圧倒的な暴力で前線を蹂躙するモウラ、灼熱の炎で敵を焼き尽くすロード、そして無数の矢で敵を足止めするルナの姿が鮮明に浮かび上がった。
(拙者には……『3分間』どころか、その十倍の時間を稼いでくれる、最強の仲間たちがいるでござる!)
彼らが前線で敵の注意を引きつけ、足止めをしてくれている間。
絶対安全な後方(屋台の陰など)に引きこもりながら、この巨大な砲身にじっくりと魔力をチャージする。そして、仲間たちが作った隙に、極大の超火力をぶち込む。
これこそ、後方支援(社畜)の良樹と、前衛特化の仲間たちが生み出す、完璧なシナジー(戦術)の完成形ではないか!
「……拙者に、贅沢は言えないでござる」
良樹は、竜撃砲の冷たい鋼鉄の砲身にそっと触れた。
「拙者は……弱いでござる。剣も振れない、魔法も使えない。でも……3分間、拙者を信じて守ってくれる仲間がいる。だから、拙者に……これを譲ってほしいでござる!!」
良樹は、深く、深く頭を下げた。
「…………」
ドンガフは、真剣な良樹の目と、埃を被った竜撃砲を交互に見つめ、ふっと息を吐き出した。
「……物好きな奴だ。いいだろう、持っていきな。どうせ俺の工房にあっても、ただの鉄クズだ。……3分も待てるイカれた仲間がいるなら、そいつでエルフ共の度肝を抜いてやりな」
「ありがとう……ありがとうでござる! ドンガフ殿!」
良樹は歓喜の声を上げ、自身の背丈ほどもある重い竜撃砲を、気合を入れて肩に担ぎ上げた。
ズシィッ……! と、肩に食い込む鋼鉄の重み。
しかし、それは良樹にとって、決して苦痛ではなかった。
(これが……拙者の力。ただ丼を出すだけじゃない。拙者も、皆の隣に……皆の戦いの隣に居られる力でござる!)
良樹の右目が、かつてないほどの熱い中二病の炎で輝いていた。
「フハハハ……! 待っているが良いでござる、ルナたん、モウラたん、ロード殿! 拙者の真なる魔眼の力(物理火力)、とくと見せてやるでござるよ!!」
重い竜撃砲を引きずるようにして工房を出て行く良樹の後ろ姿を、ドンガフは腕を組みながら、どこか満足げに見送っていた。




