EP 11
夕暮れ時。
帝都ルミナスの空が茜色に染まる頃、ルナたちは冒険者ギルドでのゴブリン討伐(という名の憂さ晴らし)を終え、良樹が働いているはずの『リドガー医院』へとやってきた。
「ヨシキ〜? いるぅ?」
ルナが医院の木の扉をギィッと押し開け、顔を覗かせる。
すると、待合室の隅で、真っ白だったはずのエプロンを薬草の汁と謎の体液でドロドロに汚し、壁に寄りかかって虚無の表情を浮かべている青年の姿があった。
「ル、ルナたん……!」
良樹はルナの姿を認めた瞬間、枯れ木のような手足をバタつかせながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてすがりついてきた。
「やった……! やっと来てくれたでござる! もう拙者は、このブラックなバイトはごりごりでござるぅ! 一日中、血と膿とリドガー先生の怒号にまみれて、HP(精神力)はマイナスでござるよぉぉ!」
「よしよし、頑張ったわねヨシキさん」
ルナは、泣きすがる良樹の頭をぽんぽんと撫でたが、その瞳の奥には微塵の同情もなかった。
「じゃあ、たっぷり『善行ポイント』も稼げたことだし、本業の『丼亭』を開きましょうな!」
医院の外からひょっこりと顔を出したロードが、無慈悲な宣告を下す。
「……え?」
良樹の動きがピタリと止まる。
「せ、拙者……もうクタクタで……腕も上がらないし、魔眼(体力)も限界で……今日はもう、お風呂に入って寝たいでござる……」
良樹が縋るような目でルナを見上げる。
「もうっ! 甘えちゃ駄目! 私たちだって、ヨシキさんのために(簡単なクエストだったけど)一生懸命働いてきたんだから!」
ルナが両手を腰に当ててぷくっと頬を膨らませた。そして、背後を振り返ってピシッと指を差す。
「モウラさん! お願い!」
「へいへい。任せな」
「ひっ!?」
次の瞬間、良樹の体はフワリと宙に浮いた。
モウラが、片手で良樹のパーカーの首根っこを掴み、そのまま軽々と俵担ぎ(米俵を担ぐように肩に担ぐこと)にしてしまったのだ。
「うわああぁっ! モウラたん! 降ろして! 拙者はもう働きたくないでござるぅぅ!」
「ガハハ! 男がそんなに弱音吐いてどうする! 帝都の連中に、お前の美味い飯を食わせてやるんだろうが!」
モウラは良樹の抗議など全く意に介さず、豪快に笑いながら医院を出て、帝都の繁華街へと歩き出した。
帝都ルミナス、中央広場に続く賑やかな大通り。
そこに、ダーナ村から牽引してきた立派なドワーフ製の屋台がドカッと設置された。
「さぁ、いらっしゃい! いらっしゃい! 『丼亭よしき』の開店だよ! 今日は帝都での初営業! 最高の丼を用意してるわよ!」
ルナが、道行く人々に愛嬌たっぷりの笑顔で呼び込みを始める。銀髪の美少女の甲高い声に、行き交う商人や冒険者たちが足を止める。
「美味しい! 美味しい丼が食べられまっせ! 腹いっぱい食えて、たったの1000円(ルチアナ円)でっせ! 騙されたと思うていっぺん食うてみい!」
ロードも屋台の横に陣取り、太い尻尾をバタンバタンと振って凄まじい勢いで客引きをしている。喋る賢竜の珍しさも手伝って、あっという間に屋台の前には人だかりができ始めた。
「おいおい、客が来たぜ、ヨシキ! シャキッと立って、いつものやつ頼むぜ!」
モウラに屋台の厨房(カウンターの奥)へと放り込まれた良樹は、フラフラと立ち上がった。
(な、なんでござるか……。朝から晩まで血まみれになって働いて、夜は屋台で飯出し(ワンオペ)……。地球のブラック企業すら生温い、この究極の社畜人生はああぁっ!!)
良樹は心の奥底で血の涙を流していた。
しかし、医院での過酷な労働の結晶――頭上のシステムウィンドウに表示された【善行ポイント:9,800p】という莫大な数字と、腹を空かせた客たちの熱気(と、後ろから睨みを利かせるモウラの無言の圧力)が、彼を突き動かした。
「……フッ。よろしい」
良樹は、疲労の限界を超えたことで逆にハイテンションになり、白目を剥きながら右手を天高く突き上げた。
「我が血肉(労働)を代償に……深淵より出でよ……丼マスター……あああぁぁぁッ!!」
カッ!!
屋台の上に光が溢れ、湯気を立てる五つの巨大な器が同時に出現した。
黄金色に輝くサクサクのトンカツと、甘辛い出汁が染み込んだ飴色の玉ねぎ。帝都の夜に、地球のジャンクフードの王様『カツ丼』の暴力的なまでの香りが解き放たれる。
「おおおっ……!? 何だこの食い物は!」
「すげぇいい匂いがするぞ!」
「へい、おまち! カツ丼でござる! 一杯1000円! 代金はそこの看板娘に払うでござるよ!」
良樹がカウンター越しにカツ丼を配ると、受け取った客たちは、疑心暗鬼ながらも箸をつけ……そして、一斉に雷に打たれたように目を見開いた。
「う、うめぇぇぇっ!! 何だこの肉の柔らかさは!」
「この衣ってやつに、甘い汁がジュワッと染み込んでて……飯に最高に合うぜ!」
「こっちも一杯くれ! いや、おかわりだ!!」
「俺は三杯食うぞ!」
帝都の住人たちの胃袋は、瞬く間に『丼亭よしき』のカツ丼の虜となった。
次から次へと客が押し寄せ、千円札(ルチアナ円)が飛ぶように売上箱へと吸い込まれていく。
「フハハハ……食え! もっと食うが良いでござる! 拙者の労働の結晶を、その腹の底まで味わい尽くすでござるよ!」
良樹は、中二病の狂気と過労のハイテンションが混ざり合った謎の笑みを浮かべながら、限界突破のスピードで丼を召喚し続けた。
ルナの笑顔、ロードの客引き、モウラの豪快な笑い声。
そして、過労死寸前の良樹の叫び。
帝都ルミナスの夜は、『丼亭よしき』の熱狂的な大繁盛と共に、深く更けていくのだった。




