EP 9
翌朝。
ふかふかの天蓋付きベッドで極上の目覚めを迎えた良樹たちは、さっそく帝都での行動を開始した。
リリアーナの口利きにより、良樹は帝都の平民街にある医院で、臨時の助手として雇ってもらえることになったのだ。
「頑張ってね! ヨシキさん!」
医院の入り口で、ルナが満面の笑みで両手を振る。
「アタイらは冒険者ギルドで一暴れして、軽く稼いでくるからよ! 夜の『丼亭』の仕込み、頼んだぜ!」
「ぎょうさんポイント稼いでおきなはれや! ほな、また夕方にな!」
モウラとロードも上機嫌で背中を向け、活気に満ちた帝都のメインストリートへと消えていった。
残された良樹がゴクリと生唾を飲み込んで振り返ると、そこには白衣の袖をまくり上げた、筋骨隆々の初老の男が仁王立ちしていた。
リリアーナの知人であり、この医院を一人で切り盛りしている熱血医師・リドガーである。
「さて、ヨシキとやら! リリアーナ様からの紹介とはいえ、私の医院では特別扱いはせんぞ!」
リドガーの太く通った声が、診療所内に響き渡る。
「まずは待合室にいる患者たちの古い包帯を外して、新しいものに替えてくれ! モタモタするなよ!」
「は、はいでござる! 拙者の魔眼(ただの乱視)と慈愛の御手で、迷える子羊たちを癒やすでござるよ!」
良樹は気合を入れるため、いつもの中二病ポーズを決めて白エプロンの紐を強く結び直した。
こうして、良樹の異世界での『医療バイト生活』が幕を開けた。
……しかし、現実は中二病の妄想を遥かに凌駕するほど過酷だった。
帝都の平民街にある医院には、喧嘩で怪我をした荒くれ者や、作業現場で負傷した職人など、次から次へと患者が押し寄せてくる。ダーナ村ののどかな診療所とは、患者の数も怪我のエグさも桁違いだった。
「痛てぇよ! もっと優しく巻けや兄ちゃん!」
「す、すいませんでござる! 我が右手に封じられし暗黒の力が少し暴走を……」
「寝言はいいから早く止血してくれぇ!」
良樹は半泣きになりながら、『陽薬草』をすり潰しては患部に塗りたくり、凄まじい速度で包帯を巻いていく。深夜の牛丼屋のワンオペ夜勤で鍛えられた神速の作業効率だけが、彼を支えていた。
『ピコン。包帯の交換を確認。善行ポイント【3p】加算します』
『ピコン。膿の処理を確認。善行ポイント【5p】加算します』
頭の中で鳴り響く、気怠げな女神のシステム音声。
(つ、つらいでござる……! 村の時よりポイントの単価が下がっている気がするでござるよ! まるで最低賃金のブラック労働でござる……!)
良樹が絶望しかけたその時、背後からリドガーの怒号が飛んできた。
「ほら! 手を止めるなヨシキ! 包帯が終わったら次はこっちのベッドだ! 薬草の調合が粗いぞ!」
リドガーは複数の患者を同時に診察しながら、良樹の動きにも鋭い目を光らせている。
「いいか! 医療とは心だ! 患者にはもっと優しく、慈悲の心を持って接するんだよ! さぁ、次の患者さんをお呼びしろ!」
「ひぃぃぃっ! はいでござるゥゥ!」
休む間もなく叩き込まれる熱血指導。
薬草の青臭い匂いと、血の匂いが入り混じる診療所の中を、良樹はボロ雑巾のように走り回っていた。
「もぉ、嫌ああああッ! なんで異世界に来てまで、こんなピークタイムのワンオペバイトみたいな生活をしなきゃいけないんでござるかぁぁぁっ!」
良樹の悲痛な叫びが、帝都の空に虚しく響く。
華やかな異世界スローライフや、聖人としての優雅な振る舞いなど、どこにもない。
究極の『丼』を召喚し、仲間たちの胃袋を満たすため。善行を積むための現実は、牛丼の特製ダレよりもずっと、しょっぱくて厳しいものだったのである。




