EP 7
王城かと見紛うほどに堅牢で壮麗な白亜の洋館。
よく手入れされた広大な庭園を抜け、良樹たち一行はリリアーナ伯爵の私邸へと足を踏み入れた。
「さぁ、こちらへ」
大理石の床を滑るように歩くリリアーナの背中を、良樹は借りてきた猫のようにカチコチになって追従していた。天井からは巨大なシャンデリアが下がり、壁には金縁の額装が施された絵画がズラリと並んでいる。
(ひ、広いでござる……! そしてこの豪華な調度品の数々! 拙者の住んでいたボロアパートの家賃の何万倍になるのでござるか……!)
案内された応接室で、ふかふかのビロード張りの長椅子に座らされた良樹たち。
リリアーナは正面の豪奢な一人がけの椅子に優雅に腰を下ろすと、傍らに控えていた初老の執事から何かを受け取った。
「まずは、先ほど私の命を救っていただいた御礼ですわ」
リリアーナがテーブルの上に静かに置いたのは、両手で抱えなければならないほど大きく膨らんだ、上質な革の袋だった。
「こ、これは……」
良樹がゴクリと喉を鳴らして袋の口を少しだけ開けると、その中から黄金色の眩い光が溢れ出した。ルミナス帝国の最高額紙幣すら超える、純金製の金貨の山である。
「ひぃぃぃっ! こ、こんなに!?」
良樹は思わず椅子から転げ落ちそうになった。キングクラブの討伐報酬50万円(ルチアナ円)すら大金だったというのに、この金貨の量は桁が二つは違う。一生遊んで暮らせるほどの額だ。
「あら? お気に召しませんでしたか?」
リリアーナが、良樹の反応を見て小首を傾げた。その表情には、本当に不思議だという色が浮かんでいる。
「我が伯爵家の命の値段としては、少々安すぎたかもしれませんわね。……なら、もっと……」
「い、いえいえ! 結構ですわ! 本当に!」
ルナが慌てて身を乗り出し、リリアーナの言葉を遮った。
「こんなに頂いたら、逆に私たちがバチ当たっちゃいます! もう十分すぎるくらい、十分です!」
「そうですか……? 欲のない方々なのですね」
リリアーナは少し残念そうに目を伏せ、ふふっ、と微笑んだ。
「では、ささやかですが、今宵の食事の支度をさせますわね。帝都で一番のシェフを呼んでおりますから、長旅の疲れを癒やしてくださいませ」
「こ、こんなに世話になったら……こっちが悪いでござる!」
良樹が、ガバッと顔を上げた。
金貨を受け取った上に、至れり尽くせりの待遇。小心者の良樹の胃が、申し訳なさでキリキリと痛み始めたのだ。
「これ以上、リリアーナ殿に気を遣わせるわけにはいかないでござる! 今宵の宴は……拙者の『丼』をご馳走するでござるよ!」
良樹が立ち上がり、白エプロンの紐をキュッと結び直す。
「どん……? 丼、とは何ですの?」
リリアーナが目を丸くした。
「待ってましたがなぁ! ヨシキはん!」
ロードが尻尾で床を叩いて歓喜の声を上げる。
「ガハハ! アタイも楽しみだぜ! 帝都の高級料理もいいが、お前のメシには敵わねぇからな!」
モウラも腕を組んで、ニヤリと八重歯を見せた。
「よろしい! 拙者の真なる魔眼の力、伯爵家にて解放するでござる!」
良樹は右目を押さえ、中二病全開のポーズで天を仰いだ。
「星々の輝きよ! 漆黒の夜空で一つになりて、我が前に顕現せよ! 食の真理……丼マスターああああッ!!」
カッ!!
応接室のテーブルの上が、光の粒子に包まれた。
そして、執事の目が点になる中、湯気を立てる四つの豪華な器が出現した。
本日のメニューは、甘辛い出汁の香りが心を落ち着かせる、黄金の輝き――**『親子丼(特上)』**である。
「まぁ……凄い! ヨシキ様も私と同じ、不思議な力(スキル持ち)だったのですね」
リリアーナが、空から現れた料理に目を輝かせた。
「さぁ! 冷めないうちに食すでござる!」
良樹がドヤ顔で器の蓋を取る。
ふわぁ……。
立ち昇る三つ葉と出汁の香りに、リリアーナの細い喉がゴクリと鳴った。
「では……いただきますわ」
リリアーナは銀のスプーンを持ち、上品に一口だけ、鶏肉と卵が絡んだご飯を口に運んだ。
「……んっ……」
リリアーナの美しい瞳が、驚きに見開かれた。
「まぁ! 美味しい……! こんなに柔らかくてジューシーな鶏肉、食べたことがありませんわ! そして、このトロトロの卵が、お醤油の甘いタレと一緒にご飯と完璧に合わさって……口の中でお出汁がじゅわっと溢れますのね!」
上品な伯爵令嬢の仮面が剥がれ落ち、リリアーナはスプーンを動かす手を止められなくなっていた。
「うぅん! ヨシキが出す丼は最高よね!」
ルナも幸せそうに頬を緩め、モウラとロードはすでに半分ほどを秒殺の勢いでかき込んでいる。
「ほんまやで! 滅茶苦茶旨い! 鶏肉の脂がまた堪らんわ!」
「美味しいな! この出汁ってやつ、芋酒にも絶対に合うぜ!」
数分後。
帝都の超高級応接室は、庶民的な出汁の香りに完全に支配され、四つの器は空っぽになっていた。
「ふう……元気、出たでござるか? リリアーナ殿」
良樹が、熱いお茶(これもポイントで召喚したほうじ茶)をリリアーナに差し出しながら、優しく微笑みかけた。
「えっ……?」
リリアーナが、ハッとして良樹の顔を見上げた。
「私……元気が無いように見えたかしら?」
「何となくでござる。馬車の中で『何の取り柄もない』と仰っていた時、とても……寂しそうで。無理に笑っているように見えて、放っておけなかったでござるよ」
良樹は、中二病の演技を少しだけ忘れ、まっすぐな瞳でリリアーナを見つめた。
「…………」
リリアーナは、ほうじ茶の温かい湯気越しに良樹の瞳を見つめ返し、ふっ、と肩の力を抜いた。
「……そうですね。私は『ランダムボックス』という、訳の分からないガラクタしか出ないスキルしか取り柄が無い、出来損ないの当主でしたから……。周りの貴族たちからは、常に陰口を叩かれて、心が休まる暇がありませんでした」
リリアーナはポツリポツリと、心の奥に秘めていた孤独をこぼし始めた。
「でも……ヨシキ様の、この温かくて優しいお味の『丼』を頂いて……なんだか、久しぶりに心の底からホッとしましたわ。本当に、元気が出ました」
リリアーナの艶やかな頬が、お茶の温かさだけではない熱を帯びて、ほんのりと薄紅色に染まっていた。
「良かったでござる!」
良樹がニパッと無邪気に笑う。
その良樹の笑顔と、リリアーナの熱を帯びた視線が交差するのを、ルナは少しだけ唇を尖らせて見つめていた。
(ヨシキさん……また無自覚にフラグを立ててる……。お腹いっぱいになったけど、なんだか胸の奥がモヤモヤするわ)
帝都ルミナスの夜。
伯爵家の豪華な応接室で、良樹の親子丼は、孤独な美女の胃袋だけでなく、その凍てついた心をも優しく溶かし始めていたのだった。




