EP 2
鬱蒼と茂る見知らぬ森の中。
湿った土の匂いと、やけに巨大なシダ植物に囲まれた場所で、佐須賀良樹はゆっくりと目を覚ました。
「……ここは、何処でござるか?」
良樹は自分の服装を見下ろした。深夜のバイト上がりに着ていた、色あせたパーカーとジーンズ。手には……あるはずの牛丼(特盛)のビニール袋がない。
「拙者はネギ玉牛丼を持って帰路に就いていたはず……。うん、これは夢だ。疲れているんでござるな。寝よう」
異世界転移という超常現象を前に、経済学部生としての合理的な判断(現実逃避)を下した良樹は、木の根元に丸まり、再びすやすやと眠り始めた。
――その時だった。
『きゃあああっ! やめて下さいぃっ!』
森の奥から、女性の悲鳴が響き渡った。
「ナニィ!? 悲鳴だと!?」
良樹はガバッと跳ね起きた。
茂みの隙間から覗き込むと、銀色の髪をした美しい少女が、柄の悪い男たち数人に囲まれているではないか。彼女の足元には、採取したばかりらしい青々とした薬草(陽薬草)が散らばっている。
「へっへっ、こんな所で何してんだよ、姉ちゃん」
「俺達と楽しい事をしようぜ」
典型的な三下ムーブをかます野盗たち。
それを見た良樹は、ふぅ、と呆れたようにため息をついた。
「全く……もう少し品のある夢を見たいでござるな。昨今のラノベ小説でも、もっとマシな導入を書くでござるよ。テンプレすぎる」
良樹は完全にこれを「自分の都合の良い明晰夢」だと勘違いしたまま、茂みを掻き分けて堂々と姿を現した。
「な、何だ!? テメエは!」
突然現れた謎のパーカー男に、野盗たちがギョッとして振り返る。
良樹は右目で前髪を隠すように押さえ、ニヒルな笑みを浮かべた。
「黙れ! 雑魚キャラめが! 貴様らのようなモブは、このビームセイバーの錆にしてくれるわ!」
バッ! と良樹は腰のあたりに手を伸ばし、見えない柄を握り抜く……モーションをした。
「……」
「……」
シュイィィン! という効果音は鳴らない。
あるのは、ただ虚空を握りしめる良樹の右手と、森の静寂だけだった。
「あれ? 拙者のビームセイバーは? おかしいでござるな。なら、我が右手に封じられし暗黒の炎を……」
「コイツ! 頭がイカれてんじゃねぇのか!?」
「やっちまえ!」
良樹の痛々しいポーズに苛立った野盗の一人が、サビ浮く鉄の剣を振り上げた。
殺気。そして、本物の刃が放つ冷たい輝き。
「……ひっ!」
夢なら覚めるはずの恐怖が、ダイレクトに良樹の脳髄を叩く。
牛丼屋の深夜ワンオペで酔っ払いに絡まれた時以上の、圧倒的な生存本能の危機。良樹は腰を抜かし、無様に尻餅をついた。
その瞬間――!
ヒュッ! ドスゥッ!!
どこからか放たれた一本の矢が、良樹に斬りかかろうとした野盗の肩を深々と貫いた。
「ぎゃああっ!?」
「貴様らああああ!! 娘に何してんじゃあああ!!」
森の木々を揺らすほどの咆哮と共に、巨大な両手斧を持った大男が茂みから飛び出してきた。
全身から立ち昇る凄まじい「闘気」のオーラ。それは物理的な圧力となって、周囲の空気をビリビリと震わせている。
「ヒィィッ!? ば、化け物っ!?」
「逃げ……!」
「逃がさんッ!」
サンガは闘気を乗せた大斧を軽々と振り回し、野盗の武器ごと彼らを木っ端微塵に吹き飛ばしていく。あっという間の蹂躙劇だった。
「お父さん!」
ルナがホッと胸を撫で下ろし、サンガに駆け寄る。
「無事だったか!? ルナ! 怪我はないか!?」
「うん。この方が、突然出てきて止めてくれたの!」
ルナが、腰を抜かして震えている良樹を指差した。
(止めたというか、ビームセイバーを探してフリーズしていただけなのだが、結果的に時間を稼いだ形になった)
サンガは血塗れの大斧を肩に担ぎ直し、良樹に向かって深々と頭を下げた。
「おお、そうだったのか! 見ず知らずの若者よ、娘を救ってくれてかたじけない! 私はこの先のダーナ村で自警団をしている、サンガと申す!」
圧倒的なプレッシャー。むせ返るような血の匂い。
良樹は震える手で、自分のほっぺたを思い切りつねった。
「痛っ……」
痛い。すごく痛い。
これは夢じゃない。本当に、命のやり取りがあるヤバい異世界に来てしまったのだ。
中二病の装甲は一瞬にしてパージされ、接客業で鍛え上げられた「素の小心者」が顔を出した。
「あ……」
良樹は慌てて土下座に近い姿勢で正座し、牛丼屋の店長に対するような完璧な作り笑いを浮かべた。
「よ、良樹……。佐須賀、良樹です! 本日はご来店……じゃなくて、お助けいただき、誠にありがとうございます!!」
現実を叩きつけられた良樹の、土下座スタートの異世界生活が始まりました。




