EP 4
ドサァッ……。
巨大なキングクラブの沈黙と共に、川岸に静けさが戻った。
鋼鉄の甲羅は砕け散り、そこからは魔獣特有の生臭さとは異なる、うっすらと甘い香りが漂い始めていた。ロードの『メガ・フレア』によって甲羅ごと蒸し焼きにされた内部の肉が、熱を帯びて極上の香気を放っているのだ。
「……なぁ」
モウラが、砕けた甲羅の隙間から覗く、赤みがかった純白の繊維質の肉塊をじっと見つめながら、ゴクリと喉を鳴らした。
「このカニ……食べれるんじゃないか?」
「ホンマやな! ワテの炎でええ具合に火が通っとるし、焼きガニとか最高でっしゃろな!」
ロードが、尻尾をパタンパタンと叩きながら、涎を拭う。
「カニ……!」
ルナの目が、普段の可憐な少女のそれから、完全なる肉食系女子のそれに切り替わった。
「こんなに大きいんだもの、脚のお肉だけじゃなくて、甲羅の中の『カニミソ』とか堪んないわよね……! 濃厚で、とろっとろで……あぁっ、お腹空いてきちゃった!」
「えっ……? これを、食うでござるか!?」
良樹は、泥とカニの体液まみれになった自分の服を見下ろしながら、信じられないという顔をした。
「ついさっきまで、拙者の命を狙っていた巨大な人食いバケガニでござるよ!? それを食う……異世界人の胃袋はブラックホールでござるか!」
しかし、三人の熱視線はすでに良樹ではなく、完全に『食材』へと向けられていた。
モウラが凄まじい膂力でキングクラブの巨大な脚をもぎ取り、ルナが手際よく甲羅を剥がしていく。その下からは、地球のタラバガニを何十倍にも濃縮したような、圧倒的な質量のカニ肉と、黄金色に輝く濃厚なカニミソが姿を現した。
「分かった……分かったでござるよ! もうヤケクソでござる!」
良樹は白エプロンをバサァッと羽織り直し、中二病の眼帯をキリッと直した。
「我が丼の祭壇(屋台)において、この巨大なる海の覇者を、究極の美食へと昇華させてみせるでござる! 刮目せよ! 丼マスターあああッ!!」
良樹は、村長から受け取った報酬50万円の一部を惜しげもなくポイントに変換し、大量の『特製酢飯』と、地球の最高級『醤油』『みりん』『日本酒』を空間から召喚した。
広場に屋台を移し、村人たちが遠巻きに見守る中、良樹の神速の調理が始まった。
「モウラたん! 脚の肉を一口大に切って、ロード殿の弱火で表面を軽く炙るでござる!」
「おうよ! 任せな!」
「ルナたんは、甲羅の中に溜まったカニミソを鍋に移して! そこに拙者が召喚した『日本酒』と『醤油』を少し垂らして、トロトロになるまで煮詰めるでござる!」
「はーい! ヨシキさん、すごくいい匂いだよ!」
良樹の的確な指示(という名の深夜ワンオペスキル)により、巨大魔獣は瞬く間に極上の食材へと解体・調理されていった。
そして、ついに。
「よし! 出来た! 宵闇の海より這い出でし暴君の最終形態……**『特上・焼きガニ味噌丼』**の完成でござる!!」
良樹がカウンターに並べたのは、光り輝く特製酢飯の上に、香ばしく炙られた極太のカニ肉が山のように盛られ、その頂上から、黄金色に輝く濃厚な特製カニミソソースが滝のようにかけられた、まさに暴力的なまでのカロリーと旨味の結晶であった。
「おおおおぉぉ……!?」
「あ、あの恐ろしいキングクラブが……丼に!?」
村人たちが、信じられないものを見るような目で、ゴクリと唾を飲み込む。
「さぁ! 食べるでござる! 今日は村の平和を祝して、拙者のおごり(ポイント大盤振る舞い)でござるよ!」
良樹がドヤ顔で宣言すると、村中から割れんばかりの歓声が上がった。
「いっただっきまーす!!」
ルナが、顔の半分ほどもある巨大なカニ肉をパクリと頬張る。
「んん~っ……! 美味しいぃぃっ!!」
ルナは両手で頬を押さえ、目をトロンとさせた。
「お肉が信じられないくらい甘くて、プリップリ! 炙った香ばしさが口の中に広がって、そこにこの濃厚なカニミソが絡んで……酢飯の酸味と合わさって、もう無限に食べられちゃうわ!」
「旨いでござるな! 地球のカニとは比べ物にならない弾力と旨味でござる! カニに味噌が、ここまで合うとは……拙者のポイント召喚した醤油が、見事に魔獣の臭みを消し去っているでござるよ!」
良樹も、自分が作った丼のあまりの美味さに感動し、自画自賛しながらワシワシとかき込む。
「ガハハ! こりゃ何杯でも行けるぜ! 命懸けで戦った後の飯は最高だ! 芋酒に合うぜぇぇ!」
モウラは、丼を片手に持ちながら、もう片方の手で巨大な樽から太陽芋の芋酒をラッパ飲みしている。豪快に笑う彼女の胸元からこぼれた芋酒が、健康的な褐色の肌を艶やかに滑り落ちていく。
「最高ですがな! ワイのブレスで炙った甲羅の香ばしさが、ミソの味を引き立てとる! ワイら、最高のパーティやで!」
ロードは、甲羅ごとバリバリと噛み砕きながら、幸せそうに目を細めた。
キングクラブの恐怖に怯えていた寂れた村は、一瞬にして熱狂的な『カニ丼祭り』の会場へと変貌した。
良樹の振る舞う丼を食べた村人たちの顔には、久しく忘れていた笑顔と活気が戻っていた。
(フフフ……圧倒的じゃないか。拙者の丼が、この村を救い、民の胃袋を完全に支配したでござる。……まぁ、トドメを刺したのは拙者(偶然)でござるが、この美味さの前には些細な問題でござるな!)
良樹は、満面の笑みでカニ丼を頬張るルナやモウラを見つめながら、異世界での確かな手応えを感じていた。
帝都ルミナスへの道はまだ遠いが、『丼亭よしき』の伝説は、着実にこの大陸に刻まれ始めていた。




