EP 15
村の広場に特設された巨大な生け簀。その水面を前に、ルナは1.5メートルほどある鋼鉄の槍を構え、じっと目を凝らしていた。
「え、えっとぉ……」
一方の良樹は、手渡された無骨な長槍をへっぴり腰で構えたまま、ガタガタと膝を震わせている。
バシャァァァッ!!
突如、水面が爆発した。水しぶきを上げて空中に飛び出してきたのは、丸々と太った魚型魔獣・ピラダイ。凶悪な牙をカチカチと鳴らしながら、時速40キロの猛スピードで宙を舞う。
「シュッ!」
ルナは一切の躊躇なく、腰のバネを使って手にした槍を空のピラダイに向かって全力で投擲した。
ドスゥッ!!
鈍い音と共に、ルナの放った槍は見事にピラダイの眉間を貫き、地面に突き刺さった。
「おぉ、やりまんなぁ。見事な急所突きやで、ルナはん」
生け簀の横でロードが感心したように太い尻尾を揺らす。
「ヒィィィッ! い、異世界人、怖いでござるぅ!」
良樹は完全に腰を抜かしかけていた。可憐な美少女が、空飛ぶ人食い魚を槍投げで冷静に串刺しにする。ファンタジーという名の過酷な生態系を前に、中二病の装甲はあっさりと剥がれ落ちる。
「ほら、ヨシキ。よそ見してんじゃないよ。お前の『槍が引いてる』ぞ」
隣に立っていたモウラが、ニヤニヤと笑いながら良樹の背中をバンッと力強く叩いた。
「や、槍が引いてるって表現もおかしいでござる! 釣り竿じゃないんでござるから、引くわけが……」
良樹が抗議の声を上げようと水面に向き直った、その瞬間。
ザバァァァァッ!!
良樹の目の前の水面が割れ、通常の倍はあろうかという巨大なピラダイが、鋭い牙に涎を引かせながら良樹の顔面を目掛けて一直線に飛び出してきたのだ。
「あ……」
良樹は恐怖のあまり声も出ず、完全にフリーズした。死ぬ。異世界に来て、魚の餌になって死ぬ。
「よっと。ほら、ヨシキはん。しっかり握っときなはれ」
背後から、ぬるりとした太い腕が良樹の両腕を包み込んだ。ロードだ。
関西弁の賢竜は、良樹の手ごと長槍を強引に持ち上げ、飛び出してきたピラダイの軌道上へと鋭く切っ先を向けた。
ズブゥッ!!
「ギギャァァッ!?」
自らの突進の勢いが仇となり、巨大なピラダイは良樹が構えた槍の先端から真っ直ぐに串刺しになった。重たい肉の塊が、良樹の腕にズシリと圧しかかる。
「……えっ?」
良樹が呆然としていると、モウラが豪快に笑いながら良樹の肩をバシバシと叩いた。
「ギャハハ! やるじゃねぇか、ヨシキ! なかなか肝の据わった構えだったぜ!」
「むぐっ……! し、死ぬかと思ったでござる……!」
その光景を見ていたルナの顔が、むすっと不機嫌そうに膨らんだ。
「よぉし……! 私だって、負けないんだから!」
ルナは新たな槍を手に取り、先ほどよりもさらに鋭い殺気(対抗心)を水面へと放ち始めた。
「もぅ……! 負けるとか勝つとか、どうでも良いでござるよ! 拙者はもう疲れたでござる、安全な家に帰らせてぇぇ!!」
良樹の悲痛な叫びは、次々と飛び出すピラダイの水音と、狩りに熱狂する異世界人たちの歓声にかき消されていった。
数時間後。
広場の端に設けられた焚き火の周りには、香ばしい脂の焦げる匂いが充満していた。
あれだけ凶悪だったピラダイたちは、粗塩をたっぷりとまぶされ、こんがりと黄金色に焼き上げられていた。
「んん〜っ……! 美味しいぃっ!」
ルナが、熱々のピラダイの身を一口かじり、満面の笑みを浮かべた。パリッとした皮の下から、熱々の肉汁と上質な脂が溢れ出す。
「最高やな! 骨ごとバリバリ出来まっせ!」
ロードは串ごと丸呑みにし、バキバキと頭の骨から噛み砕いていく。
良樹も、まだ手が少し震えながらも、自分の串に刺さったピラダイを恐る恐る口に運んだ。
サクッ。
強烈な塩気と、それに負けないほどの魚の旨味が舌の上で爆発した。地球の高級魚すら霞むほどの、野性味溢れる濃密な味だった。
「……美味い。結構旨いでござる、これ」
良樹は目を見開き、中二病のポーズも忘れて無我夢中でピラダイの身に齧り付いた。
「だろぅ? これが旨いんだ。命懸けで獲った獲物の味は、どんな高級料理にも勝るってもんさ」
モウラが串の半分を一口で食いちぎりながら、ニカッと笑いかけた。
「ふむ……確かに、この味を知ってしまえば、あの恐怖もスパイスというわけでござるな」
良樹はすっかり膨れたお腹をさすりながら、満足げに息をついた。
釣り堀ののんびりした休日など存在しない。恐怖とサバイバルの果てにある、最高の美食。
良樹は、この『アナステシア』という世界の持つパワフルな魅力に、確実に胃袋を掴まれ始めていたのだった。




