EP 13
ダーナ村の広場。今日も『丼亭よしき』の屋台からは、醤油と出汁の暴力的なまでに甘辛い香りが漂っていた。
「いやぁ、ここの飯は本当に美味いな! アタイの胃袋が完全に覚えちまったよ。また来たぜ、大将!」
じゃらりと腰の鎖を鳴らしながら、巨大なバイソンの角を持つ女戦士・モウラが丸太の椅子にどっかりと腰を下ろした。昨日初めて来店して以来、彼女はすっかりこの屋台の虜である。
良樹はカウンターの奥で、眼帯を押さえながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「フッフッフ……左様でござるか。モウラ殿もついに、拙者の深淵なる闇の力(出汁の旨味)の虜になったでござるな。もはや逃れられぬ運命――」
「気色の悪い事言うてんと、はよ飯出さんかい!!」
ロードの太い尻尾が、良樹の膝裏にクリーンヒットした。
「すんませんな、姉御。ヨシキはんは、腕は確かやけど頭が少々残念なんですわ」
「ガハハ! 構わないよ。飯さえ旨けりゃ、店主の頭がイカれてようがどうでもいいさ」
モウラは豪快に笑い飛ばし、カウンターをドンドンと叩いた。
「む? クッ……分かったでござる! 刮目せよ! 丼マスターあああ!!」
良樹が右手を突き上げると、光と共に湯気を立てる一杯の丼が出現した。
本日のメニューは、地球が誇るファストフードの王様――**『牛丼(特盛)』**である。
薄切りの牛肉と、出汁がたっぷり染み込んだ飴色の玉ねぎ。そして上には、鮮やかな紅色の『紅生姜』がこんもりと盛られている。
「おおっ! こりゃあ旨そうだぜ! 肉の脂と甘いタレの匂いがたまらねぇ!」
モウラは目を輝かせ、挨拶もそこそこに箸を掴んで、凄まじい勢いで牛丼をかき込み始めた。
「うめぇぇっ! なんだこの柔らかい肉は! 飯とタレが絡み合って、噛むたびに口の中で肉汁が爆発しやがる!」
幸せそうに牛丼を頬張るモウラ。
その光景を横で見ていたルナは、ふと、ある重大な事実に気がついてしまった。
(……えっ? ちょっと待って。モウラさんって、牛耳族のバイソン種だよね?)
ルナの視線が、モウラの頭に生えている立派な角と牛耳、そして彼女が美味しそうに咀嚼している『牛肉』を交互に行き来する。
(牛丼って……牛のお肉、だよね? 牛の獣人さんが、牛のお肉を食べてる……これって、まさか……共食いなのでは……!?)
ルナの顔からサーッと血の気が引いた。異世界ファンタジーにおいて「獣人がそのモチーフとなった動物の肉を食べるか否か」は非常にデリケートな問題である。しかし、当のモウラは全く気にする素振りもなく、歓喜の声を上げている。
「こりゃあ最高に旨いぜ! 特に、上に乗ってるこの赤いシャキシャキしたやつ! これが肉の脂をサッパリさせて、いくらでも腹に入っちまう!」
「フハハ! お目が高いでござるな! それは『紅生姜』でござる。牛丼という小宇宙を完成させるための、最高のお供なのでござるよ!」
良樹がドヤ顔で胸を張る。(※ルナは横で「言えない……絶対に言えない……」とガタガタ震えていた)
あっという間に特盛牛丼を平らげたモウラは、ふぅ、と満足げなため息をつき、真剣な顔つきで良樹に向き直った。
「……なぁ、ヨシキよ」
「なんでござるか?」
「アタイ、世界中を旅してきたが、お前の作るこの『丼』は桁外れだ。……こんなチンケな処に居たら勿体ないぜ。お前、アタシと一緒にデカイ事をしないか?」
ピクッ。
モウラの口から出た言葉に、ルナの肩が小さく跳ねた。
「え? デカイ事でござるか?」
良樹が首を傾げる。
「ああ! アタイの護衛とツテがあれば、こんなチンケな村じゃなくて、もっと王都や巨大な商業都市でドデカイ商売ができる! お前の腕なら、天下を取れるぜ!」
モウラが身を乗り出して熱く語る。
「モ、モウラはんの言う通りや!」
それに真っ先に同調したのは、なんと相棒のロードだった。
「ワイも常々思ってましたんや! ヨシキはんほどの天才が、いつまでもこんなチンケな辺境の村で、ドブ掃除や薬草すり潰してくすぶっとる場合やない! 大都会に出て、金貨の雨を降らせましょや!!」
「えぇっ!? ロード殿まで!?」
良樹が戸惑う中、二人の「チンケ」という言葉が広場に響き渡った。
「チンケ……」
ルナが俯いたまま、ギリッと拳を握りしめた。
「そうや! ダーナ村みたいなチンケな……」
「そうさ! こんなチンケな……」
「……チンケチンケ言うなああああああッ!!!」
ドガァァァンッ!!
突然、ルナが両手で屋台のカウンターを思い切り叩きつけた。あまりの衝撃に、頑丈なドワーフ製の屋台がミシッと悲鳴を上げる。
「ヒィッ!?」
「おわっ!?」
普段は優しくて可憐なルナの、背後から立ち昇る黒いオーラ。
彼女は銀色の髪を振り乱し、鬼神のような形相でモウラとロードを睨みつけた。
「私が生まれ育った! お父さんとお母さんが守ってきたこのダーナ村の事を! チンケチンケ連呼しないでよ!! ヨシキさんはこの村の立派な『丼亭』の大将なんだから! 都会なんかに行かないもん!! ねっ、ヨシキさん!?」
「は、はいぃぃっ! 拙者は一生、このダーナ村で骨を埋める所存でござるぅぅ!」
良樹はルナのあまりの剣幕に、即座にモウラの誘いを蹴り飛ばして土下座の姿勢に入った。
「うおぉ……姉ちゃん、怒らせると村の誰よりおっかねぇな……」
「ホンマや……ワイら、とんでもない地雷踏んでもうた……」
Aランク冒険者のモウラと、賢竜のロードが、村の娘の気迫に押されて冷や汗を流して抱き合う。
ダーナ村ののどかな午後は、牛耳族の共食い疑惑と、村を愛する少女の大爆発によって、今日もドタバタと過ぎていくのだった。




