EP 12
ダーナ村の広場に、今日も出汁と醤油の暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂っていた。
サンガから贈られた立派な屋台には、『丼亭よしき』という素朴な暖簾が揺れている。その店先では、可愛らしい看板娘が声を張り上げていた。
「はい! 美味しい美味しい特製丼が、たったの1000円で食べられるよ! いらっしゃい! いらっしゃい!」
ルナが満面の笑みで呼び込みをすると、農作業を終えた村人たちが釣られるようにワラワラと集まってくる。
「丼だって? 昨日自警団の奴らが騒いでた、あの異常に旨いって飯か?」
「ああ、匂いだけで腹が鳴るべ……」
列がみるみるうちに伸びていくのを見て、屋台の横で客捌きを担当しているロードが太い尻尾をバタンと叩いた。
「ヨシキはん! 頼みますわ! お客さんぎょうさん来てまっせ!」
屋台の厨房(という名の召喚スペース)に立つ良樹は、白エプロンの下で右目の眼帯をスッと押さえ、ニヤリと暗黒の笑みを浮かべた。
昨日、村人たちの治療で荒稼ぎした善行ポイントはたっぷりとある。
「フ……よろしい。我が魔眼の渇きを満たすため、冥界より、魂の契約により誘いて、飢えしデーモンの雄叫びを今ここに——」
「冥界って縁起悪いな!!」
すかさずロードの鋭いツッコミ(尻尾の素振り)が良樹の足元を掠めた。
「飯屋でデーモンとか言うなや! さっさと出さんかい、後ろが閊えとんのや!」
「む? し、仕方ないでござるな。出でよ! 丼マスターあああ!!」
良樹が右手を突き上げると、光の粒子と共に、出来立て熱々の『カツ丼(並・1000円設定)』が次々とカウンターに出現した。
「す、すげぇぇ……! 何もない空間から飯が!」
「さぁ、冷めないうちに食べて下さい!」
ルナが手際よくカツ丼を村人たちに配っていく。
受け取った村人たちが、おそるおそる箸をつけ、サクサクのトンカツと卵が絡んだご飯を口に放り込んだ瞬間――彼らの顔に雷に打たれたような衝撃が走った。
「うめぇぇぇっ!!」
「なんだこの柔らかい肉は! 甘じょっぱい汁が米の奥まで染み込んでて……こんな旨いもん、生まれて初めて食べたぜ!」
「ルナちゃん! こっちもう一杯頼む!」
屋台の周りは、あっという間に熱狂的な食事の渦に飲み込まれた。
(フフフ……圧倒的じゃないか、我が軍は。この異世界において、日本のジャンクフードの旨味はまさに反則。拙者の丼が完全に村の胃袋を支配したでござる)
良樹は、飛ぶように売れていくカツ丼を見ながら、ドヤ顔で腕を組んだ。
その時だった。
ズシン、ズシン。
地響きのような重い足音が、喧騒を割って屋台へと近づいてきた。
村人たちが道を譲るようにサッと左右に割れる。そこに立っていたのは、身長180cmを超える筋骨隆々の巨体――頭に立派なバイソンの角を生やした、褐色の肌の獣人族だった。
「邪魔するよ」
野太くも、どこか姉御肌を感じさせる通った声。腰には凶悪な『鎖付き片手斧』と『鎖付きメイス』がじゃらりと揺れている。
(ひぃぃっ! ゴブリンより強そうな獣人の女戦士でござる!? クレームか!? みかじめ料の請求か!?)
良樹の中の小心者が一瞬で悲鳴を上げたが、彼女の視線は良樹ではなく、カウンターの上で湯気を立てるカツ丼に釘付けになっていた。
「む? ……い、いらっしゃいでござる。ご注文でござるか?」
良樹が恐る恐る尋ねる。
「アタイにも、その『丼』ってやつを出してくれよ。匂いだけで腹の虫が暴れ回ってやがる」
モウラは丸太のような腕をドンッとカウンターにつき、鋭い八重歯を見せてニヤリと笑った。
「わ、分かったでござる! 丼マスターあああ!!」
良樹は震える手で、本日最高に気合を入れた特製のカツ丼を召喚し、モウラの前にそっと差し出した。
「これが丼……」
モウラは目を輝かせると、大きな手で器を包み込み、挨拶もそこそこに豪快にかき込み始めた。
サクッ、ジュワァッ。
心地よい咀嚼音が響く。
「うめぇ!!」
モウラがカッと目を見開いた。
「なんだこの衣の食感は!? サクサクの歯ごたえの中から、肉汁が一気に溢れ出してきやがる! それがこの甘辛い汁と一緒に下の飯に絡みついて……最ッ高に飯に合うじゃねぇか!」
モウラの勢いは止まらない。並盛のカツ丼など、彼女の巨大な胃袋にかかれば文字通り飲み物だった。
「あの、村で見かけない方だけど……貴方、どこから来たの?」
ルナが、空になりかけている器を見つめながら不思議そうに尋ねた。
「ん? むしゃむしゃ……アタイは街の冒険者ギルドからさ」
モウラは口の周りについた米粒を手の甲で拭いながら答えた。
「こんな辺境のダーナ村に、とんでもなく旨い飯を出す『丼亭』って屋台が出来たって、ギルドの連中の間で噂になっててな。食い気には勝てず、山を越えて飛んできたってわけさ」
(なんと……! もう隣町のギルドにまで拙者の噂が広まっているでござるか!)
良樹は自分の提供する丼の拡散力に戦慄した。
「ぷは〜っ、美味かったぜ! ごちそうさん!」
ものの数分でカツ丼を平らげたモウラは、大満足の笑顔で立ち上がると、ルチアナの横顔が透かしで入った千円札をピシャリとカウンターに置いた。
「アタイはモウラだ! 忘れられない味になっちまった。また食いに来るからな、大将!」
モウラはじゃらりと鎖を鳴らしながら、来た時と同じように豪快な足取りで夜の村へと消えていった。
「……嵐のようなお人でしたな」
ロードが呆気にとられたようにポツリとこぼす。
「でも、1000円ぴったり置いていってくれたわ。冒険者さんなのに、すごくきちんとしてるのね」
ルナが千円札を大事そうに売上箱にしまいながら微笑んだ。
良樹は、空になった器と千円札を見つめながら、固く拳を握りしめた。
(モウラ殿……あの分厚い筋肉、そして鋭い金銭感覚。もしあの御方を屋台の常連(用心棒)にできれば、今後の仕入れやトラブル対応も安泰かもしれないでござる……!)
『丼亭よしき』の噂は、風に乗り、確実にマンルシア大陸の猛者たちの胃袋を刺激し始めていた。




