EP 10
ゴブリンの死骸が片付けられ、夜のダーナ村の広場には巨大な焚き火が焚かれていた。
村の防衛戦は、サンガの指揮と村人たちの圧倒的な戦闘力、そして良樹の「奇跡のまぐれ当たり(ホブゴブリン一撃討伐)」によって、見事な大勝利に終わったのである。
広場には樽酒が持ち出され、村中を巻き込んだドンチャン騒ぎの祝勝会が始まっていた。
「ほら! ヨシキさん! ぼーっとしてないで! 治療、治療! ポイント稼ぎの絶好のチャンスだよ!」
広場の端で、ルナが救護スペースを手際よく作りながら良樹の袖を引いた。
「そ、そうでござったな!」
良樹はハッと我に返った。ゴブリン討伐の英雄として村のオジサンたちから酒を飲まされそうになっていたが、今の彼にとって最優先事項は「善行」である。
「さぁ、怪我をした者は前へ出るでござる! 拙者の慈愛(物理)の包帯術を受けるが良い!」
良樹は白エプロンをバサァッと翻し、村人たちの擦り傷や打撲に手際よく『陽薬草』を擦り込み、包帯を巻いていく。
牛丼屋の深夜ピークタイムで鍛えられた神速のオペレーション。次々とさばかれていく患者たち。
『ピコン。村人の治療を確認。善行ポイント【10p】加算』
『ピコン。村人の治療を確認。善行ポイント【10p】加算』
『ピコン。村の防衛への多大な貢献(大将首討伐)の特別ボーナス。善行ポイント【5000p】を加算します』
(キ、キタァァァッ! ホブゴブリン討伐の特別ボーナス5000ポイント! これで牛丼50杯、いや、オプション付け放題でござる!!)
良樹は脳内でガッツポーズを決め、暗黒の笑みを浮かべた。
そこへ、ガラガラと重たい木の車輪の音を立てて、サンガが「ある物」を引っ張ってきた。
「ほら、ヨシキ殿。これは村を救ってくれた礼さ。受け取ってくれ」
サンガがドンッと広場に置いたのは、立派な木製のカウンターと屋根がついた、手押し車サイズの**『屋台』**だった。ドワーフの技術が使われているのか、頑丈で立派な造りをしている。
「こ、これは……屋台でござるか?」
良樹が目を丸くする。
「ああ。君の『丼マスター』という奇跡のスキル、ただ皿で出すだけでは味気ないだろう? この村には決まった飯屋もないからな。これを使って、君の腕を振るってくれたら村の皆も喜ぶと思ってね」
サンガが豪快に笑いながら、屋台のカウンターをバンバンと叩いた。
「なるほどな。こらおっちゃんの粋な計らいや。これでいつでもどこでも丼亭をやれっちゅうこっちゃ」
隣で見ていたロードが、ニシシと牙を見せて笑う。
「名付けて、**『丼亭よしき』**ですな」
「丼亭よしき、かぁ……」
良樹は屋台のカウンターをそっと撫でた。
『宵闇の魔眼』だの『ダーク・エコノミスト』だのといった中二病全開の響きとは対極にある、深夜の国道沿いにありそうな、あまりにも庶民的で親しみやすいネーミング。
だが、その響きが、不思議と良樹の胸の奥を温かくした。
「じゃあ、私たちが『丼亭よしき』の最初の客ね!」
ルナが満面の笑みで、屋台の前に置かれた丸太の椅子にちょこんと座った。
「たくさん走って、弓も引いたからお腹ペコペコなの!」
「頼んますわぁ、大将! ワイも腹が背中とくっつきそうですわ。ホブゴブリン相手に炎吐きすぎましたさかいな!」
ロードも屋台の横に陣取り、太い尻尾をバタンバタンと振って催促する。
サンガも「ワシも一杯よばれようかな」とルナの隣に座った。
良樹はコホンと咳払いをして、屋台のカウンターの「内側(店員側)」に立った。
その瞬間、彼の顔つきが、中二病の青年から**『誇り高き深夜のワンオペ店長』**へと変わった。
「よろしい! 最初の客として、貴様らの胃袋を我が深淵で満たしてやろう! 天よ! 地よ! 空間より裂けて我が前に出でよ! 丼マスターあああッ!!」
良樹が右手を高く突き上げ、潤沢なポイント(今回は奮発して一杯500pの高級メニュー)を消費する。
カッ!! と屋台の上に光が溢れ、三つの豪華絢爛な漆黒の器が顕現した。
「おおおっ……!」
「こ、こりゃあ凄い!」
現れたのは、これまでの肉系丼とは全く違う、海の宝石箱――**『特上・海鮮丼』**だった。
ツヤツヤの酢飯の上に、ルビーのように輝くイクラ、脂の乗った分厚いマグロ、透き通るような甘エビ、そして黄金色のウニが山盛りに乗っている。横には小皿で、地球の『醤油』と『ワサビ』が添えられていた。
「さぁ、この漆黒のタレ(醤油)に、緑の魔薬を少し溶かして、上からかけて食べるでござるよ!」
良樹のレクチャーに従い、三人は海鮮丼に醤油を回しかけ、一斉に口に運んだ。
「んんっ!! 美味しいいいっ!!」
ルナが両頬を押さえて感嘆の声を上げた。
「お魚が全然生臭くない! このエビ、ぷりぷりで甘いし、この赤いプチプチ(イクラ)がお口の中で弾けて、濃厚な味が広がるわ!」
「ホンマや! 海の幸がこんなに飯に合いますのんか!」
ロードは器に顔を突っ込み、バクバクとイクラごと酢飯を飲み込んでいく。
「この緑の薬味、ツーンと鼻に抜けるけど、これがまた魚の脂をさっぱりさせて、無限に食えますわ!」
「旨いなぁ……。ピラダイの塩焼きも良いが、生魚がこれほど飯と合うとは。帝国軍の将軍ですら、こんな贅沢な飯は食ったことがないだろうて」
サンガもしみじみと呟きながら、豪快に海鮮丼をかき込んでいく。
「いらっしゃいませーっ!!」
「大将! こっちも一杯頼むべ!」
匂いと歓声に釣られて、お祭り騒ぎをしていた村人たちが次々と『丼亭よしき』の屋台に列を作り始めた。
「フ、フフフ……。お安い御用でござる! 牛丼、カツ丼、海鮮丼! 並んで待つでござるよ!」
良樹は次々と丼を召喚し、カウンター越しに村人たちへと振る舞っていく。
屋台から立ち昇る出汁と醤油の匂い。
美味しそうに丼を頬張る村人たちの笑顔。
「ありがとう」と声をかけられ、誇らしげに笑うルナとロード。
(丼亭よしき……。異世界に来て、魔王を倒す勇者でもなく、世界を統べる賢者でもなく、まさか『屋台の大将』になるとはな……)
良樹は、忙しく手を動かしながら、ふと夜空に浮かぶ異世界の二つの月を見上げた。
(でも……悪くないでござる。これが、拙者の進む道でござるかぁ)
血みどろの覇権争いが続くマンルシア大陸の辺境で。
中二病の青年と、関西弁のトカゲ、そして最強の自警団一家が営む、小さな、しかし最強の飯屋『丼亭よしき』が、今ここに産声を上げたのである。




