EP 10
ドドドドドッ!!
地響きを立てながら、ダーナ村の広場を巨体が駆け抜ける。
「どけやあああ! 雑魚共ォッ!!」
ロードの怒号と共に、その強靭な顎から灼熱の火炎球が連続で吐き出された。
ドゴォォンッ!
「ギャアァァッ!」
密集していたゴブリンたちが、爆発の衝撃と炎で文字通りボウリングのピンのように吹き飛んでいく。最高時速80キロの突進に炎の魔法が加わったロードの姿は、まさに戦場を蹂躙する重戦車だった。
「ひぃぃぃっ! 熱い! 揺れる! 拙者は帰るでござるぅぅ!」
その背中にしがみつく良樹は、涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫していた。
「オラァ! 大将出てこいや! ワテがこんがり火達磨にしたるわ!!」
ロードが広場の中央で急ブレーキをかけ、周囲を睥睨する。
すると、燃え盛る瓦礫を蹴散らし、他のゴブリンより頭二つは巨大な影が立ち塞がった。全身にボロボロの鉄鎧を纏った、筋肉の塊のような魔物――ホブゴブリンである。
「グルルゥゥッ……!」
「出たなデカブツ! 死ねぇ! オラァッ!!」
ロードが大きく息を吸い込み、先ほどよりも一回り巨大な火炎球を放つ。
しかし、ホブゴブリンは背中に背負っていた分厚い鋼鉄の盾を素早く前に突き出した。
ボオォォォッ!!
炎が盾に直撃し、周囲に熱波を撒き散らす。だが、ホブゴブリンは一歩も下がらず、炎を完全に防ぎ切ってみせた。
「チッ、舐めんな! ワレ!!」
魔法が防がれると見るや、ロードは即座に体を反転させ、丸太のように太い強靭な尻尾でホブゴブリンの胴体を薙ぎ払う。
ドゴォッ! という鈍い音が響き、ホブゴブリンの巨体が大きくたたらを踏む。
しかし、歴戦の個体であるホブゴブリンは倒れなかった。バランスを崩しながらも、その凶悪な大剣を振り上げ、ロードの首元を狙って無造作に振り下ろした。
「しまっ――」
ロードの回避が遅れる。大剣の切っ先が迫る。
その刹那――!
ヒュォォォッ!!
風を切り裂く鋭い音と共に、一本の矢が飛来し、ホブゴブリンの大剣の刃を正確に弾き飛ばした。軌道を逸らされた大剣は、ロードの鼻先数ミリを掠めて地面に突き刺さる。
「ロード!? ヨシキさん!?」
広場の端から声を上げたのは、弓を引き絞ったまま息を弾ませるルナだった。
「おおきに! ルナはん! 助かったわ!」
ロードが冷や汗をかきながら礼を言う。
しかし、邪魔をされたホブゴブリンは完全に激昂した。血走った濁った瞳が、自分を狙撃したルナへとギョロリと向けられる。
「グォォォォッ!!」
標的をルナに変えたホブゴブリンが、地響きを立てて猛突進を開始した。
「えっ……!?」
次弾の装填が間に合わない。ルナの顔が恐怖に強張る。
「きゃあああ!!」
ホブゴブリンの丸太のような腕が、ルナに向かって振り上げられた。
その光景が、良樹の目にスローモーションのように映った。
怖い。死にたくない。逃げたい。
だが、あの笑顔を、自分に温かいシチューと薬草茶を淹れてくれた優しい少女が、あんな醜悪な化け物に潰されるのだけは――絶対に嫌だった。
「ルナたんが……ルナたんが危ない!!」
良樹の脳内で、何かが弾けた。
彼はロードの背中から半分身を乗り出し、先ほどロードから渡された長剣を両手で振り被った。
剣の使い方も、闘気の練り方も知らない。ただの文系大学生の、渾身の力。
「ルナたんから離れろおおおおおお!! うわああああああッ!!!」
良樹は恐怖とヤケクソの絶叫と共に、持っていた長剣を野球のピッチャーのような無茶苦茶なフォームで、ホブゴブリン目掛けて思い切り投げつけた。
「……え?」
――ズバァァァッ!!
奇跡か、はたまた火事場の馬鹿力か。
良樹の手から放たれた長剣は、空中で美しい回転を描き、ルナに襲いかかろうとしていたホブゴブリンの無防備な首筋に、柄の根元まで深く、完璧に突き刺さった。
「ガ、ハッ……!?」
ホブゴブリンの動きがピタリと止まる。
そして、信じられないというように目を見開き、そのままドスゥンッと地響きを立てて前のめりに倒れ伏した。即死だった。
「ギ、ギャァァァッ!!」
「ボスガヤラレタァァッ!!」
絶対的だったボスが一撃で串刺しにされたのを見て、残っていたゴブリンたちはパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げていった。
静寂が戻った広場。
「ル、ルナたん! 無事でござるか!?」
良樹がロードの背中から転げ落ちるように駆け寄ると、ルナはへたり込んだまま、信じられないものを見るような目で倒れたホブゴブリンと良樹を交互に見つめていた。
そして次の瞬間、ルナは良樹の胸に思い切り飛び込み、ギュッと抱きついた。
「ヨシキさん! ありがとう! 助けてくれて……本当にありがとう!」
「ふえっ!?」
(や、柔らかい……! そしていい匂いがする……! 拙者、いま美少女に抱きつかれているでござる……!)
中二病と恐怖はどこへやら、良樹の脳内は瞬時に限界オタクの歓喜で満たされた。顔がトマトのように真っ赤に染まる。
「やりましたがな! ヨシキはん! 見事な一撃やったで!」
ロードが尻尾を振って鼻息を荒くする。
「せ、拙者が……ホブゴブリンを……?」
良樹自身も、自分の右手を信じられない思いで見つめた。ただのヤケクソの投擲が、あんな劇的な一撃になるとは。
「ルナ! 無事か!」
そこへ、血塗れの大斧を担いだサンガと、武装した村人たちが駆けつけてきた。
「お父さん! ヨシキさんが……ヨシキさんが助けてくれたの!」
ルナが良樹から離れ(良樹は内心「もっと抱きついていてほしかった」と泣いた)、ホブゴブリンの死体を指差す。
サンガの鋭い目が、ホブゴブリンの首元に深々と突き刺さった長剣を捉えた。
「おお、無事だったか……って、なんという事だ」
サンガが驚愕に目を見開く。
「この分厚い筋肉と皮を持つホブゴブリンの急所を、遠距離からの『剣の投擲』で一撃で仕留めたというのか……! 凄まじい精度と威力だ!」
「おっちゃん! ヨシキはんがやりやしたんや! ワイの背中から、一瞬の隙を突いてビュンッ! とな!」
ロードがここぞとばかりに話を盛る。
「何と! ヨシキ君が……!?」
「す、すげぇぇ……!」
「あんな細身なのに、闘気も使わずにボスを串刺しにするなんて……!」
「さすが『丼マスター』とかいう伝説のスキル持ちだべ!」
村人たちから、どよめきと称賛の声が沸き起こった。
恐怖で腰を抜かして剣を放り投げただけだという事実は、誰の頭にもない。彼らの目には、良樹が『冷静沈着に敵の急所を射抜いた暗殺の達人』として映っていた。
「フ、フフフ……たかが石ころ(ホブゴブリン)の一つ、拙者の暗黒の投擲術の敵ではないでござるよ……!」
良樹はちゃっかり眼帯を押さえながら、中二病全開のドヤ顔をキメた。(内心は「嘘でござるー! 奇跡でござるー!」と冷や汗ダラダラである)
こうして、ただの経済学部生による「ダーナ村防衛戦」は、凄まじい勘違いと称賛の嵐の中で幕を閉じたのであった。




