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りすく屋のクスリ  作者: TOMMY


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7/13

窒息薬

靴底が床に触れた瞬間、警報が鳴る気配はなかった。

それなのに、胸の奥だけが妙にうるさい。


ガラスケースは開いていた。

開けた記憶はない。


指先が、そこにあるはずのない小瓶をつまみ上げる。

軽い。拍子抜けするほど軽い。


盗るつもりはなかった。

少なくとも、これじゃなかった。


背後で風が揺れた気がして、振り返る。

誰もいない。店内は静まり返っている。


内ポケットに小瓶を滑り込ませた瞬間、

理由の分からない安堵が、喉をなぞった。


ぼうっと光る裸電球は周囲を薄暗く照らしていた。

光の中を白い粉末がキラキラと光る。

その粉末は、俺の視線に合わせて、奥へ奥へと流れているように見えた。


酸性の匂いが徐々に濃くなる。露出した皮膚からチクチクするような痛みが走った。

警鐘が、頭の中に響く。


しかし、底知れない魅力がここにはあった。


カサッと薄い紙を踏んだ感覚が靴底から伝わる。俺はピタリと動きを止め。息を殺した。

……人の気配はない。

けれど、視線のような違和感だけが、心のどこかを貫いていた。


俺は足元の紙を手に取り、指でなぞった。ざらついた手触りの長方形。紙のこしは強い。

俺の顔は自然とにやけた。


懐中電灯でそれを確かめる。透かしの人物の名前は知らない。俺はゆっくりとそれをかき集め、バックに詰めた。部屋にばらまかれた紙幣。集めても集めても終わりが見えない。


大量に、それも無造作に。

……放置され過ぎている。

集めている手には喜びよりも、違和感が勝っていた。


ふと、壁の一片を見ると、天井まで続く棚に無数の箱が押し込まれていた。


その時、ゆっくりと扉が開く音がした。俺は棚の隙間からそれを覗く。そこにはスーツ姿の青年の姿があった。まるで、何かを失った直後みたいに、顔色が抜け落ちていた。


一瞬、目線があった気がした。慌てて、顔を棚から離す。しかし、青年の顔は、「やっと来た」とでも言うように、なぜか緩んで見えた。


これ以上の長居は無用だな。


俺はゆっくりと、もとの通路をたどった。

店から出る直前、店内に風が舞った。紙幣が重なり合い、宙を舞う音。それに続いて、バフっという何かを吹き飛ばす音が鳴る。


背筋をなぞるような寒気が走った。

……背後に、何かいる。


俺は店から出ると、足早にその場を後にした。


夜風が頬をなでる。

いつもの仕事なのに、妙に実感がなく、身体がどっと疲れていた。


自宅に戻り、バックを開いて驚愕した。

一千万円はくだらない量の札束。俺はそれを机に取り出す。だが、紙幣の端々に白い粉が付着していた。さらには紙幣と紙幣の間に、白い錠剤が挟まっている。


これじゃあ、使えない、とため息が漏れた。

急に背筋が寒くなる。頭が痛い。喉が渇く。筋肉が悲鳴を上げた。


背筋が粟立った。

これは、触れていいものじゃなかった。


まぶたがとても重い。

俺は朦朧とした意識の中、水を飲むために冷蔵庫を開けた。


開けた瞬間、ボロボロと何かが崩れ落ちた。あっという間に冷蔵庫の前は、何かで埋め尽くされた。俺は冷蔵庫の中を、じっと覗く。


──ギョロリ。


俺は後ろに飛び上がった。

目玉。血走った大きな目玉が、そこにあった。

カラカラと尻もちをついた場所は、うるさく鳴った。


身体を支える手は沈み込み、うまく体勢を保てない。足がつるように痛んだ。

俺は埋もれた。視界には大量の白い箱。


手も足も箱に沈み込み、身動きが取れない。


「み、みず……水を」

喉の渇きが、思考を深く貫いている。

喉が焼けるように熱い。


腕が虚しく、空をつかむ。

身体を酷くよじると、ジャケットの内ポケットから小瓶がカタリと飛び出してきた。小瓶の液体が重みを持って波打つ。目に映った瞬間、俺の手は栓を抜き去り、口にそれを突っ込んだ。


喉が潤う。

うますぎる。


思考が渇きへの衝動を弱め、理性が少しだけ、戻ってきた。

”これを飲んではいけない”その思考は確かにある。だが、俺の身体は言うことを利かずに飲み込み続けていた。


すると、冷蔵庫から低い声が聞こえた。


「お前さん、それらを持ち帰るには対価が大き過ぎたようだな」

視線だけ冷蔵庫に向ける。目玉は俺を見つめ続けていた。


低い声は冷たく突き放すように続ける。


「窒息薬と名付けよう。お前さんのことは、箱にだけ、刻んでおいてやるよ」


俺は箱に埋もれ、

もう、呼吸を必要としなかった。

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