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りすく屋のクスリ  作者: TOMMY


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6/13

副作用

──頭が痛い。朝日がカーテンから漏れていた。

私は机まで歩き、引き出しから箱を取り出した。


「頭痛成薬」


錠剤の数が減っていないことを見て、納得する。

「これを飲んだわけじゃないのね」

私はそれを箱だらけの机の引き出しに押し込んだ。


部屋のカーテンを開ける。朝日が優しく包み込む。庭の木は生い茂り、鳥たちは今日も自由を謳歌していた。


……何も思わない。

いつもは心が温まるのに。


私は鞄から皮肉吐き薬の箱を取り出した。


注意

他者に不快感を与える可能性がある

大量摂取により、たぶん感情が希薄になる


「……ふうん」


それが何を意味するのか、よく分からなかった。

ただ、今の私の頭に浮かぶのは、どす黒い皮肉ばかりだった。


──コンコンと部屋のドアが鳴った。


「お嬢様、朝のお支度の時間です。お父上様がお呼びです。

気分は……落ち着きましたか?」


私は口を開いた。


「そんなこと分かっているわ。それくらい察してくれないのかしら」


言葉が、するりと出た。

出てしまってから、胸の奥がわずかに軋んだ。


執事の足音は、返事もなく遠ざかっていった。

今の言葉が何を意味したのか、私はまだ分からなかった。


朝の支度を済ませ、パパの書斎へ向かう。

どうせ、昨夜のことで叱られるのだろうと思っていた。


けれど、パパの言葉は予想と違った。


「いやー、素晴らしい。

ちゃんと自分の気持ちを言えるようになったんだね」


私は、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「あんな男と会食させてしまって悪かった。

実はね、パパもあの社長のやり方は間違っていると思っていたんだ」


胸の奥に、冷たいものが落ちた。


「……私が、あんなことを言っても?」


「うん。むしろ、よく言ってくれたよ」


パパは続ける。


「会社からも連絡があってね。

レビュー会での発言がきっかけで、デザイン開発がうまくいったそうだ」


そう言って、眼鏡を外し、目を拭った。


「今までごめんな。

ずっと我慢させていたんだな」


謝られているはずなのに、

胸の奥が、じわじわと締め付けられる。


嬉しいとも、悲しいとも違う。

ただ、心臓のあたりが、確かに痛かった。


私は部屋に戻り、ベッドに座ると枕を抱いた。

時間だけが、形を失って流れていた。


この感覚はどう表現すればいいのだろう。

楽しければ笑い、悲しければ泣き、辛ければ険しい顔を作れる。虚しいときは、何もなかった。


ふと、外の音が聞こえてきた。小鳥の歌声。犬の遠吠え。吹きすさぶ風の音。確かにそれは、かつて私の心に熱を持たせていた。


……今は、何も。枕が、濡れていた。


私は仮病薬を飲み、今日の予定をすべてキャンセルした。

そして、夜中に部屋を抜け出して、りすく屋さんを訪ねた。


お店の扉を開けると同時におじさまに言った。

「私、感情を失ってしまったの……」

その言葉に続いて口は勝手に告げる。

「このお店の薬のせいで」

私は咄嗟に口を押えた。


でも、おじさまの目には何も変化はなかった。

おじさまは冷たい声色で言う。

「ここはりすく屋だ。クスリには代償がある。患うことはできても、治すことはできない。お嬢ちゃんも分かっているだろう?」


皮肉は勝手に口から出なかった。

心は完全に暗い底に落ちた。


おじさまの目は少し下に向いた。

「あれは飲んでみたのかい?」


「あれ、とは……」

私は下を見た。そこには肩にかけた鞄があった。私は気付いた。まだ、飲んでいない。名前のない薬があることを。


私は鞄を床に置き、奥底から真っ白な箱を取り出した。それは、皮肉吐き薬の対価を払ったときに、棚から吐き出された名もなき薬。


箱の中には一粒の錠剤が入っていた。

私はそれを人差し指と親指でつまんで見つめた。


真っ直ぐなおじさまの目がその奥に見えた。


口に入れ、飲み込む。


すると、嬉しさも、楽しさも、感情が戻ってきた。身体の内側がとても温かい。


おじさまは棚から出て、こちらに歩み寄ってくる。はじめて見るおじさまの姿。背が高くスラッとした体躯。満面の笑みを浮かべ、私をお姫様抱っこする。鳥肌が止まらない。なんて素晴らしい薬なんだろう。生きていてよかった。


私はこのときのために、生きていたのだと直感した。もう死んでもいい。


「お嬢ちゃん」

おじさまの美しい声が耳に響く。

私は答える。でも声が思うように出なかった。

「……は……い」


その瞬間、身体に強い衝撃が走った。

「死ぬには、まだ早い」


世界が暗転する。開いた視界はかすれていた。そこには、白髪の老人の姿が見えた気がした。


「これは、臨死薬だ」


そこで意識は、プツンと途切れた。

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