表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
りすく屋のクスリ  作者: TOMMY


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

対話

パッと照明が光り、俺の目を焼いた。

「やっぱり大きな家には、来るものなんですね」


その声は少し嬉しそうだった。


──ようやく身体は落ち着きを取り戻してきた。


その間もその声は、楽しそうに語りかけていた。

俺は恐る恐る顔を上げる。


そこには泥棒だと理解している俺を、薄い笑みで見つめる、社長の娘が立っていた。


「泥棒さんなのに、暗闇が怖いんですね」


彼女の言葉に声が出なかった。


「もう明るいですから、ちょっとお話しませんか?私今、きっと嬉しいんです」


促されるまま、俺はソファーに腰を下ろした。

彼女は、俺が何か話し出すのを待つみたいに、じっとこちらを見ている。


目が合うたび、薄く笑ったように見えた。


「……怖くないのかよ」


パチンッ。

彼女は顔の前で手を叩いた。


反射的に、俺の背中が跳ねる。

それを悟られたくなくて、視線を逸らした。


「はい。私、感情がなかったんです」


「……感情が、なかった?」


「はい!」

弾む声だった。

「恐怖も、驚きも、楽しさも、悲しさも。ぜんぶ、ありませんでした。でも──」


彼女は、少しだけ身を乗り出した。


「泥棒さんが来て、取り戻せたみたいなんです」


「……何を言ってる」


「泥棒さんが来たとき、怖くはなかったんです。でも、鼓動が大きくなったんです」

彼女は胸に指を当てる。

「それで思ったんです。あ、防衛本能は消えてないんだなって」


「……最初から、見てたのか」


「はい!」

即答だった。

「光に映らないように、ベッドの中にいました。感情がないはずなのに、心臓は高鳴って、様子を見たいと思ったんです」


彼女は首を傾げる。


「おかしいですよね。怖くないのに、隠れて。隠れてるのに、見たくなる」


俺は眉間に皺を寄せた。

「だから、なんだよ」


「矛盾なんです!」

彼女は楽しそうに言った。

「無感情なのが薬の効果なのに、心臓は高鳴ってしまう。隠れるはずなのに、見てしまう。──矛盾してるんですよ」


ベッドの上で、彼女は腰を浮かせた。


「あはは。そう思うと、おかしくて」

笑いながら、言う。

「怖いから、ワクワクして。楽しいんです」


俺は、もう訳が分からなくなっていた。

「意味、わかんねぇよ」


「私にも、分かりません」


それでも、と彼女は続ける。


「でも今は──嬉しいんです」


あはは、と笑った瞬間、

彼女の顔は、どこか壊れたみたいに歪んだ。


その笑顔に耐えきれず、

俺の顔も、同じように、砕けた。


彼女は笑いながら言った。

「何か飲みますか?それとも現金ですか?」


その言葉に寒気がした。

窒息しかけたときの記憶が、まだ脳裏に存在していた。

俺は苛立ちを込めた低い声を出した。

「お前、俺をおちょくってるのか」


しかし、彼女はまったく怯まない。それどころか、俺の身体に顔を近づけ、鼻から息をしてみせた。


俺は身体を反らせ、眉間のしわを深める。


「やっぱり。りすく屋さんの香りがします。あそこに行ける人に、悪い人はいないんです」


彼女は俺との距離を詰めたまま、体勢を崩さない。

「それに私、逃げなくていいんです。慣れてますから」


俺はこの空間から、一刻も早く出たかった。また、悪夢のような時間を過ごしたくない。


「邪魔したな。帰る」


彼女は残念そうに言う。

「そうですかー。あっ、お父様の壺をひとつ持っていってもいいですよ。感情を取り戻せたお礼です」


彼女は、皮肉めいた表情でさらに続ける。

「対価は、自由に決めていいですよ。はは」


俺は見送られて、玄関から部屋を出た。

何も盗れなかった。

盗ったらきっと、死ぬと思ってしまっていた。


──俺は街をひた歩いた。

どこへ向かえばいいのか、見失ってしまった。


何かを盗ることは、もうできそうになかった。

喉の奥がふさがるような感覚と、無数の箱がきっちりと並んだ光景が、黒い染みのように、ときおり脳裏に滲んでくる。


街には朝日がゆっくりと昇っていく。

何もないことが、こんなに清々しく思えたことは、はじめてだった。


人々は忙しそうに、過ぎ去っていく。

黒いスーツのサラリーマン。

キャリーケースを転がす旅人。

寒空の下でも素肌の多い若者は、どこに向かっているのだろう。


俺は交差点の端で、彼らの行方を想像していた。

だが楽しそうな表情の人は少ない。

大半は暗い顔をしていた。俺も、そのひとりだった。


しばらくすると、着崩れた茶色いスーツの老人が声を掛けてきた。

「兄さん、これ、必要なんじゃないかね。安くしとくよ」


差し出された手には、小さな白いポリ袋があった。


俺は一歩、無言で後ずさりし、睨むように視線を向ける。

老人は肩をすくめただけで、それ以上近づいてはこなかった。


この世界は、気づいた隙を、誰かが必ず覗き込んでくる。

誰もが、その弱みを正義面して突いてくる。

自分が突く側に回らなければ、生き抜くことは難しい。

──そう思っていたはずなのに。


俺は日差しの強い交差点を避けるように、

自然と、日陰の路地へ足を向けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ