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りすく屋のクスリ  作者: TOMMY


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10/13

矛盾

彼の顔が赤いことに、私は遅れて気づいた。クスリを飲んでいる人の顔ではなかった。


呼吸が早く、顔は赤いのに、唇は青ざめていた。私は何度も声をかけた。でも、まったく聞く耳を持たないように喋り続け、ついには倒れてしまった。


「大丈夫ですか?」


肩を二度叩く。反応はない。


もう一度、もう少し大きな声で。


「大丈夫ですか?」


肩を二度叩く。反応はやっぱりない。この場合は心音を確認する。私は人命救助の練習通り、彼の胸に耳を近づけた。


すると、ドクンッ、ドクンッと鼓動は鳴っていた。耳で聞かなくても、触ればわかるほど、脈動している。


……いや、鼓動がどんどん大きくなっている。


「こんなの、どうすればいいの……」


私は立ち上がり、その場で思考を巡らせた。

倒れた人が怖いとも思えない。

なにより焦りがないことが、虚しかった。


すると、クローゼットの奥からカタリと乾いた音がした。

私はゆっくりと、そこを開けた。

何となく、そこがどこに”繋がっているか”を分かっていた気がした。


「臨死体験は楽しめたかい?」

おじさまの声は心の奥底に、重く響いた。


クローゼットの中は一面、棚と箱が敷き詰められていた。ギチギチに詰め込まれたように、箱は潰れて見えた。その箱と箱の隙間に、目玉がひとつ浮かんでいた。

私はなぜか、安堵した。


「おかげ様で

──そんなことより、目を覚ますクスリはありますか?」


おじさまの目玉はギョロリと動き、倒れている彼を、まるで舐めるように見つめ回した。

「お嬢ちゃん、心配いらない。じきにクスリの効果は切れる。目覚めるかどうかは、この坊主次第だがね」


私はほっと胸を撫で下ろした。

……ほっとした。当たり前のことなのに、とても嬉しかった。安心という感情がそこにある気がした。


「お嬢ちゃん、クスリの箱に書いた内容は、勝手な考察だ。その通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まぁそんなこと、どんな言葉や文字にも、言えることだがね」


私は小さく頷く。

「確かにそうですわね。私、外に出て、悩んで、ようやくわかってきたの。


教わった通りに足を動かしても、うまくいかない日がある。標識の矢印が指す先に行っても、何もないことがある。


だからたぶん、見るということは、従うこととは、少し違う。


すべてを鵜呑みにするのではなく、自分の目で見定めなくちゃ、ね」


おじさまの目玉はぐるりと一回りすると、静かに闇の中へ消えた。


「今日はこれをいただくわ」

私はひとつの箱を手に取り、数枚の紙幣を棚に置くと、ゆっくりとクローゼットを閉じた。


……りすく屋さんは、やっぱり私を助けてくれる。


──しばらくすると、彼は目を覚ました。

すると私の顔を眺め、ギョッと顔を引き、目線を反らした。


私はその様子をただ見つめる。


彼はゆっくりと身体を起こし、猫背のまま静かに口を開いた。

「申し訳ありません。ここまでの経緯は覚えているのですが──よくわからないのです」


私は、どう返すべきか分からなかった。

私はソファーから立ち上がり、彼の部屋を出ようと会釈した。


彼は私を見つめた。すでに以前のような活発な表情は失われ、呆気に取られたようにポカンとしている。しかし彼の口は、何かを小さくつぶやいていた。


「……む…じゅ、です」


私は聞き返した。

「何て、おっしゃいましたか?」


彼は顔を上げ、私の顔をじっと見つめた。

「……感情を取り戻す鍵は、矛盾です。あの店のクスリには、リスクがある。でも、矛盾した思想はそれを覆すことが──できる、と思い、ます。なぜそう思うのかは、わかりませんが……」


感情を取り戻す。

その言葉は心に響いた。

行動と感情が食い違う。頭では状況を理解していても感情がついてこない。


”矛盾”


その言葉は薄っすらと何かを灯した。

窓の外の光は徐々に失われていった。もう、帰らなければならない。


私はお礼を言って、彼の家を後にした。


──夜の帳が、街に下りる。

コンクリートの田舎道。車通りのない道の街灯が一斉に点った。照らされた私の影がゆっくりと伸びていく。


少し歩き、次の街灯に近づくと、その影は短くなった。街灯との距離によって、影は伸び、縮む。当たり前のこと。それが私にはない。


最近まで、外を歩くのは、どこか怖かった。思考の隅に、得もしない恐怖があったから。

怪物やおばけの類、不審者や殺人鬼の類。どれもこれも、闇の中からやって来て、私を攫っていくと思い込んでいた。


けれど、今はまったく怖くない。無関心なことが危険なことは理解している。


でも、実際に夜の世界を歩いてみて、そんなに恐ろしい世界じゃないことを理解した。

たぶん、変質者にあっても平然と対処できる自信がある、と思ってしまっている。


私は皮肉を言えるようになって分かった。

この世界は本音を語ったほうが前に進めるのだと。

でも、傲慢な態度は取りたくはない。

”自分が”と威張るようなやり方は不快。そうはなりたくない。

そのバランスが大人なのだと思う。


私は部屋に戻り、ベッドに横になった。すると、暗い気持ちは少しだけ、和らいでいる気がした。


ガサガサと暗闇から音がした。

いつもだったら、窓をじっと見つめて、鼓動とともに数分間、身構えていたと思う。私はそっと、目を閉じた。今日はぐっすりと眠れる気がした。

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