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残された時間を知ってしまった私達は  作者: 七瀬乃


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3/19

黒嶋琉生

 あの時西浦さんは、ホームから飛び降りようとしていた気がする。

 俺があの時、手を掴んでいなかったら、どうなっていたかと思い出すだけで血の気が引く。

 彼女は泣いていた。無理矢理、笑顔を作りながら涙を流していた。苦しそうに笑いながら涙を流す姿を見て、俺まで苦しくなった。心臓がギュッと掴まれるように苦しい。

 初めて彼女の涙を見て戸惑った俺は、気の利いた言葉をかけることができない。歯がゆくてたまらない。何で飛び降りようとしたのか、何があったのか聞けるわけない。そんな俺にできることは、彼女のそばにいることだけだ。また彼女が危ないことをしないように見守って、俺といることで少しでも気が紛れるならいいなと思っている。

 西浦さんの笑顔が好きだから、また心から笑ってほしい。



 期末試験の返却が終わった。あとは夏休みを待つだけだ。テストは赤点を何個か取ったけれど大丈夫。俺はもう勉強は諦めた。諦めたというか、進級できる程度の勉強しかしないと決めている。ただ学校生活を楽しく送ることができればそれでいい。

 親は、学校に行きたいなら行きなさい、勉強はできなくてもいい、好きなようにしなさい、と俺の意思を尊重してくれる。厳しいんだか、甘いんだかよく分からない親だ。でも、好きなようにさせてくれる親には感謝しかない。



 今日はロングホームルームの時間に、体育祭に向けて、係や出場種目、応援団員をクラスで決めるらしい。

 クラス委員が教室の前に立ち、体育祭に向けて話し合いを始めた。

「応援団員になりたい人、挙手お願いしまーす。クラスから四人。男女二人ずつで」

 陸人から、応援団員になろう、と誘われていたので、陸人と目を合わせてから手を挙げた。

「おっ! ちょうど男子二人。じゃあ男子は決まりで……女子は……」

 クラス委員がそう言いながら、俺の横の席に目を向けた。それを見て、俺も横に目を向けると、西浦さんが手を挙げている。顔の横で自信がなさそうに、弱々しく手を挙げている。

 えっ、と思わず声を出しそうになった。応援団員とか絶対にやらないタイプだと思っていた。彼女は人気者だが、目立とうとはしない。クラスの中では積極的に発言するほうではないし、控えめな印象だった。そんな彼女が手を挙げるなんて。

「おっ! 女子もちょうど二人! じゃあこれで応援団員は決まりだな」

 もう一人は、西浦さんと仲の良い斉藤だった。なるほど、そういうことか。たぶん、斉藤が西浦さんを誘って断れなかったんだろうな。

 


 放課後になって、早速応援団の集まりがある。三年生の教室に集合と言われていた俺達は、四人で集合場所へと向かった。

 陸人と斉藤が前を歩いて、俺と西浦さんが後ろからついていく。

 俺が、「西浦さん大丈夫?」と声をかけると、彼女は、「ん? 大丈夫だよ?」と力が抜けたように笑った。

「それなら良かった。応援団頑張ろう」

 彼女は、「うん!」と勢いよく頷いて答えてくれた。

 今日は元気そうだ。前ほどではないけれど、少しずつ元気を取り戻しているように見える。


 三年生の教室に着き、学年ごとに集まって座るように言われた。

 応援団長が前に立ち、自己紹介をしたあと、三年生の団員の紹介。二年生、一年生の紹介が行われた。

 俺の横には西浦さんが座っている。紹介されている時は、彼女は緊張からか、口をギュッと閉じ、顔が強張っているようだった。

 紹介が終わってからは、応援の練習スケジュールなどの説明を受けていた。

 ふと彼女のほうを見ると、俯いて息づかいが荒く、肩が上下に大きく動いている。そして、手が震えていた。明らかに様子がおかしい。

「団長、すみません」

 俺は団長の話を遮った。

「ん? どうした?」

 突然話を遮られたからか、団長は眉間に皺を寄せ、俺を睨んでいる。その表情に尻込みしそうになったが、それどころではない。

「二年の西浦さん、体調が悪いみたいなので帰ってもいいですか? 俺、送って帰ります」

「マジで? 大丈夫? 帰っていいよ!」

 団長の眉間の皺が一気になくなり、優しく答えてくれた。

 陸人と斉藤も驚きながら、心配そうな表情をして、「大丈夫?」と西浦さんに声をかけている。

 彼女は声を出さずに頷いた。

 斉藤が、「私も送るよ!」と言ってくれた。でも、陸人が一人になるし、斉藤は家が逆方向だ。

「いや大丈夫。俺……家、隣だから」

 家が隣だと誰も知らないと思う。このことを言っていいのか分からなかったが、つい言ってしまった。

 斉藤は、「えっ?」と目を見開いている。

「とにかく送って帰るわ。すみません。お先に失礼します」

 みんなの視線を感じながら、彼女の肩を支えて教室をあとにした。

 廊下を歩いて、階段を降り、校舎の外に出た。

 夏の日差しが地面を焼き付けて、一瞬目を瞑りそうになる。彼女はそれにも動じず、心ここにあらずで俯いている。

「一回座る?」と声をかけるが、彼女は首を横に振る。

「駅まで歩ける?」

 次は頷いた。

 このまま肩を支えながらは歩きにくい。でも、どこか支えないとふらついてしまいそうだ。手を繋ぐのは、ちょっと勇気が出ない。

「ごめん。腕、掴んでいい?」

 そう尋ねると、彼女は頷いて、「ごめんね」と消え入りそうな声で言った。

 駅までの道のりは長く感じた。歩いている俺達を容赦なく日差しが照りつけ、地面からの熱気とともに体力を奪っていく。髪の生え際から大量の汗が噴き出し、額を伝う。汗が目に入ってくるので肩で拭う。西浦さんを見ると、全く汗をかいていないように見える。そんなに体調が悪いのだろうか。心配だ。


 やっと駅のホームについた。

 電車が来るまでまだ時間があったので、彼女をベンチに座らせる。

 俺も横に座って、ふぅ、と息を吐く。

 彼女を見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。

「大丈夫……?」

「琉生くん……。私ね……私……」

 西浦さんは震える声で、何かを言おうとしている。

 言葉に詰まった彼女を見つめて、うん、と頷いた。

 彼女は、自分の左の手の平を見つめた。

 それを見て、俺は胸が騒いだ。


「私ね、この前、hand numberが出てきたんだ。その時はまだ、もう少し死ぬまで時間があると思っていたの。でも、さっき応援団の集まりの時に手の平を見たら……急に数字が変わってて……来年の今頃には私……死ぬみたい」

 西浦さんは一粒の涙を流した。

 まさか、彼女が死ぬなんて信じられない。喉に蓋をされたみたいな感覚で、言葉が出てこない。なんと声をかけていいのか分からない。考えて、考えて、考え出した言葉がこれだ。

「怖いよね」

 こんなことしか言えない。彼女の救いになるような言葉が浮かばない。

「うん。怖い……私、まだ十七歳だよ? 何でこんなに早く死なないといけないの? 何で私なの……」

 彼女は、不安そうで悲しみや苛立ちの感情が混ざっているような口ぶりで、震える声、震える手を必死に止めようとしているように見えた。

 そんな彼女に対して思わず、「分かるよ」と言ってしまった。言ってしまってから気づいた。いい加減な言葉だ。彼女の気持ちは彼女にしか分からない。もし、同じ立場だったとしても、人はそれぞれ価値観が違って、同じような気持ちが、感情が生まれるわけではない。簡単に共感するべきではないとずっと俺は思っていた。思っていたのに、言ってしまった。

「……分かる? 分かんないでしょ? 琉生くんには、分かんないよ。だって琉生くんは私よりも長く生きるんでしょ? 簡単に分かるなんて言わないで!」

 案の定言われてしまった。彼女を悲しませたくないのに、怒らせたくないのに、何で俺はいつも思っていることを言ってしまうんだ。

「ごめん」

 謝ったけれど許してもらえるはずない。

 沈黙が続き、彼女のすすり泣く声が聞こえる。彼女はずっと遠くのほうを見て、俺のほうを見てくれない。


 列車が参ります、というアナウンスが聞こえてきた。電車がホームに入ってくると、空気の流れが変わったが、俺達の重い空気は変わらない。生ぬるい空気が全身を包んで、息苦しくさせる。

 

 俺は何もできずに、ただ彼女を見つめる。

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