愛生の母
白いワンピースを着た愛生が、海に足をつけて私に笑いかけている。
お母さんも早く来て、と言われて愛生に向かって走るけれど、愛生は遠ざかっていく。そして、琉生くんが愛生と手を繋いで海に入っていく。待って! 愛生! お母さんの所に戻っておいで! と言うけれど、愛生は振り返らない——
「西浦さん、もうすぐ着きますよ」
呼ばれて目を開ける。車に揺られてつい寝てしまった。愛生の夢を見るのは久しぶりだ。今から海に行くからこんな夢を見てしまったんだ。
「すみません。寝てしまって……」
「いえいえ、夜勤明けでお疲れでしょうから、むしろ寝てほしいです。帰りも寝てくださいね。もう私達の間で遠慮はなしです」
助手席に乗っている黒嶋さんの奥さんが、後ろに乗っている私のほうを見ながら言う。
「ありがとうございます。旦那さんも、今日は運転ありがとうございます」
「いえいえ、運転好きなんで」
旦那さんとバックミラー越しに目が合う。
「着きました」と旦那さんが言って、駐車場に車を停める。
車から降りたけれど、まだ海は見えそうにない。
二人についていくと、海が見えてきた。鞄から写真を取り出して見る。愛生もここに来たんだ。
砂浜と海の写真。
空の写真。
愛生が海に足をつけて笑っている写真。
琉生くんが海に足をつけて笑っている写真。
貝殻を持って笑っている琉生くんの写真。
愛生が手を広げて空を見ている写真。
海を見ながら写真を見ると、そこに愛生と琉生くんがいるように錯覚する。
「黒嶋さん、写真見ますか?」
「ありがとうございます!」と二人が声を揃えて言う。
「あ、これこの前写真のデータで見ました! 愛生ちゃんも琉生も楽しそうですよね……」
奥さんが一枚一枚ゆっくりと見ている。切なげな表情をしていたけれど、愛おしそうにも写真を見ていた。
「今日琉生が残してくれたカメラ持ってきたんです。良かったら撮りましょうか?」と旦那さんが言う。
「いえいえ! 私は大丈夫です! 私がお二人を撮りますよ」
「ダメです」
奥さんから腕を掴まれた。私と腕を組んで、「一緒に撮りましょう」と言う。
「えっ……。でも……」
「思い出です! ねぇ! 撮って〜」
「はいはい。じゃあいきますよ〜三、二、一」
撮った写真を確認する旦那さん。首を傾げながら、「西浦さん! もっと笑ってくださいね」と言う。
「西浦さん、ほら、に〜ってしてください」
「に〜?」
「そう! あはは」
「に〜! ふふふ」
「はい、カメラ見て」
旦那さんが、撮った写真を確認して微笑んでいる。こちらに近づいて、「見てください。良い写真が撮れました」とカメラの画面を見せてくれた。
「ありがとうございます。私、こんな表情するんですね……。何年ぶりの写真? って感じです……恥ずかしい……」
「恥ずかしくないですよ〜! 愛生ちゃんってお母さん似だったんですね。笑った顔がそっくりですよ」
「本当ですか? なんか嬉しいな……。あっ、ご夫婦で撮りませんか? 私、撮りますよ」
「お父さんお願いしよう! 久々撮ろうよ!」
「そうだな。お願いします」
カメラを預かって、少し離れる。
「じゃあ、撮りますよ。三、二、一」
「に〜!」
本当に素敵な二人だ。いつも私の心を温めてくれる。心が救われる。
きっと琉生くんも素敵な男の子だったんだろうな。愛生もすごく救われていたんだろうな。
「琉生くんは、旦那さん似だったんですね。笑顔が似てる気がします」
「そうなんですよ〜! 旦那の若い頃にそっくりなんですよ!」
「そんなに似てるか?」
「似てる似てる」
「あ、もうそろそろ日が暮れるから、座って見ましょうか、西浦さん」
「そうですね。二人が見た夕日、見ましょう」
夕日の写真を鞄から取り出す。もうすぐこれと同じような夕日が見れる。
太陽が少しオレンジ色に染まり出した。徐々に私達をオレンジ色に染める。
太陽も、空も、海も、砂浜も、横にいる二人も全てを綺麗に見せる夕日が心に沁みる。
勝手に涙が出る。愛生もこれを見て泣いたんだね。
「西浦さん」
呼ばれて横を見ると、奥さんが涙を流していた。奥さんが真っ直ぐ夕日を見ながら口を開く。
「琉生に言ってやりたいです。自分がもうすぐ死ぬって思わなくても、この夕日は涙が出るくらい綺麗だよって!」
ハンカチで涙を拭いながら少し笑う奥さん。
「本当ですよね。これは泣いちゃいます」
「ですよね! お母さん達、泣いちゃったよ琉生」
「……愛生ちゃんと琉生は、何を思いながら夕日を見ていたんだろうね……」
旦那さんが呟いた。私も奥さんも答えることができなかった。何を思っていたのかは本人にしか分からないけれど、きっと愛生も琉生くんも不安な気持ちを抱えながら見ていたと思う。それを考えると心が締め付けられそうになる。
空が完全に暗くなって、月と星を眺める。こんなに綺麗な景色を教えてくれた愛生と琉生くんに感謝しないと。そして、こんなに素敵な二人と仲良くなれたことに感謝したい。
hand numberがあったから、今ここに来ることができたんだよね……
「黒嶋さん……」
「どうしました?」
「私、たまに考えるんです。hand numberがなかったら、愛生と琉生くんはどう過ごしていたのかなって。もしかしたら愛生と琉生くんが一緒に海に来ることはなかったし、手紙を残すこともなかった。私達がここに来ることもなかったかもしれません。こんなこと言い出したら、きりがないけど、愛生と琉生くんはhand numberがあったから、後悔のないように生きることができたんですよね。でも、知らないほうが幸せなこともあるって思うんです……。hand numberがあるのと、ないの、どちらが幸せなんでしょうね……」
「どうなんでしょうね……。残された者は、大切な人が突然いなくなるのも嫌だし、死ぬと分かっているのも苦しいし……。もし、愛生ちゃんや琉生の立場だったらって考えても……正直どちらが幸せか分からないですね……」
私は自分の手の平を見る。手の平の数字は"43"。
私は愛生の分まで、あと四十三年、生きなければならない。
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