愛生の母
手紙はとっくに読み終わったのに、顔を上げることができない。
琉生くんが、愛生も自分も責めないでって書いてくれていたけれど、やっぱり私は自分自身を責めてしまう。
愛生のこと、何も気づいてあげられなかった。親として、娘のことを何も見ていなかったんだ。毎日きっと不安だったよね。けれど、思い返してみると、最近の愛生は毎日楽しそうにしていた。無理に楽しそうにしているとかではなく、心から本当に楽しそうにしていて、友達と出かけた時のこととか、幸せそうな笑みを浮かべて話してくれた。反抗期の娘が楽しそうに話してくれて、素直に嬉しかった。
シングルマザーになって、愛生のために働いてしっかりしないと、と思って気を張り詰めていたけれど、愛生が私と沢山話してくれるようになったから、張り詰めていた心が溶けていった。
愛生が家事を手伝ってくれていたおかげで、仕事に集中できていた。愛生が私に与えてくれたものは大きいのに、私は愛生に何も与えられていなかった。愛生が私に何か求めることはなかったし、私から愛生に何かしようともしなかった。仕事が忙しいのを理由に、愛生から距離を置きすぎた。向き合うことを放棄した。
「西浦さん……」と奥さんの声が聞こえて、頭を上げた。
「あ……すみません。読み終わりました。ありがとうございます」
「いえ……きっと娘さんも、琉生と同じことを思っているはずです。産んでくれてありがとう、と……」
旦那さんがそう言ってくれたけれど、愛生から聞きたかった。
「ありがとうございます。息子さん……琉生くんが手紙を残してくれたおかげで、愛生の気持ちと、この一年間のことを知ることができました。琉生くんは責めないでって書いてくれていましたけど、やっぱり責めてしまいます。愛生に対しては、何でhand numberのことを言ってくれなかったの? って……。シングルマザーになって、一人でしっかりしなきゃ、愛生のために仕事をもっと頑張ばらなきゃって、ストレス溜めて、仕事で疲れて、あの子に沢山辛く当たってしまいました。hand numberのことを言ってくれていたら、もっと優しくできたのに……。とか、言い訳ですよね…… たぶん、言いにくくさせていたのは私なんです。仕事で疲れているのを理由に、愛生とコミュニケーションをとっていなかった私が悪いです。その前に、娘の変化に気づくべきだった。親として娘を全然見ていなかった。しっかりしてる子だから、一人で大丈夫だって、あの子の優しさに甘えていた私は親失格です……」
奥さんも涙を流して、私の話を聞いてくれている。
私は話し続けた。
「こうやって後悔したって遅いんですよね……。愛生はきっと、私にhand numberのこと言わなかったの後悔してないと思います。あの子に最後会ったのは、あの日の朝、玄関でお見送りしている時でした。あの子……行ってきますって言った時、すごく良い笑顔をしていたんです。愛生が、五歳ぐらいの時の笑顔を思い出しました。あの幼くて純粋な笑顔を見せてくれたんです。良いことでもあったのかな、と思うくらいの良い笑顔でした。まさか死ぬなんて微塵も思ってなくて、私も普通に笑顔で送り出したんです。それを考えると、hand numberを知らなかったからこそ、私は笑顔で送り出せました。愛生も、私に伝えなかったから、あんなに良い笑顔ができたのかもしれません。手紙でも伝わりましたけど、愛生は本当に私のことを想ってくれていたんだなって……あとは、琉生くんが愛生のそばで支えてくれていたから、愛生はhand numberに向き合えたんだと思います。それと、琉生くんが自分も死ぬと愛生に伝えなかったから、愛生も安心して毎日過ごせたのかもしれません。言わないという選択をしてくれて、本当に本当にありがとうございました」
奥さんも、旦那さんも涙を流している。私も涙が溢れ出る。
「いえ……琉生も、愛生ちゃんと一緒にいるようになって、楽しそうにしていたんです。愛生ちゃんと仲良くなる前は、目が死んでいたんです。でも、愛生ちゃんのおかげで、hand numberが出る前の琉生に戻ったように笑顔が増えました。愛生ちゃんのおかげで最後の一年、充実した毎日を遅れたと思います。こちらこそ、本当にありがとうございました」
奥さんがそう言って、ご夫婦二人とも頭を下げた。私も頭を下げて、服の袖で涙を拭った。
愛生は琉生くんのhand numberのことを知らずに死んだけれど、琉生くんの心の支えになっていたんだ。琉生くんを救ったんだよ、愛生。
「西浦さん……」と奥さんに呼ばれて、頭を上げる。
「はい……」
「琉生も言っていたように、自分を責めるのはもうやめてくださいね。私達は、琉生が死ぬと分かっていましたが、親として何もできませんでした。変わってあげたいのに変われない。見守るしかなくて、本当に無力でした。西浦さんと一緒なんです。hand numberのことを知っていても、知らなくても何もできないんです。だから、私達も自分を責めるのはやめます」
「そうですよね。知っていても、知らなくても何もできないですよね……。自分を責めても子供が生き返るわけでもないし、琉生くんも責めないでと手紙に書いてくれていたし……。うん。責めるのはもうやめます」
ご夫婦が、優しく微笑んで頷いた。このご夫婦の息子さんだった琉生くんは、きっと良い子だったんだろうな。会ってみたかった。愛生を支えてくれた子に。
「あの……手紙はコピーをしてお渡しすることもできますが……」と旦那さんが言う。
「いえ。手紙は悲しむ材料になるって愛生が言っていたみたいなので、コピーはいりません。その代わり、愛生は写真をいっぱい残してくれましたから……どれも良い笑顔でした。琉生くんも写っていたので、ご覧になりますか?」
ご夫婦は、目を合わせ微笑む。
「実は、琉生が残したカメラにデータはあるんですけど、まだ見れてなくて……。写真ぜひ見てみたいです」
「じゃあ、持ってきますね。お待ちください」
愛生の部屋から写真を持ってきて、ご夫婦に渡すと、旦那さんがテーブルいっぱいに並べ出した。
「一緒に見ましょう」と旦那さんが言った。
やっぱり素敵なご夫婦だ。子供が亡くなったもの同士、気持ちを共有してくれているような気がする。
「わぁ愛生ちゃん本当に良い笑顔ですね」と奥さんも笑顔になって写真を見てくれている。
愛生が手紙ではなくて写真を残したのは、写真を見る人を笑顔にしたかったんじゃないかな。
「この愛生と琉生くん、二人とも最高の笑顔ですよ」
まるで恋人同士のように二人で顔を寄せ合って笑っている。
「本当ですね……琉生、こんな顔するんだ……」
「これが手紙に書いていた海だと思います。夕日がすごく綺麗ですね……。実際に見たらもっと綺麗なんだろうな……」
「琉生が手紙に一緒に行ってみてって書いていたから……海、一緒に行きませんか? 琉生と愛生ちゃんが見た景色を見に行きましょう」
「はい、そうですね。絶対に行きましょう」
奥さんと旦那さんが涙を浮かべながら、私に笑いかけた。私もつられて笑顔になった。
一枚一枚の写真をじっくりと見て、ご夫婦が帰る頃には涙を流すことなく、三人とも笑顔でその日は別れた。
愛生のおかげで自然と笑えるようになった気がする。写真を残してくれてありがとう。
それから私と黒嶋さん、特に奥さんとは連絡を取り合って、お互いの子供の幼い頃の写真を交換して見せ合ったり、作りすぎたおかずをお裾分けしたり、してもらったり、良好な関係を築けている。
大切な人との別れがあったけれど、こうやって良い出会いもあって、少しずつ私の心は前向きになっていった。
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