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残された時間を知ってしまった私達は  作者: 七瀬乃


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愛生の母

 愛生が亡くなる前日、朝御飯を作ってほしい、と言われた。珍しいな、とは思ったけれど、全然気にしていなかった。

 今思えば、愛生はあの日、自分が死ぬことを分かっていたのかもしれない。でも、もう愛生に聞くことはできないから本当のことは分からない。


 あの日、警察から連絡がきて、病院について愛生の所に行ったけれど、愛生はもう息をしていなかった。全然理解できなかった。私の娘が死んだ? いや嘘だ。死ぬはずない。まだこんなに若いのに、私より早く死ぬはずがない。

 愛生の頬に触れると、冷たかった。こんな暑い日にこんなに冷たいなんて、ありえない。もう愛生は本当に死んだんだ。


 通夜と告別式は記憶が曖昧で、気づけば終わっていた。

 愛生が亡くなってから数日後、警察から亡くなった日のことを詳しく説明された。

 愛生は、隣の家の黒嶋琉生くんと学校から帰る途中で事故に遭った。マンションから一番近いスーパーの前の道を歩いている時に、車にはねられた。

 救急隊が到着する前、二人は意識がない状態で、手を繋いで倒れていたらしい。救急隊が到着した時、琉生くんは心肺停止状態で、愛生はまだ心臓が動いていた。

 琉生くんは病院に運ばれてそのまま死亡が確認され、愛生は病院に運ばれて一時間後に亡くなった。

 運転していたのは八十代の高齢男性で、ブレーキとアクセルを踏み間違えたかもしれない、と話しているらしい。あと、愛生と琉生くんと面識があったと。

 面識があるとはどういうことか、と警察に訊いたら、スーパーで愛生と琉生くんが高齢男性に声をかけて、荷物を運ぶのを手伝っていたらしい、と話していた。

 高齢男性は、こんなに親切にしてくれた二人を死なせてしまって本当に申し訳ない、もっと早く運転を辞めるべきだった、と言っていると聞いた。

 何でよりにもよって、こんなに良い行いをしている二人が死ななければいけなかったの。しかも、その高齢男性の運転で……。


 愛生が、人助けをしているなんて全く知らなかった。愛生のこと何も知らない。私は仕事で疲れていたし、会話も少なくて、愛生のことを知ろうともしなかった。私が勝手に、落ち着いていて自立している子だからとか、反抗期だからと思って、あまり干渉しないでおこう、と言い訳ばかり言って私は逃げていた。そして、甘えていた。こんな私は親失格だ。

 奥歯を噛み締めて、自分の足を殴る。後悔しても遅いのに、後悔しか出てこない。



 愛生が亡くなって、二週間が経った。

 仕事はもう少し休みをもらうことにした。仕事をしているほうが気が紛れるけれど、愛生と向き合う時間も大切だから。


 愛生の部屋の前に立つ。なかなかドアを開けることができない。思春期の娘の部屋には入ってはいけないと思っていたから、何年もこの部屋には足を踏み入れなかった。

 愛生と向き合う。荷物を整理して、愛生の短い人生はどんな人生だったか、私は知らないといけない。

 ドアをゆっくり開けた。最初に目に入ったのは、床に何個か置かれたダンボール。ダンボールには、捨てるもの、お母さんにあげるもの、と書いている。

 やっぱり、あの子は自分が死ぬと分かっていたんだ。

 クローゼットの中は何もない。たしか、本棚に沢山本があったはずだった。でも一つもない。全部ダンボールに入れて、整理されている。

 自分が死ぬと分かって、荷物を片付けていたのを想像すると、胸が痛くてたまらない。

 何で気づいてあげられなかったんだろう。きっと一人で苦しんでいたんだよね。何で私に言ってくれなかったの。そうか、私が話せない雰囲気を作っていたんだ。仕事から疲れて帰ってきて、私から話そうとしなかった。でも、愛生が死ぬ前は、会話が増えて良い親子関係を築けていた。そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。


 お母さんにあげるもの、と書いているダンボールを開けた。中には、愛生が読んでいた本やマフラー、ラッピングされた小さな袋がある。

 ラッピングされた袋を手に取って、袋をゆっくりと開ける。手の平サイズの小さな箱に、happy birthday、と書いている。

 箱を開けると、ゴールドのチェーンにグリーンの小さな石がついたネックレスだった。

 来月、私の誕生日だからプレゼントをくれたんだ。どこまで親孝行な娘なの。お母さんは愛生に何もしてあげられなかったのに。

 このダンボールの中に入っているものは、全部大切にする。特にこのネックレスは、愛生と思って大切に肌身離さず持つからね。

 

 ダンボールの中身を見終わって、机の上にあった写真を手に取る。

 愛生と女の子が写っている写真。男の子と写っている写真が沢山ある。どれも楽しそうに笑顔で写っている。この時、愛生はまだ死ぬと分かっていなかったのかな。すごく良い笑顔。こんな笑顔、私の前ではしなかったな。

 特に、男の子との写真が多くて、たぶんこの男の子が琉生くんだ。琉生くんの話は、愛生から一度だけ聞いたことがあったけれど、優しそうな子だ。

 お父さんと愛生が写っている写真もある。

「これ……カフェだ……。お父さんと愛生、会っていたんだ……」

 愛生は、お店のエプロンを着ているし、もしかしたら手伝っていたのかもしれない。

 愛生もお父さんも良い笑顔だ。家族三人で毎日笑っていたのが懐かしい。


 ピンポーン、とインターホンが鳴った。モニターを見ると、隣のご夫婦が立っている。

 玄関に行き、急いでドアを開けた。

「はい」

「こんにちは。引っ越しの挨拶の時以来で……ご無沙汰しております。隣の黒嶋です」

 黒嶋さんの奥さんがハキハキと喋り、二人が会釈する。

「こちらこそ、ご無沙汰しております……。お互い子供がこんなことになってしまって、何と言っていいのか……」

「私達も何と言っていいのか……。まさか愛生ちゃんまで……」

「……もしかして、息子さん……」

 奥さんが悲しそうに微笑んだ。

「今日は、息子が残してくれた手紙を、西浦さんに読んでいただきたくて、伺ったのですが……」

「手紙……? あ、良かったら上がってください」

 手紙を残していたということは、やっぱり息子さんは自分が死ぬことが分かっていたんだ。

「すみません。お邪魔します」


 ダイニングに案内して、椅子に座ってもらい、急いでコーヒーの準備をする。

 私が手紙を読んでいいのだろうか。大切な息子さんのプライベートな部分を覗くのは気が引ける。

「どうぞ」

 ご夫婦の前にコーヒーを出す。

「ありがとうございます」

 私も椅子に座り、ご夫婦に目をやる。

「今日は突然すみませんでした」

 旦那さんが、落ち着いた口調で言う。

「いえ。今日は予定が何もなかったので……。ところで……先ほど仰っていた手紙というのは……」

「はい……。これが息子が残した手紙になります」

 奥さんが、テーブルの上に手紙を置いた。

「私が読んでいいのでしょうか……」

「はい。本当は、もう少し落ち着いてから手紙を読んでもらおうと思ったのですが、内容的に早いほうが良いかと思いまして……。息子……琉生が書いた手紙は、最初、私達に向けて書いているのですが、途中から西浦さんに向けて手紙を書いているんです。絶対に愛生のお母さんに見せて、と書かれていました」

「私に向けて……? 何で……」

「読めば分かると思います」

「じゃあ……私に向けて書いている所を……」

「いえ、最初から読んでもらいたいです」

「……分かりました」


いつも読んでいただきありがとうございます。

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