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残された時間を知ってしまった私達は  作者: 七瀬乃


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14/19

西浦愛生

 目を閉じて、耳を澄ます。水が流れる音。お米を研ぐ音。冷蔵庫を開ける音。包丁で何かを切る音。私が幼い頃によく聞いていた音たち。

 最近は、お母さんが忙しいから自分で朝御飯を用意していたけれど、今日だけはわがままを言って、お母さんに朝御飯を作ってもらう。ご飯が炊けた音がしたら、リビングへ行こう。


 ピーピー、とご飯の炊けた音がした。ベッドから起き上がり、リビングへ向かうと、お味噌汁の香りが鼻をくすぐる。

 リビングのドアをゆっくりと開けた。

「おはよう。朝御飯できてるよ」

「おはよう。ありがとう」

 お母さんが炊飯器を開けると、炊き立てのごはんの香りがリビングを覆った。

「お母さん、今日はごめんね。わがまま言って……。どうしても今日、お母さんのお味噌汁が朝飲みたくて」

「何言ってんの。 たまには作らなきゃね! 二人になってから、あんまり作ってなかったもんね……」

「お母さん、仕事忙しいからしょうがないよ」

「愛生は本当に優しいね。お母さんいつも余裕なくてごめんね……。愛生にいつも甘えすぎちゃってるよね。いつもありがとう」

 何で謝ってくるの。ありがとうとか言うの。

「全然いいよ……。ちょっと、顔洗ってくる」

 深呼吸をして、涙を止めた。今日は泣かないって決めているから。目に溜まった涙は、顔を洗って流した。顔を上げて、鏡を見る。目は赤くなっていない。大丈夫。


 リビングに戻ると、テーブルの上に朝御飯が用意されていた。

「お腹すいた! 食べていい?」

「うん! 早く食べないと遅刻するよ」

 私が座ると、お母さんも前に座って手を合わせた。

「いただきます」

 最後に一緒に食べることができて、心がじわっと温まる。

 

 食べ終わって、部屋で学校に行く準備をする。部屋の机に、現像した写真を沢山置いた。お母さんに見てもらいたいから、目立つように置いた。


 部屋から出て、リビングにいるお母さんに、行ってきます、と声をかける。お母さんは、気をつけてね、とだけ言って玄関までのお見送りはない。

 今日だけは玄関まで来てほしいから、私は嘘をつく。

「お母さん〜! ちょっと来てくれる? 背中に何かついてるの、取って!」

 お母さんが走ってきた。

「何? どこ?」

「ついてない?」

 本当は何もついていないけれど、お母さんに背中を見せる。

「え〜? 何もついてないよ?」

「じゃあ、勘違いだったかも! あはは」

「もぉ愛生〜」

「ごめんごめん! じゃあ……お母さん、お仕事頑張ってね。行ってきます!」

「うん。愛生も学校頑張って。行ってらっしゃい! 気をつけてね」

 お母さんが穏やかに笑った。

 お母さんの笑顔が見れた。私の選択は間違っていなかった。hand numberのことを言っていたら、この笑顔は見られなかったかもしれない。

 もうお母さんとは最後だと思う。お母さんは夜まで仕事だし、仕事が終わる前に私の手の平の数字は確実に"0"になっているから。たぶん、お母さんは仕事を途中で抜けることになると思う。迷惑かけるけど、それくらいは良いよね。

 

 琉生くんと合流して、学校に行く途中、私の気持ちを伝えた。私の感謝する気持ちは伝わったかな。


 教室の前について、琉生くんとはお別れした。もう悔いはない。もう私から解放してあげたい。今までずっとそばにいてくれたけれど、最後がどうなるか分からないから、彼とはここでお別れしたほうがいい。彼に、最後は一人でいる、と言うと、きっと納得しないから言わない。最後まで一緒にいるよ、とか言うに決まっている。

 もう琉生くんの姿を見ることはない。


 教室に入って、陽菜の所に行った。

「陽菜。今日は最後まで楽しく過ごそうね」

 私が笑うと、陽菜は生気がない顔で笑っている。陽菜にこんな顔をさせてしまって申し訳ない気持ちで、私の心が黒く塗りつぶされていきそうだけれど、陽菜にhand numberのことを話したのは後悔していない。

「陽菜、昨日テレビに陽菜の好きな芸人出てたよ!」

「それ見た〜! 面白かったよね!」

 少しだけ、いつもの陽菜の笑顔に近づいた。

「面白かったよね! 私すごい笑っちゃった」

 それから休み時間のたびに、お互い好きなテレビの話とか、漫画の話とか、いつものように話して笑って、今日が最後の日だということを忘れた瞬間もあった。


 放課後になって、陽菜が私に訊く。

「今日、黒嶋と帰るんだよね?」

 私は首を横に振る。

「えっ? 一人で帰るの?」

「うん」

「最後……だから黒嶋と一緒にいなよ! 最後は大切な人と一緒じゃなくていいの?」

「最後だから一人でいるの。時間がくるまで一人でいる」

「そんな……じゃあ、私が一緒に帰っちゃダメ?」

「陽菜は部活があるでしょ? いつも通りに過ごしてほしいの」

「でも……」

 陽菜が俯いている。また悲しそうな顔をさせてしまった。私は陽菜の顔を両手で挟んで、顔を上げさせた。

「陽菜! ごめんね。これは私の願いなの。あと笑って! 笑ってさよならしたい!」

 私は陽菜に笑いかけた。

 陽菜の目から涙が流れた。でも、泣きながらも笑ってくれている。

「ありがとう。陽菜大好き」

 陽菜を抱きしめた。鼻をすする音が耳元で聞こえる。私も涙が出そうなのを、深呼吸をして止める。

「陽菜。じゃあ、そろそろ帰るね!」

「うん。ありがとう愛生。大好きだよ」

 陽菜が笑顔で手を振ってくれた。私も笑って手を振り返して、教室をあとにした。


 ここから一人だ。いつ何が起こるか分からないと思うと、手が震えてきた。大丈夫。大丈夫。みんなの笑顔を思い出せば、怖くない。

 いつもの帰り道を黙々と歩く。お父さんのお店が見えてきた。パンの匂いが私を落ち着かせる。お父さんも最後は一人だった。だから大丈夫。きっとお父さんが見守ってくれている。

 駅に着いて、電車に乗って、家の最寄り駅に着いた。最後に、琉生くんと桜を見た公園に行こう。そこで時間が経つまで公園にいるか、もし、もしhand numberが"0"になっても生きていたら、琉生くんに会いに行こう。

 まだ捨てきれない望みを持ち続けて公園へ向かった。

 公園に着いた。桜の木の葉が青々と茂っている。葉が生ぬるい風に揺られて、心地良い音がする。ベンチに腰掛けると、ちょうど木の影になって、少しだけ涼しい。上を見ると、葉の隙間から太陽の光が目を突き刺す。そのまま目を閉じた。どうせなら、このまま眠るように死ねたら幸せだろうな。

 

「愛生! 愛生!」

 琉生くんに会いたい気持ちが強いから、彼の声が聞こえる気がする。名前を呼ばれている気がする。

「愛生!」

 目の前で声がする。私は目を急いで開けた。目の前には琉生くんがいた。汗だくの彼が目の前にいる。

「えっ……何で……」

「何ではこっちの台詞だよ。何で最後は一人になろうとするんだよ。何で俺に黙っていなくなるんだよ……」

「ごめん。琉生くんにこれ以上迷惑かけたくなくて……」

「いつ迷惑だって言った? 迷惑だなんて一度も思ったことないよ? あーもー! こんなこと言う時間がもったいない! 俺、伝えたいことがあるんだ」

 彼はしゃがんで私の手を取る。私が目を逸らすと、こっち見て、と彼に言われた。

 彼の目を見る。

「愛生。今までありがとう。本当に楽しかった。幸せだったよ」

「私も幸せだった……」

 彼が優しく微笑む。また、彼の笑顔が見られるなんて思っていなかった。

「あのさ、愛生。自分は何のために産まれてきたんだろうって思ったことない?」

「もちろんあるよ……」

「愛生は、俺のために産まれてきたんだと思う。俺を幸せにするために、愛生は産まれてきたんだよ。この一年間どれだけ愛生に救われたと思う? 愛生がいてくれて、俺は毎日生きる意味を与えられたんだ。生まれてきてくれてありがとう」

 そんなこと言われたら、涙が抑えられない。

 私の頬に伝う涙を、彼が拭いてくれる。

「……ありがと。私は何もしてないよ。琉生くんのほうが私を救ってくれたんだよ。本当にありがとう」

 彼が微笑みながら、首を横に振る。そして、私をしばらく見つめて言った。

「一番伝えたかったこと、聞いてくれる?」

「……何?」


「愛生、好きだよ」


「……えっ」

「大好きだよ」

 死ぬ前に、こんな嬉しい言葉を聞けるなんて思わなかった。涙が止まらない。私も気持ちを伝えていいのかな。もうすぐいなくなる私が伝えてもいいのかな。いや、彼が伝えてくれたんだから、私も伝えないと。


「琉生くん。私も……琉生くんが好き! 大好きだよ!」


 琉生くんが笑った。目尻を下げて、安心したように笑った。

「はぁ……俺達、両想いじゃん。最高に幸せ」

「うん。幸せ。両想いだなんて夢みたい……。本当はね、私、気持ちを伝えるつもりなかったんだ……。琉生くんが好きって言ってくれて、私も言おうって思えたの。ありがとう」

「そうだったんだ……。実は、俺も言うつもりなかったんだ。でも、斉藤が背中を押してくれて、愛生は絶対喜ぶから、私を信じて気持ち伝えて、愛生を幸せにしてって、言われたんだ」

「陽菜らしい……。さすが私の親友」

「うん。斉藤いい奴だな」

「陽菜に会ったら、ありがとうって伝えてね」

「……うん。伝えておくよ。……今日は最後まで一緒にいてもいい?」

「うん。最後まで一緒にいて」

「じゃあ帰ろう」

 琉生くんが私の手を握った。指を絡めてきて、恋人繋ぎをした。骨ばった男らしい手が、私の骨に擦れて少し痛いけれど、こんなに幸せな痛みはない。痛いぐらいがちょうどいい。


「このまま家に普通に帰れた時は、一緒に写真とろうよ」と彼が言う。

 家に向かいながら、こんな叶いもしないことを沢山話した。

 いつものスーパーの前を通り過ぎながら、家に帰れたら一緒にご飯を作ろう、なんて話をして、二人で笑い合う。

 急に琉生くんが立ち止まって、彼は自分の左の手の平を見つめて、握りしめた。

 そして、私のほうを向いて微笑んだ。


「愛生、好きだよ」

「うん。私も好きだよ」


 ……


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